2-10 伝えたい気持ち
福島に到着後、コンコースを歩いて新幹線の乗り換え改札に向かう。お手洗いに寄ったりしながら少し待っていると、続々と降りてくる客に紛れて見慣れた顔の男子がこちらにやってきた。
「おっ、やっと来たか」
「乗り遅れるくらいなら無理しなくていいのに」
「本当にごめん。ちゃんと夕ご飯買ってきたから許してくれ」
彼は大きなビニール袋を持っており、4個分の弁当が入っているのが透けて見えた。
「何を買ってきてくれたんですか?」
「郡山の駅ビルに入ってみたら、ちょうど全国の駅弁フェアやってて色々買えたんだ。次の列車に乗ったら好きなもの選んでいいよ」
4人で3番線ホームに向かうと、東北本線の普通 仙台行きが停車中だった。電光掲示板に映る『仙台』の文字に、ついに帰って来たかという感動を覚える。
ボックス席に腰かけると、稔はビニール袋から次々と各地の駅弁を取り出した。
大館の鶏めし、高山の飛騨牛ステーキ弁当、新神戸のすき焼き弁当、広島の穴子めしの4種類だ。
「えっ、美味しそう!どれにするか迷っちゃうな。美柚ちゃんはどれがいい?」
「私はどれでも大丈夫です。皆さん選んでください」
美柚ちゃんは遠慮するものの、春哉は彼女へ勧める。
「なかなか駅弁食べる機会ないだろうし、気を遣わなくていいんだよ。新神戸の駅弁は温かくして食べられるからどうかな?」
「ありがとうございます。それじゃ、これをいただきます。この黄色い紐を引っ張るんですか?」
「平らなところに置いて引いたほうがいいよ。持ったままだとかなり熱くて火傷するからね」
美柚ちゃんは窓枠の幅が広くなっているスペースにお弁当を置き、容器から垂れ下がっていた黄色い紐を思いっきり引っ張った。すると、風船のようにほんの数秒で容器が膨らみ、蒸気が上がってきた。
「わぁ、凄いですね!」
反応の速さに彼女は驚きを隠せない様子だ。私も仙台駅で加熱式の牛タン弁当を買ったことがあるが、初めて見たときは爆発するのではないかと心配になるくらいだった。
「この状態で7、8分待てば美味しく食べられるよ。ちょうど出発する頃に出来そうだし、その時に俺たちも食べ始めようか」
春哉の提案に同意して19:43に福島を出発したのとほぼ同時に、各々の駅弁を開けて食べ始めた。何となく魚が食べたい気分だったので、私は穴子めしを選んだ。
冷めていても十分美味しいが、美柚ちゃんの駅弁だけは具材から湯気が上がっており別格の雰囲気を醸し出していた。パクっと一口頬張った彼女の目が見開く。
「凄く美味しいです!こんなにホカホカでふっくらするんですね!」
「いいなぁ。俺のもあげるから、ひと口くれないか?」
稔が羨ましそうに美柚ちゃんの弁当を見つめる。春哉も彼女のお弁当の具材が気になっていたようで、結局全員の駅弁の具材をひと口分ずつ彼女へ渡し、一切れだけすき焼きを貰った。熱々の牛肉は柔らかくて味が染み込み、普通列車の車内で食べるには贅沢すぎるくらいだった。
「そういえば、さっき乗った新幹線の車内で、不審な方はいませんでしたか?」
おかずを一口分もらった稔へ、美柚ちゃんが問いかける。
「うーん、ざっと車内見渡したけど、特に気になるやつはいなかったかな」
「そうですか。それならよかったです」
美柚ちゃんが安心した様子を見せると、鶏めしにかぶりついていた春哉が声をかける。
「今日はもう誘拐事件のことを考えるのはやめよう。考えすぎて夜ゆっくり休めなくなるからな」
「そうだな。明日も移動が多いことだし、体力を温存させようか」
それ以降、黙々とお弁当を食べ進めると、ほんの10分足らずで全員完食してしまった。
お腹を満たしたところで再び一眠りし、目が覚めると宮城県の岩沼を出発したところだった。またしても、1時間ほど眠っていたようだ。
岩沼では東京の日暮里で別れた東北本線と常磐線がここで再び合流することを、計画時に春哉達から教えてもらった。車内はガラガラで、反対側の窓ガラスに反射して私たちの姿をはっきりと映し出す。春哉は相変わらず時刻表をパラパラと読んでおり、他の2人はぐっすりと眠っている。美柚ちゃんの寝顔を見て、彼女が日中に言っていたアドバイスを思い出した。
―もし、その好きだった方に未練があるのなら、感謝の気持ちを伝えてみるのもいいかもしれません。
二つの線路が 300キロ以上離れた末に再び出会うように、私と彼の気持ちが交わるときは来るだろうか。
「ねぇ、春哉」
彼はこちらを見て「何?」と反応する。さっきまで普通に話せたはずなのに、鼓動が早くなっている。呼吸を整えて、私は口を開いた。
「・・・・・・2年前、受験先に向かえなくて困ってたとき、助けてくれてありがとう」
「あぁ、前にもお礼貰ったし全然いいよ。何で急に?」
「あの時のこと思い出しちゃってたんだ。他人の私を助けてくれるなんて信じられなかった。それに、教えてくれた受験先までの行き方が完璧で鳥肌が立っちゃった。しかもまさかの同じ大学で、『おいこっと』や『ゆめぞら』みたいな楽しい列車にも道中で乗せてもらえて、私は幸せだなって思ったの」
胸の内を曝け出し、恥ずかしくて爆発してしまいそうだ。なぜ彼にこんな話を今しようと思ったのかはわからない。すぐ他の車両に走って移りたいくらいだ。
彼は少々はにかんだ様子で口を開いた。
「そうだったんだ。正直、俺は他人にあまり興味が持てなくて、昔は自分の世界に篭って鉄道旅してた。自分さえよければそれでいいって思ってた時期もあった。だから、この人を何としてでも助けてあげたい、って思ったのは夏帆が初めてだったんだよ」
えっ!?と私は心の中で驚く。彼はあまり見せない笑みを浮かべて続けた。
「まさか同じ大学を受験しているは思わなかったけどな。でも、あの時は夏帆が人生の大きな岐路に立っていた訳だし、無事に合格できたのが知れて嬉しかった。それに、あの経験が自信になって、他の人の役に立ちたいって思うようになったんだ。俺こそあの時に夏帆に会えてよかったって思ってる」
春哉の胸の内を聞くことができ、じんわりと心が暖まっていく。それと同時に目頭が熱くなり、涙が出てきそうになるのを必死にこらえた。
「・・・・・・ありがとう。私、もう少し寝てるね。着いたら起こして」
彼に悟られないように寝たふりをして残りの時間を過ごす。仙台には定刻通り21:04に到着した。
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