エピローグ(春哉目線)

エピローグ それぞれの家路

 旅の終着点には、それぞれの日常が待っている。


 美柚はお母さんとの感動の再会を果たした翌日、市内の病院を受診し、忘れ薬の影響が残っていないか検査を受けた。

 幸いにも、新千歳空港で記憶が蘇ってから彼女の脳が蝕まれることはなく、診察でも問題ないと診断された。


 その後、菊江の家を一緒に訪ねた。菊江は歳相応の物忘れはあるものの、体調は回復に向かっており、美柚と過ごした時間は覚えているようだった。

 菊江は美柚との久々の再会を喜んでおり、美柚は胸を撫で下ろしていた。


 せっかく旭川まで足を伸ばしてくれたのならばと、美柚のお母さんは俺たちを旭山動物園へ連れて行ってくれた。

 エサやりやペンギンのトンネルなどを周り、俺たちは全てから解放されたかのように園内を思う存分はしゃいで満喫した。

 この楽しい時間がずっと続けばいいなと思っていたが、時間の流れは儚く、翌朝にその瞬間が来てしまった。


「もう少しゆっくりしていってもよかったのに」


 永山駅への送迎の車の中で、美柚のお母さんは俺たちにそう言ってくれた。


「まだ一緒に過ごしたいのは山々ですが、帰らなければならないので」

「帰りも電車でよかったの?時間かかるでしょ?」

「電車に揺られるのが好きなので、いいんです。帰りのきっぷを買ってくださりありがとうございます」


 今日それぞれの帰路につくにあたり、美柚のお母さんは俺たちのきっぷを買ってくれた。手元に残していた学割も使ったとはいえ、3人分の交通費を出してもらうのは心苦しかった。

 それでも、「これぐらいのお礼はさせて欲しい」と言うので、申し訳ないと思いつつもありがたくお言葉に甘えることにした。


 永山駅に到着し、俺たちは車から荷物を積み下ろす。助手席に座っていた美柚も車を降りた。


「みんな、気を付けて帰ってね。美柚、見送りに行ってきたら?」


 駅までの道中、車の中で彼女はほとんど口を開かず晴れない表情をしていた。俺達との別れが辛いのかと思うと、切なくなる。

 一緒に改札を通り、ホームに降り立って列車を待っていると、美柚がぽつりと言葉を発した。


「・・・・・・私、皆さんとお別れしたくないです。お家に帰れたのは嬉しいですが、皆さんと離れて、うまく生きていけるでしょうか・・・・・・?」


 涙を浮かべる彼女に寄り添い、俺達は何とか励まそうと声をかける。


「心配しなくて大丈夫。強くなった美柚ちゃんなら、どんなことがあっても必ず乗り越えられる。自分を信じて、想い描いた道を進んでみて」

「ここにはお母さんやお友達、天国のお父さんもそばで見守ってくれてるはず。美柚ちゃんを支えてくれてる人は周りにたくさんいるってことを忘れないで」

「私たちも、美柚ちゃんの強さに励まされて、行動を変えてみようと思えるようになったの。将来はどんなことをやりたいの?」


 夏帆の問いかけに、彼女は涙を拭って胸を張って答える。出会った時とは真逆の、希望に満ちた表情に変わっていた。


「占いで人を助けながら、地元の方々を助ける医療の道を目指したいと思っています!」

「うん、美柚ちゃんなら必ず叶えられるよ!私たちも遠くから応援させてもらうね」

「ちょっとしたことでもいいから、俺たちに連絡くれよ。勉強でも何でも相談に乗るし、今回みたいに身の危険が迫るようなら、どこからでも駆けつけるぜ」

「あっ!久しぶりに稔かっこつけたな」


 小さな輪を囲んで笑い合っていると、右手から踏切が鳴り始め、旭川行きのワンマン列車がやってきた。

 これに乗ってしまうと、彼女とはもう別の世界で過ごすような感覚にさえ陥る。


「私、皆さんのことが大好きです!またいつか、会えますか?」

「うん、きっと会えるよ!その時を楽しみにしてるね!」


 別れのハグを1人ずつ交わすと、キキーッというブレーキ音が目の前で止まった。

 後ろの乗降口から乗り込み、美柚の方を振り返る。


「本当にありがとうございました!どんなことがあっても、皆さんのことは一生忘れません!お元気で!」

「またいつか会おう!!」


 扉が閉まり、8:37定刻に永山をゆっくりと出発した。大きく手を振る美柚が、少しずつ小さくなっていく。

 その姿が見えなくなるまで、俺たちは最後尾の運転台横の窓に張りつき、ずっと手を振り続けた。


 そして、ファーン!という甲高い警笛とともに、美柚は蜃気楼の先へ消えていった。





 旭川で特急ライラック14号、札幌で特急北斗10号、新函館北斗ではやぶさ34号、東京でのぞみ459号に乗り継ぎ、4日かけてきた道のりを丸1日で帰ってきた。


 旅の疲れと、美柚と別れた寂しさで最初は静かだった俺達だが、はやぶさ号に乗り換える頃には思い出話で盛り上がり、気持ちを切り替えることができた。


 トシエの家に寄ることになった夏帆とは途中の仙台で別れ、稔と2人で大阪へ向かった。


「夏帆の奴、辻堂さんにもちゃんとお土産渡したのかな」


 のぞみ号の車内、京都を出発したタイミングで稔が口を開く。夏帆には釘を刺した上で、札幌の乗り換え時間の合間に買った手土産を、辻堂の分も合わせて持たせている。


「いろいろ世話になったんだし、お礼の一言くらいないと失礼だろ」

「なんなら、アウモンで聞いてようかな」


 稔は辻堂へのメッセージを手早く入力し、スマホを閉じる。彼から返信が来たどうかは、俺は知る由もない。

 窓ガラスに反射して映る俺のほうを見て、稔は問いかけてきた。


「俺、明日から兄貴と香川の実家に帰るんだよ。春哉はホントに帰省しないのか?」

「美柚ちゃんの地元への気持ちを知って、俺も世話になった人たちへの感謝の意味も込めて帰らなきゃって思ったよ。マスターにシフト調整頼んでみるよ」

「おお、よかった。故郷は大切にしないとな」


 稔は笑顔で頷いた。

 彼も夏帆も、生まれ故郷に帰ったらどんなことをするのだろう。


 身内で美味しい料理を食べたり、友人達と思い出の場所で遊んだりするのだろうか。

 鳥取でそのように一緒に楽しめる人が俺の周りには少ないが、それでも今年は昔から親しい友人に連絡してみよう。


 ついでに、数年ぶりに実家の様子も覗いてみるか。

 両親は自分のことなんて相手にしてくれないだろうが、せめて墓参りをして天国にいる祖父母に挨拶をしに行けば、この先も護ってくれるかもしれない。


 もう一度、自分の本当の故郷へ会いにいこう。


『まもなく、終点、新大阪です。今日も新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございました』


 22時ちょうど、終点の新大阪に滑り込んだ。約1週間ぶりの大阪は、雨上がりの星空が広がっていた。


(完)

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エスコート・トラベル〜誘拐されていた女子高生を救い、旅をしながら北海道の自宅へ送り届ける話〜 類家つばめ @swa_rui

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