1-3 旅立ちの新快速
青春18きっぷは全国のJR線の普通・快速列車が乗り放題であり、格安旅行のときに重宝している。5回分が1枚のきっぷに組み込まれており、1人で5日間使っても良いし1日分を5人でシェアしても良い。
1回分を使うにはその日の最初に通る改札口で駅員に捺印してもらう必要がある。俺も稔もそれぞれの最寄駅から1回目の欄へ捺印しているので、美柚の乗車分は俺の18きっぷを使い2回目の欄に捺印してもらった。みすぼらしい格好の女子高生を連れているせいか駅員にやや怪訝な顔をされたが、特に声をかけられることもなく入場できた。
9番のりばへのエスカレーターを上がると、JR京都線の愛称が付けられている東海道本線の新快速 米原行きが停車中だった。大阪始発の新快速は朝夕に数本しかないので、座席を確保しやすいレアな列車だ。
12両編成の中央付近から車内の様子を伺うと、既に何人かの乗客が2人掛けまたは4人掛けの席を押さえて出発を待っていた。ようやく、前から3両目に稔の姿を見つけて乗り込む。彼の座る隣の席には、さっきまでなかったはずのビニール袋が置いてあった。
「美柚ちゃん、お腹空いていない?そこの売店でパン1個と飲み物買ってきたよ」
「それだけで足りる?よかったら、俺が持ってきたおにぎりも食べてよ」
大学の講義がある日の昼食と旅の初日の朝食には、ゆかりとおかかをブレンドして混ぜ合わせたおにぎりを必ず2個持って行っている。そのうちの1個を美柚へ差し出すと、彼女は申し訳なさそうに受け取った。
「ありがとうございます。それじゃ、いただきます」
奥のホームから北陸方面の特急サンダーバード1号が発車していくのを横目に、美柚と同時に口へ咥える。何回かモグモグすると彼女の表情がほころんだ。
「美味しいです!手作りのご飯、久しぶりに食べました!」
「よかったなぁ。春哉、俺にも少しくれよ」
「お前はいつも家で食って来てるだろ」
「ちぇっ、知ってるのかよ」
稔が羨ましそうに俺たちの食事の様子を見つめてくる。彼は3つ年上の兄と弁天町にあるアパートで生活しており、基本的に朝食はいつも一緒に食べてから通勤通学しているらしい。一人暮らしをしている俺にとっては、朝ご飯を作ってくれる人がいるほうが羨ましいのだが。
定刻通り6:33に大阪を出発し、俺たちの朝食は隣の新大阪に着くまでに食べ終えた。
新大阪を出発した新快速は本気モードに入り、雨粒が強く打ち付ける中でも最高速度130km/hで駆け抜ける。流れていく景色に2人は爽快感を覚えていた。
「この列車、すごく速いですね!」
「マジでチート快速だよな」
かつて新快速が特急よりも速かった時期があったのは、鉄道ファンでは有名な話だ。そのような列車に18きっぷで移動できるのは非常にありがたい。大阪を3分前に出発したサンダーバードにも追いつきそうな勢いだ。
乗り合わせた通勤通学客の様子を伺い、俺は美柚へ話を振った。
「美柚ちゃんは列車で通学していたの?」
「はい。旭川の中心部にある高校まで、毎日使っていました。この列車みたいに速くありませんし、1~2両くらいの小さい列車ですけど」
「北海道の永山って、宗谷本線だろう?快速なよろも停まるくらいだし、宗谷本線の中ではそこそこ利用する人いそうじゃない?」
「始発や終点の列車もあって、座れるように敢えて狙うお客さんもいますよ。春哉さん、よくわかりますね」
「春哉は日本全国を鉄道で制覇するのを目指している、正真正銘のトラベラーなんだよ。ちなみに俺は、その見習い的な感じ」
「えっ、凄いですね!まさか大阪で私の地元の話ができるとは思っていなかったので、とても嬉しいです」
監禁からの解放感と地元の話題で、美柚はご機嫌のようだ。実際、彼女の地元である北海道の永山は宗谷本線で稚内へ向かう際に通ったことがあり、旭川からの近郊利用が多い駅だなと感じていた。俺の旅好きについては稔が紹介してくれたものの、できれば俺の口から話しておきたかった。
稔はとにかく美柚と喋りたがっている様子なので、話し相手を彼に任せて俺は美柚のことについて調べてみる。ネットで彼女の名前を検索したところ、2カ月半前に発生した誘拐事件の記事がヒットした。
―行方不明になっているのは、北海道旭川市在住の女子高校生・守谷美柚さん(17)です。京都府警によりますと、守谷さんは北海道旭川市の高校の修学旅行で京都を訪問しており、嵐山周辺を自由研修中にグループのメンバーとはぐれて以降、行方が分からなくなったということです。現場周辺には不審者の目撃情報や防犯カメラの映像はなく、警察は守谷さんの捜索とともに、犯人の行方を追っています。
なるほど、彼女の言っていたことはほぼ間違いないようだ。ほかの記事も読んで詳しく調べてみよう。そう思った矢先、表示された関連記事で見てはいけないものを見てしまった。
(えっ・・・・・・!)
「あの、どうかしましたか?」
俺の表情を気にかけ、美柚が問いかける。あまり彼女を刺激させたくないが、いずれ向き合わなければならない内容だ。もう一人の同行者が合流したら伝えよう。
「いや、ちょっと話したいことがあるんだけど、次の駅で連れが乗ってきた後でもいい?」
「何だよ。引っ張らなくてもいいじゃん」
稔が不満を漏らすが、同じ話をなるべく何回もしたくない。巨大な板チョコの壁を左手に望むと、次の停車駅である高槻はもうすぐだ。
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