4-5 救出へ

 これは春哉さん達から聞いた話である。


 新千歳空港に来る1時間半ほど前。

 私が西条さんの車に乗った後、最初に違和感を覚えたのは稔さんだったらしい。


「なぁ、今発進するときおかしくなかったか?あれだけ大量の段ボールを積んだら車自体重くなりそうなのに、あまりエンジンふかさずに動き始めたよな」

「そう?全然気づかなかった」

「あの山積みの段ボールは空ってこと?車が見えなくなるまで、おかしい動きをしないか注意しよう」


 3人が西条さんの車をじっと注視していると、交差点を右折して視界から消えたというのだ。


「今、旭川と反対方向に曲がったよね。本当に薬局に向かうつもりなのかな?私、薬局に電話してみるよ」

「あの人から貰ったお菓子はどうする?」

「毒入りかもしれないから、絶対に食うな」


 疑心暗鬼になった夏帆さんが薬局へ電話をかけ、西条さんについて確認する。


「さっきの西条さんっていう事務の人、関西に住んでいる親の調子が悪くなったとかで早退したんだって。数日休みを取ったらしいよ」


「それが本当なら旭川空港に直接向かうか、新千歳空港から飛行機に乗るとしても特急を使うはずだ。なんでわざわざ自分の車を運転して、この辺の薬局まで薬を借りに来たって嘘ついたんだ?」


 春哉さんが疑問を抱くと、稔さんがはっとした表情で口を開いた。


「まさか俺たちがここに来ることを予想して、最初から美柚ちゃんを連れ去るつもりだったのか?」


「だとしたらまずいな!きっと新千歳空港に車を止めて、飛行機でどこかへ連れていくつもりなのかも・・・・・・!」


 春哉さんが予想する最悪の展開に、夏帆さんも焦りを見せた。


「とにかく私たちも追いかけなきゃ!普通列車なんて使ってる場合じゃないよ!」


「でもここで車を借りたとしても、俺たちの中でまともに運転できる人いないだろ?どうすればいい?」


 夏帆さんと稔さんが取り乱している側で、春哉さんは時刻表を開いて乗り継ぎを確認する。


 先ほど通ってきた室蘭本線を戻る場合、12:45発の苫小牧行きまで列車はない。一方、函館本線の札幌方面の列車は10:34発の普通小樽行きが最も早く出発するが、札幌に先着するのはその13分後に出る特急オホーツク2号だ。札幌で快速エアポートに乗り換えると、新千歳空港に着くのは最速で12:01。


 もっと良い方法がないか考えを巡らせた春哉さんは、あることを思いつく。


「・・・・・・特急を使わなくても、新千歳に早く着ける方法があった。34分発の小樽行きに乗ろう!」

「えっ、結局普通列車!?どういうこと!?」

「考えがあるみたいだから、ここは春哉を信じようぜ」


 3人は焦りと不安を抱きながら再び改札を通って小樽行きの普通列車に乗車し、定刻通りに岩見沢を後にした。



「本当に特急使わなくてよかったの?美柚ちゃんを助けられるのかな・・・・・・」


 小樽行きの車内でも、夏帆さんは何度も春哉さんへ問いかける。しかし、彼は顔色を変えない。


「俺の読みが当たればきっと大丈夫。この先のルートを説明するよ」


 彼はアプリで札幌市の地図を開き、2人へ説明を始めた。


「今乗っている函館本線は厚別の西側で千歳線と合流して、途中3駅を挟んで札幌まで並走している。でも、両路線の特急か快速に同じ駅で乗り換えるためには、札幌まで向かう必要がある。その場合、同じ区間を数駅分往復する必要があって、大きなタイムロスになってしまう。一方、千歳線の新札幌駅は厚別駅から南に1.2kmほど離れた場所にあって、新千歳空港へ直行する快速エアポートにはここからも乗れるんだ」


「ってことは、今乗っている列車を厚別で乗り捨てて新札幌まで歩き、そこで新千歳空港行きの快速に乗るのか?」


 稔さんの問いかけに春哉さんは大きく頷く。


「そういうことだ。この列車が厚別に着くのは11:05で、新札幌を11:20に出る快速エアポートに間に合えば、新千歳空港の到着は11:49。さっきの岩見沢で特急オホーツクに乗る場合よりも、さらに1本早い快速エアポートで向かえるわけだ。おまけに、美柚ちゃんを乗せた車は証拠隠滅のためにどこかで段ボールを処分してから空港へ向かうだろう。ある程度タイムロスはできるはずだから、これならこっちのほうが早く着く可能性さえある」


「マジで!?土地勘ないのに間に合うの?」


「俺もわからない。でも、ここで俺たちが頑張らなきゃ美柚ちゃんを救えない。この作戦に懸けよう」


 春哉さんも一抹の不安を口にする。それでも、覚悟を決めた様子で夏帆さんと稔さんは大きく頷いた。


「それにしても、美柚ちゃんが良い人だって言ってたからつい油断しちゃったな。さっきの西条さんっていう人が昨日話してたNalaの正体なのか?」


「いや、過去の投稿を遡ったら修学旅行中のUSJや京都の写真が上がっていた。美柚ちゃんの学校の制服の人も映っていたし、西条さんは犯行の協力者でNala本人ではないと思う」


「このアカウントの持ち主、一体誰なのよ!いっそ、奈良出身の人間が犯人ってことにすればいいじゃない!」


 夏帆さんは考えるのも面倒になり、苛立ちがピークに達しつつあった。それを稔さんが制する。


「それは奈良県の人に失礼だろ。運営から直接アカウントの持ち主を聞き出せないのかな?」


「個人情報だから無理だろう。せめて、プロフィールにヒントがあればいいんだけど・・・・・・」


 春哉さんは再びSNSから『Nala』のプロフィール画面を開く。写真は1匹の猫のようなキャラ、ユーザー名は@Nalaion0926、文章は「夢の国に住んでいたい」と書かれている。

 夏帆さんは考えるのを諦めて車窓をぼーっと眺める一方、春哉さんと稔さんは一生懸命考える。すると、最初に閃いたのは稔さんだった。


「俺、わかったかも。アイコンにしてるキャラ、猫じゃなくてライオンだよ。ライオンキングに登場するキャラクターに『ナラ』っていうヒロインがいて、そこから名前を取ったんだと思う。ライオンのスペルはLIONだけど、ユーザー名には敢えてAも入れてる。とすると、Aも加えて並べ替えたときに出てくる名前は・・・・・・」


"LIONA"

 

「えっ、莉央奈って、美柚ちゃんの同級生の!?」


「なるほど。過去の投稿の内容からして、その可能性が高いな。昨日の折原郁人の件もだけど、パズル系が絡むと稔は頭が冴えるよな」


「ずっとアウモンやってた甲斐があったよ。でも、もし本当にその子なら、一ノ関で会ったのもこの子だったのかな。あまり感じ悪いように見えなかったけど、占いの紙拾ってくれたとき、右手がやけに荒れていたんだよな」


「手荒れ?」


 それがもし放火によるものだとするなら、と春哉さんは呟く。やがて、厚別への到着を知らせるアナウンスが入った。


『お出口は左側です。開くドアと足元にご注意ください。厚別では特急列車の通過待ちのため5分ほど停車します。発車は11:10です。しばらくお待ち下さい』


「よし、降りるぞ!ここが大きな勝負だ」


 3人は考えるのを中断し、支度を済ませて11:05に厚別で下車した。改札を抜けて札幌の郊外にある通りを猛ダッシュし、新札幌駅へ向かった。


 その後、普通列車を追い抜いた特急オホーツク2号は、厚別駅のすぐ先で莉央奈ちゃん達が仕掛けた線路支障により緊急停止したとのこと。

 しかし、緊急停止した場所は千歳線との合流地点からやや離れた場所で、千歳線に運転見合わせは発生しなかったようだ。そのため、3人は新札幌11:20発の快速エアポートに間に合い、定刻通り11:46に新千歳空港へ着いたのだ。

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