エスコート・トラベル〜誘拐されていた女子高生を救い、旅をしながら北海道の自宅へ送り届ける話〜
類家つばめ
1日目(春哉目線)
1-1 早朝の梅田ダンジョン
旅立ちの朝はいつも雨だ。どうにも俺は、なかなか天気に恵まれない雨男らしい。
平日朝5時台の学研都市線は通勤通学にはまだ早く空席が目立っている。
窓に叩きつける雨粒を眺めていると、向かい側に座っている2人組の女子高生がスマホをいじりながら何やら騒いでいる。早朝から電車内でよくこんなに騒げるものだ。大きなリュックを持った俺の姿をチラチラと見ながら、この天気なのに登山でもするんじゃね?と嘲笑され、余計に腹が立ってくる。
しばらくすると、彼女たちはとあるネット記事を見つけたようだ。
「ねえそんなことよりさ、今朝梅田で火事があったらしいよ」
「えっ、マジで?ヤバいことになってるじゃん!」
「今もまだ消火してないんだって。そっち方面には行かないほうがいいかもよ」
梅田で火事か。未だに消火していないとはよほどの規模なのだろう。この雨が消火の手助けになることを願う。
車内で騒いでいた女子高生達は京橋で下車していった。俺も本来ならばここで降りて大阪環状線内回りに乗り換えるつもりだった。しかし、自分の噂話をされたのがしゃくに障り、次の列車でも同乗したら嫌だったのでこのまま乗り続けることにする。京橋を出発して地下トンネルへ入り、5~6分ほど進んだ北新地で下車した。
北新地から大阪駅までは『梅田ダンジョン』と呼ばれる地下街で繋がっており、道に迷わなければ10分ほど歩いて辿り着ける。大阪に住み始めてからここを歩いたことがないので、天井に書かれた表示を注意深く観察しながら歩くことにした。
大阪を代表する歓楽街の地下街も、早朝はやけにひっそりとしている。
梅田の火事現場がどの辺りなのかは分からないが、待ち合わせの約束をしている以上、野次馬に混ざって様子を覗く余裕はない。
そんなことを考えながら歩いていると、薄暗いT字路に差し掛かったところで、横から一人の少女が走ってきた。それに気付かず、出会い頭にぶつかってしまった。
「わっ、ごめんなさい!」
自分はよろけただけで済んだものの、彼女は転んでしまったようだ。いたた、とお尻の辺りを押さえている小柄な彼女は、高校の制服と思われるしわしわのYシャツを濡らしており、水色のストライプのスカートに黒色のチョーカー、ピンクの腕時計を身に着け、何も持たずに走っていたようだ。先ほどの学研都市線の騒がしい女子高生たちとは真逆で、静かな雰囲気だ。
「大丈夫?怪我しなかった?」
手を差し伸べて、立ち上がるのを助ける。幸いにも、怪我はないようだ。
「・・・・・・はい、すみませんでした」
少女はぼさぼさの髪を整えて一礼し足早に去ろうとした。しかし、足がよろめいたためうまく歩けず、再びつまずいてしまった。このまま放っておくことはできず、再び声をかける。
「ホントに大丈夫?道に迷っちゃったのかな?」
じめじめとした陰湿な空気が地下街に漂う。地上への出入り口が近いせいか、消防車らしきサイレンの音が反響している。彼女は俺の方を振り返り、問いかけてきた。
「・・・・・・あの、これからどちらに向かうのですか?」
「えっと、大阪駅に歩いているところで、そこから電車に乗る予定だけど」
「もしよかったら、どこに行くのか教えて欲しいです」
複数の土地を周遊する予定なので、正確に答えるには難しい。ポリポリと頭をかいて少し考えてから答えた。
「そうだなぁ。普通列車を乗り継いで東北方面に向かうかな」
「東北ですか!?」
少女は目を見開くと、がばっと俺の袖を掴んできた。
「お願いします!私も一緒に連れて行ってくれませんか?」
「えっ!?」
「悪い人に捕まってしまって、そこから逃げてきて彷徨っていたんです。家に帰りたいんです!お母さんや地元の友達に会いたいんです!助けてくれませんか?」
彼女は涙を浮かべてくしゃくしゃになった表情で必死に懇願してくるが、突然の頼みに整理が追いつかない。通りがかった数人の通勤客らが不思議そうに見てくる。このままではこちらが悪者であるかのように捉えられてしまうため、少女へ落ち着くよう促す。
困っていると、俺のスマホがブーブーと震え始めた。稔からの電話だった。
「もしもし?お前いまどこ?待ち合わせ場所に着いたところだけど、全然見当たらないけど」
「ごめん、ちょっと取り込み中で、もうちょっとしたら着く」
「取り込み中ってなんだよ?用でも足してるのか?」
「違う違う。すぐ向かうから、ちょっと待ってて」
そう伝えると、稔の返事を待たずに電話を切った。スマホの画面に6:14と時間が表示される。女子に弱い彼なら、きっとすんなりOKするだろう。
もう流れに身を任せるしかない。旅に同行させてほしいという彼女の要望に対して返答した。
「連れに聞いてみないと分からないけど、いったん俺に付いてきて」
少女は深々と礼をし、カルガモ親子の雛のように俺の後ろをついてきた。
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