2-8 川下り
美柚ちゃんの学校は毎年5月末に3泊4日の修学旅行で関西方面に行っているらしい。誘拐事件が起きたのは3日目の班別自由研修のときだった。
美柚ちゃんのグループはクラスメイトの大友遥香、長岡のぞみ、葛岡朋恵の仲良し4人組。
この日は午前中に嵐山で京都の和菓子作り体験をした後、周辺の神社仏閣を満喫してからトロッコ列車と保津川下りで景色を満喫して宿へ戻る予定を組んでいた。川下りの時間は他の班と合わせて予約していたため、それまで野宮神社で願掛けをしてから嵯峨嵐山駅で待ち合わせる予定となっていた。
「そろそろ時間だし、駅に向かおうか」
「美柚はどんなお願いしたの?」
「秘密。のぞみちゃんは?」
「やだ、恥ずかしい!先に教えてよ!」
そんな楽しいやり取りをしていたところ、グループ旅行に来ていた欧米系の外国人に写真撮影の依頼で声をかけられた。
「スミマセン、写真イイデスカ?」
野宮神社のある竹林の小怪は日本らしい風景として、外国人観光客にも人気のあるエリアだ。
予定があるからと最初は断ったものの、他に撮ってくれる人がいないから、としつこく迫られてやむを得ず対応した。
その後も記念撮影の依頼を何組も頼まれてしまい、いつの間にかグループのメンバーと逸れてしまった。竹林の小道も自分達が来るときよりも人がかなり増えている。
すると、幼少期に京都へ住んでいたことがあり土地勘のある遥香からメッセージが送られてきた。
『線路渡った側からも駅に回れるよ!この辺は人が多くて合流するのが難しそうだから、直接駅に来れるかな?』
そう教えてもらい、来た道と反対側に向かって進んだ。踏切を超えて道の突き当たりまで来ると観光客の姿はほとんどいなくなり、竹林のほかにも生垣も生い茂っている。道路の幅も車一台通れるかどうかの狭さだ。
慣れない場所でただ1人、どこを進めばいいか悩んでいると着信があった。学年主任の折原浩之先生からだ。
「守谷、大友から事情を聞いたぞ。電車の時間は間に合いそうか?」
「地図アプリで道案内を見ながら向かっていますが、慣れない道なので不安です」
美柚ちゃんは正直にそう伝えると、電話口の折原先生は少し考えてから答えた。
「そうか。君がいる場所は大友に教えてもらって大体わかった。俺もJRの嵯峨駅から歩いて途中で合流できれば、トロッコ列車の時間にギリギリ間に合うと思うがどうする?」
このままではグループのメンバーだけでなく、一緒に川下りを体験する予定の人たちにまで迷惑をかけてしまう。そう思い、彼女は折原先生の意見を受け入れることにした。
電話を切ってから数分ほど、地図アプリに夢中になって歩きスマホをしていた。その時、後ろから何者かに睡眠薬を染み込ませられたハンカチで口元を封じられた。
意識が朦朧となって倒れ込み、折原先生と合流することなく車に乗せられてしまう。目が覚めたときには梅田にある建物へ連れてこられていた。
「・・・・・・なるほど。それは不運だったね」
私たちは美柚ちゃんからの話を聞き終えて、彼女へ声をかける。会津川口からは地元のアテンダントが乗り込み、他の乗客は観光案内の話に夢中になっている。美柚ちゃんの話を盗み聞きするような人はいないようだった。
「あの時は下手に動かずに先生が来てくれるのを待っていればよかったな、って後悔しています」
列車は変わらず、只見川沿いをゆったりと走っている。もう何本目になるかわからない大きな橋を渡ると稔が問いかけた。
「保津川の川下りってことは、嵯峨野線で最寄りの馬堀まで移動するつもりだったのか。駅で待ち合わせていたメンバーは、他に誰がいたの?」
「川下りは引率の先生がいないと体験できないことになっていて、そのときの引率が折原先生でした。私たちのグループのほかには、莉央奈ちゃん、瑛斗くんという私の同級生がそれぞれリーダーのグループと合流して、一緒に体験する予定でした」
別のグループのリーダーである藤島莉央奈は美柚ちゃんと出身の中学が同じで、美術部の部長を務めている。また、庭坂瑛斗は彼女が1年生のときのクラスメイトで、サッカー部のエースとして学内の人気も高いらしい。
「その2人とは話したことある?」
「どちらも挨拶程度で、関わりはあまりなかったです。2人ともすごく明るくて、周りの人たちからも親しまれていました。でも、私はどうも苦手でちょっと近寄り難かったです・・・・・・」
「そっか。そんな人たちと一緒に川下りするとなると、ちょっと苦痛だったかもね」
「それもありましたし、同じ班のメンバーの3人が乗りたがっていたので、合わせたような感じです」
美柚ちゃんが一生懸命に私たちの質問に答えていると、神妙な表情で聞いていた春哉が口を開いた。
「・・・・・・ニュース知った時からずっと不思議だったけど、嵐山って京都であまり治安が悪いイメージがないんだよね。襲われたのが観光客の少ない住宅地側だとしても、何でわざわざそんな場所で美柚ちゃんを連れ去ったんだろうね」
「俺も『美柚ちゃんを護るために』っていう犯人の言い分がずっと引っかかっているんだよ。女子高生なら誰でもよかったんじゃなく、敢えて美柚ちゃんを狙った理由があるのかな?」
「美柚ちゃんの行動を予知していたとか?」
「そんなの超能力者じゃない限り無理だろ」
「まさか、私のグループの行程を犯人に提供していた内通者が同級生にいる可能性はないですよね・・・・・・」
「関西にいる40代の男と北海道の高校生が、どういう関係で知り合いになるんだよ」
「闇バイトで情報を買っていた可能性だってあるかも。今の時代SNSを通じてどういう繋がりを持つか分からないよ」
「がっつりSNSやってるお前が言うなって」
真実を追求し4人であれこれ考察をしても、謎は深まるばかりだ。話が煮詰まってきたとき、アテンダントが一段と声を張り案内をし始めた。
「皆さま、まもなく有名な撮影スポットとなっております只見川第一橋梁を渡ります!」
話し合いは一旦中断し、ここは景色を眺めて頭を休ませることにしよう。列車は警笛を鳴らしながら、橋梁に差し掛かる。車窓の左右にはエメラルドグリーンに染まった只見川の水面が映し出されている。春哉は窓にカメラのレンズをくっつけるようにして写真を撮り続けていた。
アテンダントは会津柳津で下車し、大きく手を振りながら私達を見送ってくれた。案内のあった橋を過ぎてからは只見川を離れて山岳部を走行し、会津坂下の手前から急に景色が開ける。
会津盆地を駆け抜けている間も過去のネットニュースを読んだりして調べたが、特段新しい情報は掴めない。
小出を出る頃には高く昇っていた太陽も傾き始め、17:24に会津若松へ到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます