3-4 張り込み捜査

 女子達には2番線に停車中の東北本線普通盛岡行きへ先に乗ってもらい、俺と春哉は新幹線の乗り換え改札へと向かう。

 一ノ関には新幹線のホームから直接駅の外へ出る改札はなく、1ヶ所のみある乗り換え改札を通らないといけない構造になっている。張り込みをするにはかえって都合が良く、誘拐犯が姿を現せば見逃すことはなさそうだ。改札前の広いコンコースの柱の影に潜み、俺達は新幹線の到着を待つ。


 10:07を過ぎると11番線に繋がる階段から多くの客が降りてきた。夏帆とビデオ通話を繋いで様子を伺うが、「この人です!」という美柚からの返答はない。結局、俺たちの張り込みも虚しく客が少なくなってきた。


「ちぇっ。無駄足だったな」

「取り越し苦労で終わっただけ、まだよかったと思ったほうがいい。早く戻って乗ろうか」


 前向きな春哉の言葉を受け、俺たちは2人が待つ列車へ向かうことにした。

 すると、最後のほうに降りてきたと思われる1人の少女に声をかけられる。


「あの、何か落としましたよ?」


 美柚と同じくらいの歳頃に見えるが、差し出してきた右手がひどく荒れている。その少女が渡したのは、トシエから受け取ったあの五芒星が描かれた紙だ。うっかり、自分のポケットから落ちてしまったのだろうか。


「ああ、すいません。ありがとうございます」

「あの、これって・・・・・・」

「稔、もうすぐ出発するぞ。急げ!」


 少女は俺に何か言いたげだったが、春哉に急かされたため会話する余裕もなくホームへと走った。


 紫色の帯を纏った2両編成の車内には、先ほど新幹線改札で見かけた観光目的らしき客で混雑を極めていた。2両目の前寄りに乗っていると夏帆から聞いていたので、近くのドアから乗り込んで2人と合流する。俺たちが乗るとすぐにドアが閉まり、10:15に一ノ関を後にした。

 発車ギリギリに乗り込んだので席に座れず、女子達が座る目の前の吊革に掴まって過ごした。


「遅かったね。てっきり間に合わないかと思ったよ」

「ごめん。ギリギリまで粘ったけど結局来なくてさ」


 春哉は夏帆へ謝ると、俺のほうを振り向いて問いかけてきた。


「稔、さっき誰かに声をかけられたみたいだけど、どうしたんだ?」

「これをポケットに入れてて、さっき落としちゃったんだ。夏帆のおばあちゃんから今朝預かったものだよ」


 右ポケットからクシャクシャになった五芒星の紙を3人へ見せる。今朝の俺と同様に「何これ?」と春哉と夏帆は訝しげに眺めるが、書いてある数字を確認すると美柚の目が見開いた。


「・・・・・・思い出しました!この紙の裏面の端に、犯人の名前を小さく書いていたはずです」


 マジか!美柚に言われて紙をひっくり返すと、右下に小さく『おおつきあらひろ』と書いてあった。五芒星の上にメモ書きされた数字から察するに、生年月日は1982年10月17日のようだ。


「誘拐されてきた直後に、その犯人の命令で一度占ったことがあるんです。逃げ出したらすぐ警察に知らせられるように、聞き出した名前をこっそり書いて隠していました」

「それなら、この紙を警察に出せば一発で犯人捕まえられるじゃん」


 俺が提案するものの、美柚は自信なさげに答える。


「ただ、一つ引っかかることがあるんです。私、少しだけ姓名判断もできるのですが、その結果と実際の性格や行動、陰陽五行で出した占いの結果が一致しない部分が多かったんです。私が勉強不足なせいかもしれませんが・・・・・・」

「そんなことないよ。もしかしたら本名じゃなくて、芸名を使っているのかもしれないし」

「芸名、ですか?」


 夏帆が言う芸名説を確認するために、書かれていた名前でネット検索をかけると、『占いの館オオツキ』と記されたお店を見つけた。安っぽく仕上げられたホームページはいかにも胡散臭い。それでも、アクセスは大阪駅から徒歩5分と書いてあるので、あながち間違いでないのかもしれない。


「そうすると、どういう経緯でこの名前を付けたんでしょうか?」

「うーん、何でだろうね?この紙に書いた美柚ちゃんの占いでは、その犯人はどんな人だと結果が出たの?」


 俺は美柚へ占いの紙を渡すと、彼女はそれをじっくりと眺めて考える。平泉で大半の客が降りたので俺たちも席に座ると、平泉を出発してすぐに彼女は口を開いた。


「犯人は、周りから誤解されやすく自分の考えていることが伝わりにくいタイプです。ただ、芸術的な才能があり様々なことに挑戦する意気込みがあるので、それで占いの商売をやっていたんだと思います」

「なるほどね。でも、そこから本当の名前に結び付く情報はなさそうだね・・・・・・」

「そうですよね・・・・・・。一体、誰なんでしょうか?」


 それ以降は会話が続かなくなった。芸名の由来は人それぞれだが、占いの結果も含めて何かヒントになるものはないのだろうか。俺は車窓を眺めながらじっくり考える。


 平泉を過ぎて以降は閑散としていた車内も北上や花巻といった大きな駅から再び客が増え始め、立ち客も徐々に出てきた。

 そういえば、昨日の今頃は『おいこっと』に乗って、長野から十日町に向かっていたっけ。俺は乗り遅れて新幹線を使ってしまったが、ほとんど18きっぷしか使わずによくここまで来たものだ。


・・・・・・ん?おいこっと?


「俺、犯人の本名わかったかもしれない!」

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