3-9 お祭りデート気分

 弘前では4分の接続で奥羽本線の普通青森行きに乗り換え、16:15に出発した。車内では、先ほど園児へ披露したマジックに美柚が興奮冷めやらぬ様子で話しかけてきた。


「さっきの幼稚園の子たち可愛かったですね!」

「うん。久しぶりにちびっ子とふれあえて楽しかったよ」

「稔さん、マジックできるんですね!かっこよかったです!」


 美柚に褒められて気持ちが高ぶるものの、自慢げに話したい気持ちをこらえて平静を装う。


「そうかな?見せた内容があの子に伝わるか心配だったけど、喜んでもらえて嬉しかったな」


 俺がマジックを始めたのはテレビの影響を受けた中学2年生の頃だ。自分なりに研究を重ね、学内でも常にトランプを持ち歩いては休み時間に簡単なマジックを披露していた。

 最初は興味を持ってくれる人もいたが、ネタが尽きると次第に飽きられてしまった。それでも誰かの関心を引こうと同じネタを続けていたものの、煙たがれる存在になってしまい3年程前から人前で披露するのをやめたのだ。


 この旅でも夏帆がトランプを持ってきてくれていたので、本当は1日目から美柚に手品を見せたかった。しかし春哉達に「またモテようと必死になっている」とからかわれるのを気にして我慢していたのだ。


「子どもたちに喜んでもらえてよかったですね」

「うん、あの女の子を喜ばせようと思ったのは美柚ちゃんの言葉のおかげかな。さっきのアドバイスがなかったら何もしなかったと思うし。俺の行動を変えるきっかけを作ってくれて感謝してるよ」


 美柚は顔を少し赤らめ、やや照れ気味に答える。


「・・・・・・そう言ってもらえて嬉しいです。さっきの子が作ってくれたりんごの折り紙、稔さんの分もあるみたいなのでどちらかどうぞ」


 彼女は話を逸らそうしてなのか、女の子がくれた折り紙を出した。


「ありがとう。それじゃ、青りんごのほうを貰おうかな。あの子にも渡した薄皮饅頭リュックにまだあるから、おなか空いたときに食べていいよ」


 美柚もお礼を述べ笑顔で答える。青りんごの折り紙は、この旅のお守りとして持っておこう。


 車窓からは田園風景が広がる奥に、ぽつんと伸びる綺麗な三角形の岩木山を拝めることができた。川部から先の各駅では、浴衣姿のちびっ子連れのファミリーや若者のカップルが次々と乗車してくる。浪岡を出発した時点で車内は満員となった。


「皆さん、ねぶた祭りに行くのでしょうか?」

「そうかもね。2人が来るまでに、ねぶたの会場に足伸ばしてみるか?」

「はい!一生に一度はねぶた観てみたいと思っていたので、行ってみたいです!」


 周りには浴衣姿の女の子たちも多く、目の保養になった。新青森でも新幹線からの乗り換え客をさらに詰め込み、青森には17:04に到着した。


 ドアが開くと客が一斉にホームへと吐き出される。さりげなく美柚の手を握って降り人混みの波に乗って改札を抜けると、遠くから囃子のような音が聞こえてきた。巡行に向けた交通規制はまだ始まっていないが、歩道には地べたに座って場所取りをしている観覧客が大勢いる。


「うわぁ、凄い人ですね。どこかいい場所を取れるといいのですが・・・・・・」


 小柄な美柚だと、立ち見でねぶたの姿をはっきりと確認できるか微妙なところだ。少し考えを巡らせていると、あることを思い出した。

 以前テレビニュースでねぶた祭りの特集を見たとき、海沿いの公園にねぶたを格納して絵付けをする小屋が多数あったのだ。祭りは18時からだと聞いているので、今ならまだ間に合うかもしれない。


「じゃあ、巡行する前のねぶたを見に行くのはどうかな?途中で何かしら出店もあると思うし」

「えっ、お祭り始まる前から見れるんですか?行ってみたいです!」

「忘れないうちに、お母さんへの定期連絡もしておいたほうがいいかも」


 美柚へスマホを差し出して海岸沿いの道を歩きながら、彼女は美咲の薬局へと電話をかけた。先程の美柚のアドバイスを思い出し、リュックからビニール袋を取り出して道中に転がっているゴミを拾い集めていく。オレンジ色に照らされた海から吹きつける潮風が気持ちよく感じた。


 海沿いに10分ほど散歩すると袋はあっという間にパンパンになった。集めたゴミをどこに捨てるか探している間に、白い小屋が並んだ広場へと着いた。巡行の準備で祭りの関係者がいるので近くへ寄れないものの、少し離れた距離でもねぶたの様子をはっきりと観察できる。ポイ捨てをした輩に対する怒りも、すーっと消えていく気がした。


「わぁ、凄い!遠くからでも迫力がありますね!」


 鬼や武将をモチーフとした人物の鋭い目つきに、思わず圧倒される。周りの装飾も一つ一つきめ細やかに表現されており、どのねぶたも名作揃いだ。各々のねぶたの周りには、白い浴衣にカラフルな帯やタスキ、花笠を身につけた人たちが大勢集まっている。あれが跳人と呼ばれる人たちだろうか。


「いいなぁ。俺も跳人に混ざって、祭りで一緒に踊りてぇな」

「踊るって、どう踊るんですか?」


 ラッセーラ、ラッセーラと声を上げて、右足2回、左足2回のステップでケンケンをする。


「美柚ちゃんもやってみる?」

「思ったよりも簡単そうですね。やってみます!」


 美柚もリズムに合わせて踊る。数回練習しただけで様になっており、笑顔がこぼれる彼女の顔を見てこちらも嬉しくなった。この調子で、祭り本番が楽しみだ。

 2人で清々しい気持ちになっていると「あの、ちょっといいですか?」と背後から声をかけられた。振り返ると、その姿に目を疑う。


 3人の警察官が、俺たちの前に立っていたのだ。


 「守谷美柚さんと同行の方ですよね?岩手県警から任意の取り調べの要請を受けています。暑までご同行願えますか?」


 まずい。この流れは捕まるに違いない。咄嗟に俺は美柚の手を引き、街中に向かって逃げる。


「稔さん!?」

「人混みのほうに行こう!」


 警察官のひとりは笛を吹き、もうひとりは無線で応援を呼んでいるようだ。リーダーらしき警察官は「止まりなさい!」と大声で叫んで追いかけてくる。


 せっかくここまで来たのに、捕まってたまるか。

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