2-4 トンネルに咲く花

 十日町では乗り換えに30分弱の余裕があるため、駅のすぐ近くにあるお蕎麦屋さんに入って昼食を取ることにした。休日にも関わらず店内は比較的すいており、カウンターに数人座っているのみだ。私たちは靴を脱いで小上がりの席に座り、足を伸ばした。


 蕎麦粉が100%十日町産、という貼り紙に強く惹かれ、私と美柚ちゃんはざる蕎麦を注文し、2人でシェアするべく天ぷらの盛り合わせ一人前も追加した。おいこっとでの思い出を振り返っている間に、注文した品がすぐに運ばれてきた。


「うわ、めっちゃ美味しい!」

「天ぷらもサクサクで美味しいです!」


 昨夜食べた信州蕎麦も絶品だったが、それ以上にここの蕎麦は風味が強く、コシが強い麺は私的蕎麦ランキングでも上位に入るレベルだ。天ぷらも油っこさを感じず、サクッという食感がたまらない。


 一方、男子達は天ぷらラーメンという変わり種のメニューを食べている。醤油ラーメンに海老天が乗っているシンプルな見た目だが、こちらも舌鼓を打っている。


「天ぷらとラーメンって合うの?」

「意外とイケるよ。すごく美味しい」

「ウチの学食にもあったらいいのにな」


 4人で箸を進めていると、お座敷の角の上に置いてあるテレビが視界に入る。お昼前のニュースが流れていた。


―続いてのニュースです。今年5月に北海道旭川市の女子高校生が行方不明になった事件について、新たな情報です。昨日の朝、二人組の若い男性と共に大阪駅からJR東海道本線の新快速電車に乗り込む姿が目撃されていたことがわかりました。JR南草津駅などでも同様の情報が相次ぎましたが、通報を受けてJR守山駅から乗り込んだ警察官によると、二人組の男性と女子高校生は見つからなかったとのことです。警察はこの男性二人が事件に関わっているとして、行方を追っています。


 血の気が引いた。慌てて3人へ声をかける。


「ねぇ!今のニュース聞いてた!?」

「しっ、聞いてたって。怪しまれるから静かにして」


 春哉に注意され慌てて店内を見渡す。幸い、他の客がこちらを伺うことはなく、平穏な空気が流れている。蕎麦湯を持ってきてくれた店員さんも笑顔で対応し、特に怪しむ様子はない。


「春哉、もしかして分かってたの?」

「昨日の新快速でヒソヒソされた件があっただろ?その時点で、いずれメディアで騒がれるんじゃないかって思ってたよ」

「このままじゃ、春哉さん達も警察に指名手配されちゃいますよ。この先、足を進められるのでしょうか・・・・・・」

「まぁ、下手に騒がなければ大丈夫じゃないか?なるべく人が少ないところを通っていけば、気づかれることもなさそうだし」

「逆に言えば、通報されちゃったら私たちの逃げ道もないってことだよね。ホントに大丈夫かな?」


 不安な表情を見せると、「夏帆らしくないな」と春哉に喝を入れられる。


「この先もタイトな乗り継ぎが続くけど、変わったルートで進むからきっと大丈夫。次の列車まで時間もないし、早く行こう」


 時刻は既に12時を回っていた。蕎麦湯をゆっくり味わう余裕もなくごくりと胃の奥へ流し込み、足早に駅へと戻った。




 次の路線も18きっぷが使えないらしく、途中駅までのきっぷを春哉が4人分まとめて買ってくれた。私たちはそれを受け取り、『ほくほく線』と書かれた改札口を通って階段を駆け上る。


 ほくほく線か。北海道に行ったらバターが乗っかった、ホクホクのジャガイモが食べられるんだろうな。


 昼食直後でもつい食べ物のことを思い浮かべて、ヨダレを垂らしてしまいそうになる。次に乗る北越急行ほくほく線の普通 越後湯沢行きは、既に12番線で私たちを待ってくれていた。1両目は青色、2両目は小豆色のラインが引かれた車両だが、それを見た春哉は何かひらめいたようだ。


「これ、2両目に乗ったほうがいいかも」

「えっ、なんで?」

「まあ、乗ってみればわかるよ」


 彼に言われるがまま『ゆめぞら号』というロゴが書いてある2両目の車両のドアから乗り込み、12:16に十日町を出発した。車内は一見ごく普通の内装だが、隣駅のしんざを出たときにこの車両を選んだ理由がわかった。


 すぐにトンネルへ入ると、私たちが乗っている車両のみ急に真っ暗になる。突然のことでびっくりしたが、すぐにクラシック音楽とともに天井へ大きな花火が次々と打ち上がった。


「わぁ、綺麗・・・・・・!」


 車内はプラネタリウムと化し、私と美柚ちゃんはその美しさに心を奪われた。男子達も静かに天井を見上げている。


「少ししか乗らないけど、ここなら俺たちの存在も極力周りに知られずに済むだろう」

「そこまで考えるなんて抜かりないな。映像も楽しめるし最高だな」


 春哉によると、北陸新幹線ができる前に走っていた特急列車が高速で駆け抜けるために、ほくほく線は数々の山を長大なトンネルで結ぶルートになっているようだ。トンネルが多くなかなか車窓が見られないのを逆手に取り、普通列車でこのようなイベント車両が運転されているとのことで、その発想に思わず感心する。

 美佐島というトンネルの中にある駅にも停まりつつ、私たちは車内に上がる花火を眺め続ける。映像はトンネルを抜ける魚沼丘陵のすぐ手前まで楽しむことができた。


 凄かったね!と美柚ちゃんと余韻に浸っていると、次の駅で乗り換えることを稔から知らされる。もっとプラネタリウムを鑑賞したい気分だったが、名残惜しくも12:31に六日町という駅で降車し、ゆめぞら号を後にした。

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