花咲く丘のセレメア ~遺跡にひとりぼっちだった私が幸せを掴むまでの物語~

雨杜屋敷

1章 幼少期編

第1話 父との思い出


「いいかメア。こうやって敵のふところに潜り込んで、横一閃よこいっせんに振り抜くんだ」


 王城の兵士であった父は、休日には決まって私に剣の技を教えてくれていた。

 剣といっても、子供が振り回せる程度の刃の付いていない短剣だ。


 母親は女の子なのだからと止めさせたがっていたが、当の私が面白がって学んでいたので、仕方なしにと認めてくれていた。


 詳しいことは覚えていないが、父は兵士の中でも階級が上のようでそこそこお偉いさんだったようだ。


 そんな父が付きっきりで戦闘術を教えてくれているので、なんとなく優越感もあり誇らしかった。


「よしいいぞ、その調子だ。メアは物覚えがいいな、流石は俺の子だ」


 父の、ゴツゴツとした大きな手が私の頭を撫でる。

 私の肩まで伸びる薄紫色の髪がくしゃくしゃになって母によく苦い顔をされていたが、私はこれが大好きだった。


「えへへ……、もっともっとおとうさんになでなでしてもらえるように、メア、頑張る!」


「ははは、この調子では私を超すのも時間の問題かもしれないな」


 父が嬉しそうに笑うので、私も嬉しくなって一緒に笑う。


「それじゃあ次は、肉弾戦の練習だ。お父さんの手を目標に、拳を打ってみなさい」


 幸せな時間だった。

 こんな時間が、ずっと続くと思っていた。


 そんな思いは、簡単に崩れ去る事になる。



『クーロン=ペルシクム 捜索打ち切り 推定:死亡』


 父は、とある作戦で街を出てから行方不明となり、何ヶ月待っても帰ってくる事はなかった。


 そして、告げられる捜索打ち切りの報と推定死亡の連絡。


 あまりの現実感の無さに、髪色と同じ色をした眼から涙は溢れなかった。

 今思うと、むしろ信じられなかったというのが正解かもしれない。


 きっと訓練を続けていれば後ろからお父さんがやってきて、くしゃくしゃと頭を撫でて褒めてくれるのだ……「すごいなメアは、頑張ってて偉いぞ」と。


 そんな私を見てか、母親は私の頬を平手で打ち付けることがあった。


 現実を見ない私に苛立ちを覚えたのかも知れないし、ただの八つ当たりだったのかもしれない。

 今となっては知るすべもないので推測に過ぎないけれど……。


 母は、父がいなくなってから変わってしまった。

 綺麗だった長く濃い紫色の髪もボサボサになり、好きだったおしゃれも止めてしまった。


 そして殻に籠もったように、私を


 そして時折目が合うと、手に届く範囲にある色々な物が私に飛んできた。


 私は、もう限界だったんだと思う。

 気づけば私は、夜中にこっそりと家を抜け出していた。


 最低限の荷物とお小遣い、それから父に買ってもらった小さな短剣をもって向かったのは街外れにある小さな丘。

 そこは一年中花が咲き乱れていて、とても綺麗な場所。


 父に連れられて、ここで遊んだ楽しい記憶が蘇ってくる。


「こんなに広いと、迷子になっちゃいそう」


「もし迷子になったら、指笛を拭いてごらん? すぐにお父さんが駆けつけてあげるからね」


 私は、ピィーっと、指笛えを鳴らした。

 しかし、父は現れてくれない。

 私は、父が行方不明になってから初めて、父を思って泣き崩れた。





 しばらくして落ち着いてから私は涙を拭いて、丘を越えて歩いていく。


 丘を越えた先には沢山の遺跡が並んでいて、時折調査団らしき人たちが遺跡に潜っては探検をしていると聞いていた。


 その為遺跡のあちこちにトーチがかけられており、遺跡周りは夜でもぼんやりと明るかった。


 どこかに雨風が凌げる場所があるだろうと思った私は、恐る恐る遺跡の間を抜けていくとちょうど良さそうな場所を発見する。


 私は辺りを改めて警戒し危険が無いことを確認すると、背負っていた荷物を置き一息ついた。


 そして荷物を背にもたらかかると緊張の糸が緩んだのか、私はうとうととし始めてしまい、そのまま眠りの世界へと落ちていったのだった。







「……ア……メア……」


 誰かが呼んでいる……懐かしい声が、聞こえる。


「メア……可愛いメア……」


 優しい声の主に抱きしめられる。


「おと……うさん……?」


 声に出したところで目が覚めた。

 辺りを見回しても、私が求める人も誰もいない。

 頬に違和感を感じて手の甲で擦ると、どうやら涙が流れているようだった。

 私はゴシゴシと目を擦ると、両膝を抱いて座り込んだ。


◇◆◇◆


 それから、私のひとりぼっちの野宿生活が始まった。

 野宿といっても、街に戻って数少ないお小遣いを使って食べ物や飲み物は確保していた。


 しかし、それも長くは続かない。

 二~三日でお小遣いが底を尽きかける。

 私は野菜の切れ端やパンの切れ端等を恵んてもらったり、雨水を貯めて飲んだりして飢えと乾きを癒やしていた。

 そしてそれすらも限界になってきた時、私の運命を変える出会いが訪れた。


「おい、このガキはなんだ。誰か知っとるか」


 口ひげを蓄えた、いかにもひねくれた爺さんといった印象の男性が、遺跡に隠れ住んでいた私を見つけて仲間に声をかけた。


「いや、知らねーぜ。つーか、なんでこんなところに子供がいるんだ?」


「何か訳ありなのよきっと。ねぇ貴方、お名前は?」


「……セレメア」


 私は、自分の荷物をぎゅうと抱きしめながら、声を絞り出すように言った。


「セレメアちゃん、どうしてこんなところにいるの? お父さんやお母さんは? もしかして、ひとりぼっちなのかしら?」


 私は、俯いて小さく首を縦に一度だけ動かした。


「だそうよ。どうします? 団長」


「ふん、儂に聞くんじゃないまったく……」


 団長と呼ばれた口ひげの爺さんは、名前を聞いてきた優しそうな女性に悪態をつきながらも「好きにせい」と一言だけ発してどこかへ行ってしまった。


「あら……団長の許可も得たことだし。セレメアちゃん、良かったら私たちのキャンプに来ない? こんなところよりずっと良いところよ」


 女性が手を差し出してくる。

 私は少し迷いながらも、その手を掴む事にした。








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