第8話 十一歳
私が遺跡調査キャンプで拾われて早九ヶ月、春の季節がやってきた。
ここの花の丘では一年中花が咲いているが、最も美しい景色になるのがこの季節で、色とりどりの暖かい色をした花々が咲き乱れ、小鳥たちは楽しそうに唄っている。
んーっと背伸びをして、いっぱいに息を吸い込んで吐き出す。
花の濃い香りが肺の中いっぱいに広がった。
数ヶ月前とあまり変わらない影法師に倒れ込み、空を見上げる。
青空を雲がゆっくりと泳いでいる。
視線の端には蝶々が揺れながら飛んでいるのが見えた。
「もう……こんなところで何してるんですか。そろそろ仕事の時間ですよ」
頭の方から、カルアが顔を覗かせる。
困ったような表情をしているのは、多分私のせいだろう。
「春の陽気が気持ちいいから、日光浴だよー」
「そうですか、日光浴なら仕事をしながらでも出来ますよね。さ、行きますよ」
「もぉ……少しはゆっくりしてこーよー」
「団長に怒られてもしりませんよ? 僕も怒られるんですから、勘弁してくださいよ」
三ヶ月程前からカルアは私を対象とした護衛につくようになった。
その為、私を仕事場に戻そうとするのだ。
こんなに心地よいのに……。
「仕方がないなぁ……、カルアくんの意思を尊重して、仕事に戻りましょー」
「まったく……誰に似たんだか」
「私はみんなに育てられたんだから、責任があるとしたらみんなにあるからねー」
「はぁ……」
私は勢いよく足を振り上げるとそのままの勢いで立ち上がる。
「はしたないですよ、メア」
「えー、見てたのー? えっちぃ」
「もうなんでもいいですから、いきますよ」
「はーい」
カルアが先導するかたちで後ろをついていく。
しかし、仕事場とは別の方向に向かっていくのに気がついて、「あれ? どこいくの?」と声をかけると、「今日は一旦別の場所に集合だそうですよ」と言われる。
特に気にする事もなく、何か連絡でも有るのかと思いそのままついていく。
たどり着いたのは、いつも食事を取っている焚き火場だった。
既に私達以外は到着していたようで、全員の視線がこちらへと向いた。
「え、もしかして遅れたのみんな怒ってる感じ?」
思わず小さいカルアの背中に隠れて耳打ちをするが、カルアは何も答えてくれない。
すると、ルリンが大きな声で「せーのっ」と言うと
「セレメア、十一歳の誕生日、おめでとー!」
団長を除く全員が一斉に大きな声でその言葉を放ち、沢山の拍手を私にくれた。
「え……なにこれ」
「おめでとー、今日誕生日ってノアから聞いたんや! せやからこうして、サプライズパーティを開いたっちゅーわけや!」
そういえば以前、ノアから何気なく誕生日を聞かれていたのを思い出す。
なるほど、アレはこの為だったのか。
「ちゅーわけで、今日はみーんな仕事おやすみして、パーッと騒ごうちゅーことで、ほらほら、メアちゃんもグラス持って持ってー」
カルアが近くにあったグラスを私に手渡してくる。
表情を見る限り、カルアも仕掛け人側だったのだろう。
「カルアくんにまで騙されるとは、私もまだまだだねー」
「ふふ、まぁそう言わずに今日は楽しもうよ」
「……そだね。はいはーい、グラス持ちました―!」
「それじゃあええかぁみんな! メアちゃんの誕生日を祝ってぇぇ?」
「「「かんぱーーーーい!」」」
カキンという景気の良い音が響き渡り、みな一斉に飲み始める。
大人たちはお酒だが、私のはどうやら柑橘系のジュースのようだ。
「かーっ、最高やな! もういっぱい!」
「早っ、もう飲み干したのかよ!?」
ルリンさんが既に一杯開けているのをみて、ジックスが驚愕している。
どうやらルリンさんは酒豪のようだ。
それから楽しいパーティーが始まった。
傭兵のみんなが剣舞を見せてくれたり、音楽に合わせてみんなで歌って踊ったり、おいしいごはんを食べながら沢山のお話をした。
ルリンさんと一緒に団長を無理やり引っ張り出して、一緒に踊ろうとしたりもした。
最初はかなり嫌そうにしていたけれど、最後には諦めてちゃんと踊ってくれていた。
というか、かなり上手だったのでびっくりした。
◆◇◆◇
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、気がつけば辺りは暗くなってきていた。
「さ、楽しい時間もそろそろ終いだ。片付けろ」
団長さんが全員に号令をかけると、全員が我に返ったように静まる。
――しかし、一人だけを除いて。
「まだまだ、最後に一つだけ残っとるやろ! ほらメアちゃん、最後に一言!」
「えっえっ」
周りからヒューヒューだとか、がんばれーだとか小っ恥ずかしいヤジが飛んでくる。
私も困惑しながらも、ルリンさんからのキラーパスを受け取り、ゆっくりと口を開く。
「ええっと、まさかこんなに盛大に誕生日を祝ってもらえるなんて、思ってもみませんでした。というか、自分ですら誕生日だってこと忘れてたくらいなので……」
みんなが黙って私の話を聞いてくれている。
「ここに来てまだ九ヶ月ほどですけど、毎日本当に幸せで、今日はもっともっと幸せでした。まだ今は、みんなから幸せを貰いっぱなしだけれど、いつかみんなにこの幸せをお返しできたらいいなと思ってます。……その、なので、これからもよろしくお願いします。今日は本当にありがと」
最後の言葉を言い終えて頭を下げると、うぉおおおという雄叫びが聞こえてくる。
声の主は、多分変わり者傭兵の『ファルン』だろう。
それにつられてか、他の人たちまで声を上げ始める。
「もちろんだぜ、これからもよろしくなー!」
「あったりまえやで! うちらはずっと一緒や!」
「うぉおおおおおうぉおおおお」
ファルンの声が大きすぎて何人かの声は聞こえなかったが、多分似たような事を言ってくれているのだと思う。
私は本当に幸せものだ。
遺跡にひとりぼっちだった私は、今はこんなに多くの人に囲まれている。
そして今があるのは、みんなが私に手を差し伸べてくれたから。
だから、私も手を差し伸べられる人間になるんだ。
その為にも、私は――
この日、一つのぼんやりとした望みは、夢へと変わった。
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