第9話 巣立ち
「忘れもんは無い?」
椅子に座ったまま、ルリンさんが身支度をしている私に声をかける。
「ルリンさんじゃあるまいしー、大丈夫だって」
「んな失礼な、せっかく見送りのプレゼントまでしたんに」
「ふふ、それはそれ、これはこれです」
「今からでも返品してこよっかな」
「冗談ですよー、ありがとールリンさん」
「最初からそーいえばええんや、全く」
恒例となっていた私の誕生日会も先日五回目を終えて晴れて一五歳となった私は、ついに大人の仲間入りを果たした。
そして今日は夢を叶える為の第一歩……冒険者になるための申請をしに行く日。
だけどそれは同時に、ここでの生活に区切りをつけるという意味も持っていた。
「……さみしなるな」
「ちょっと、やめてください。昨日も言いましたけど、別にこの街からいなくなる訳じゃないんですから」
「せやけどな。五年も一緒に仕事して遊んで、食べて寝てを過ごしよったんが、いきなりおらんくなるんわなぁ……」
「なんか、巣立ってく子を見送るお母さんみたい」
「だれかおかんや! まだそんな年ちゃう! ……でもまぁ、気持ち的には似とんかもな」
「もう……仕方ないですね」
冗談を言っても寂しそうな素振りを隠そうとしないルリンさんを後ろから抱きしめて、左頬をルリンさんの右頬にピトりとくっつける。
「ちょくちょく遊びに来ますし、なんなら仕事の依頼だって受けますから」
「……傭兵になって、専属になってくれたら良かったんに」
「それだと、助けられるのがルリンさん達だけになっちゃいます」
「まぁ、メアの昔っからの夢、やもんな。応援せんとな」
「そうですよー、応援しててください」
「そーやな。ぐずぐずゆーとってもしゃーないな。ありがとメア、元気出てきたわ。早速助けてもらっちゃったわ」
「えー、なら報酬を貰わないとですかねー?」
「こいつぅ」
ルリンさんが、私の右頬を指先でつつく。
二人して笑い合ってから、私はルリンさんから離れる。
「それじゃ、行ってきます」
「ん、よー似合っとんで、それ」
「二人のセンスがいいからですよ」
胸元や腕、手の甲に金属のプレートが付いた丈夫な繊維で作られた軽鎧を、昨日プレゼントとして、ルリンさんとノアさんの二人から貰っていた。
足元には、脛の部分をプレートで強化した膝腕まである装具を身に着けている。
下半身はスカート状になっていて、下にはスパッツを履いている。
私の得意分野を活かすには、ズボン状では少し動きづらいのと好みではなかったという不純な理由をもって、この形状を選んでいた。
スカートとはいえ上半身の繊維と同じもので作られており、簡単には破れないしある程度の耐久力を備えている。
私はルリンさんの前でくるりと一回転してみせた。
スカートがひらひらと揺れる。
うん、可愛くてとても良い。
「気に入ってくれて良かったわ」
「結構念入りに事前調査されましたからね」
「はは、せっかくの一張羅やからな」
「ふふ」
会話は尽きなかったけど、そろそろ行かないと。
「……ほんとに、行ってきますね」
「ん、他の人にはもう挨拶したんやろ?」
「そうですね。ノアさんには街の入口までは付いていって貰う予定なので、ノアさんとはまだですけど」
「そっか。ならあんまし待たせてもあかんな」
ルリンさんは椅子から立ち上がると、私の両肩に両手をパシッと下ろして激を入れてくれる。
「っしゃ! メアなら大丈夫や! それにいざとなったら、帰る場所がある事を忘れない事! よし、行ってきぃ!」
「はい、行ってきます」
荷物の入った猫耳付きの黒いリュックサックを背負って、私は長年過ごしたテントから飛び出した。
◆◇◆◇
「ノアさん、お待たせしました」
キャンプの端の、街に一番近いところで待ってくれていたノアさんに声をかける。
「もういいんですか?」
「これ以上いたら、みんな寂しくてメアちゃーんって泣き出しちゃうんで、充分ですよ」
「ふふ、そうね。その通りね」
「あ、いつもの場所を通って行っても?」
「そうだと思ってたから、大丈夫ですよ」
「さっすがノアさん、私の事理解してるねー」
二人してキャンプ地から出て、私がいつも日向ぼっこをしていた場所へと歩みを進める。
「メアが分かりやすいだけですよ」
「そうかなぁ。むしろ何考えてるかわかんないって良く言われるけど」
「それは男達とルリンが鈍感なだけですよ」
「はは、酷い言われよう」
「あぁでも、男といっても団長さんは別でしたけど」
「え、そうなの?」
「そうですよ。あんな風でも、一番って言ってもいいくらい心配していたのは団長さんでしたから」
「そーは見えなかったけどなぁ……。団長さんと最後に話した時も、どうせ大した冒険者になんぞならん。危ないからずっとここで雑用でもやってろーって言われましたけどー?」
「私には、危ない事はやめて、ずっとここにいろっていう親心に聞こえますけどね」
「そーかなぁ……」
「もっと大人になれば、メアにも分かりますよ」
「もう大人だってばー……」
「そうやってすぐ拗ねるところは子供っぽいですよ」
「うー……」
拗ねる私の頭を優しくポンポンと撫でてくれる。
そうこうしているうちに、いつもの場所にたどり着く。
「よーし……」
私はそのまま仰向けに寝転がる。
目をつむり思いっきり息を吸い込むと、花々の香りが胸いっぱいに広がる。
目を開けながら息を吐き出すと、心地の良い脱力感が全身に広がった。
キャンプ地で過ごした日々を、流れる雲を見つめながら思い返す。
その間、ノアさんは何も言わずにそばで待っていてくれた。
「よし」
私は足を思いっきり振り上げて全身のバネと手の力を使い、そのままの勢いでぴょいっと身体を浮かせ立ち上がる。
「四年で随分と鍛えましたね。武器なしの肉弾戦なら、私はもう勝てないかも」
「なーに言ってるんですか、一度も勝たせてくれなかったくせにー」
「あら、そうでしたっけ?」
私は十一歳の誕生日を期に、格闘術を学ぶようになった。
格闘術を選んだのは、いざとなったらすぐに手を差し伸べられられるからという、子供っぽい理由だったけれど、こうして身についたのだから問題ない。
ノアさんには一度も勝てなかったけれど……。
「準備、出来たみたいですね」
「そーですね、これで万全です」
「それじゃあ行きましょうか、『フロスオルトス』へ」
「はい、行きましょう」
気持ちを整えた私はノアさんに先導されながら、街へと向かった。
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