第11話 滴水の花弁亭


 まずは、街で一番大きなクランである『滴水の花弁亭』へと向かった。


 建物は二階建てで広さはかなりあるようで、流石最古のクランであると感じた。

 歴史を感じる壁面を眺めながら出入り口のところまで歩いていくと、両開きの大きな扉が出迎えてくれる。


 少しドキドキとしながら扉を開くと、そこにはモノクルをつけた金髪の男性が、薄赤色の長い髪の女性にフライパンと包丁で襲いかかっている姿が目に飛び込んできたので扉をすぐに閉じた。


 どうやら取り込み中のようだ。

 このタイプのドキドキはいらないし、何も見なかった事にして立ち去ろうとすると、室内を走る音が聞こえてきて勢いよく扉が開かれた。


「ちょっと待ってください。誤解があると思うので、一度お話を――」

「あ、いえ、間に合ってますー」

「まぁそう言わずに」


 肩を掴まれてそのままクランへと引き釣りこまれていく。


「あー……捌かれるー」

「捌きませんよ!」


◆◇◆◇



「先程は失礼いたしました……、貴方も頭を下げて下さい! ……当クランのサポート全般を努めておりますユーカと申します」


 包丁を構えていた女性が頭を下げるが、隣にいる男性がよそ見しているのを見て、頭を掴んで下げさせる。


 テーブルにガンと額がぶつかって痛そうだ。

 ……先程もそうだけど、いつもこんな感じなんだろうか。

 男性の方は額をさすりながらも、文句も言わずに何かの作業に戻っている。


「えーっと、冒険者の方ですか?」


 先程までとはうってかわってふんわりとした雰囲気の笑顔を向けられる。

 いつもがこうなのか、それとも先程までのが素なのか測りかねつつも、頬を指で掻きながら質問に答える。


「あーはい、まだ冒険者として登録もまだですけど」



「新人さんでしたか。ではクラン見学に?」

「そうですね、そんな感じです」

「なら、尚の事マズイところを見られてしまいましたね……第一印象が大事だというのに」

「まぁそうですねー、なかなかの第一印象でした」


 忘れたくても、しばらく忘れられそうにないと思う。


「もう……これも全部エディルさんが悪いんですよ?」


 ユーカさんが腰に手を当てながら、またもやしかめっ面へと変わってしまう。

 すると、エディルさんと呼ばれた金髪の軽薄そうな男性が作業の手を止め、顔だけ振り返り答えた。


「おや、僕のせいにするのかい? アレくらいのことで君が包丁なんて構えるからじゃないのかい?」

「アレくらいというのは、仕事を放りだして女遊びをする事です?」

「……おや、サボり先までバレていたとは。流石はクランサポーターだ。情報収集能力が素晴らしいね」


 エディルと呼ばれた男性が、やれやれと肩をすくめ首を横に降る。


「ふざけてないで貴方は仕事を早く進めて下さい。新人さんの対応はこちらでやっておきますので」

「そうだね、任せるよ」

「まったくもう……」

「なんだか、苦労されているみたいで」

「……わかります?」


 私は、深く頷いた。


◆◇◆◇


 ユーカさんに、お茶とお菓子を出してもらう。

 テーブルに対面で座り、クランの特徴を話してもらった。


「ここのモットーは、来るものも去るものも拒まず、です。つまり、出るも入るも自由というわけです」

「クランって、そんな感じでいいんですか?」


 私のイメージでは、もっと互いに仲間意識を持っていたり家族のような関係をもっているものだと思っていた。

 だからこそ、去る者拒まずという言葉に引っ掛かってしまったのだと思う。


「普通は違うと思いますよ?」


 どうやら私のイメージするクランもちゃんと存在はしていそうで、少しホッとする。


「でも、ウチはずっとこれでやってきてます。それに、自由にはそれなりの責任も伴いますから、ちゃんと自分の行動に責任が取れるのなら私達は全力でサポートもしますし、去る人は追いません」

「自由と責任ですか……」

「そんなに難しく考える事ではないですよ。こちらから縛る事はなにもない、ただそれだけです」

「なるほど……」

「説明は以上です。他に何か聞きたい事がなければこれでおしまいですが、これからどうされるんですか?」

「質問は今のところないです。ただ、まだ他のクランを全く見れてないので、結論は全部廻ったあとになりますね」

「わかりました、また何かあればお気軽に。それから向日の葵亭は基本ウチとおんなじ方針なので、あとはちょっとした雰囲気の違いで選んたらいいと思いますよ」

「わかりました、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


 私がぺこりと頭を下げると、ユーカさんは柔らかい笑顔を添えて綺麗なお辞儀を見せてくれた。


◆◇◆◇


 滴水の花弁亭を後にした私は、眼の前ある整備された川を見ながら一息つく。

 川のせせらぎに耳を傾けながら、向日の葵亭には寄らずに済ませることを決める。


 何故かというと、私が求めるクラン像とは異なっていたからだ。

 自由なのはいいことだけど、なんだか放任主義のようなものを感じて……それで嫌なことを思い出してしまった。


 私は一度気持ちを切り替えてから、次のクランへと足を運んだ。







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