第12話 鈴蘭と白百合
『月下の鈴蘭亭』の前にたどり着くと、上品でクリーンな香りが漂ってくる。
匂いの元は恐らく、クランの周りに植えられている鈴蘭の香りだろう。
白色から薄いピンク色の花が咲いていて、小ぶりなベル状をしていてなんだかとても可愛らしい。
この雰囲気なら、きっとクランの主も可愛らしい感じの人だと思っていたんだけれど……。
「おう、オレがこのクランのリーダーをやってる『マイルス・ウィンキャスター』だ。よろしくな」
酒瓶片手にタバコを咥えている妙齢の男が出てきたので思わず固まる。
しかも肌に直接薄手のシャツを羽織っていて、前を開けたままにしている。
「あん? どうした、何か用があったんじゃねぇのか?」
「あ、いえ。間違えました……」
私はそのまま回れ右をしてクランを早足で立ち去った。
話さなくても分かる……、きっとこのクランは私には合わない。
新進気鋭というが、何かやばい仕事をやってのし上がったんじゃないだろうか……。
何か後ろから声をかけられた気もするが、気にせずに歩き続けた。
◇◆◇◆
歩いているうちに、濃い花の香りが鼻をくすぐる。
まるで花の丘にいるときのような感覚だ。
周りを見渡すと、どうやらいつのまにか『白百合の雫亭』の近くにまで来ていたようだ。
白百合の雫亭の周りには、その名前の通り白百合を始めとした様々な花々が植えられており、意図的に花畑を作り出していた。
また二階建て家の隣には小さな噴水とその前にベンチやテーブル等が置かれていて、もはやちょっとした庭園のようになっていた。
これだけでも心が少し動かされそうになるが、大事なのはクランの方針だ。
次こそはと思いながら、私は両開きになっている扉を三回ノックする。
そして曲線を描いているおしゃれな取手を捻って、中へと入っていった。
中に入ってから、むしろ花の香りが増したように感じる。
周りを見渡すと、建物の中にも窓辺を中心に花々がプランターに植えられていて、密閉されている分香りが凝縮されているのかもしれないと思った。
そうしているうちに、クランのメンバーと思わしき人に声をかけられた。
「にゃにゃぁ? どちら様ですかにゃ?」
緑色の長い髪をした猫耳少女がソファ越しにひょっこりと顔と手を出して声をかけてくる。
その袖はぶかぶかとしており、明らかにオーバーサイズだと分かる。
またその表情も独特で、半ば閉じた目でふにゃりとした力の入っていないものだった。
「あ、どうも初めまして。冒険者見習いとして、クランの見学に来ましたセレメアと言います」
「あー……そういうことにゃ? ならカプの出番じゃないにゃ……」
自分のことをカプと呼んだ女の子はそのままソファにフェードアウトしていく。
「あのぉ、案内とかしてもらえたりは……」
「カプの仕事じゃないにゃ。奥に行けばカウンターがあるから、そこで対応してもらうにゃ……」
マイペースというかなんというか、薄情なネコだ。
ソファまで覗き込みにいくと、ソファの上で丸くなっており、すでに寝息を立てていた。
寝起きのような顔だと思ったが、本当に寝起きだったのかもしれない。
私は仕方なく言われた通り、奥のカウンターまで歩いていく。
カウンターまで行くと、肩まで伸びる銀髪に黒いフリルの髪飾りを付けた女性が何かの本をモノクル越しに読んでいた。
年齢はぱっと見私と同じくらいに見えるものの、どことなく妖しさを感じさせる目つきから推測が出来ないでいた。
服装も独特で派手さは無いものの黒いフリルの付きの、まるでドレスのような格好をしていた。
「あまり初対面でジロジロと人を見るのは失礼と思われるわよ? 私は別に、構わないのだけれど」
いつの間にかこちらを向いている眼と私の眼が合い、優しく囁くような――それでいてどこか嘲笑するかのような声で私に声をかけてきた。
そしてモノクルを机にコトリと置き、本を閉じて立ち上がる。
「はじめましてよね? 私は、白百合の雫亭の主を務めている『リリーナ=ロップ』よ。よろしく」
妖艶な笑みを浮かべるリリーナさんに、思わずドキリとしてしまう。
こういったタイプの人はキャンプにはいなかったので、どう接していいか分からずにいると、「あら、恥ずかしがらなくてもいいのよ? ほら、貴方のお名前を私に教えて頂戴?」と顎先を優しく指でなで上げられ、思わず「ひゃう」と情けない声を出してしまいクスクスを笑われ顔がみるみる赤くなるのを感じた。
「あ、あの……あまり、からかわないでください」
「ふふ、ごめんなさい。あまりに初々しい子だったから、ついからかっちゃったわ」
「えっと、冒険者見習いのセレメアです。今日はクラン見学に来ました。」
そう言うと、リリーナさんは何か考えるような仕草を取る。
何か変なことを言っただろうかと心配になるが、すぐにそれは杞憂であったと判明する。
「それなら、まずはクランメンバーを紹介しないといけないわね」
「……え?」
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