エピローグ りるると、瑞香
「ねぇむぅい」
団子の串を、取り落としかけた。
「ほら、起きてください。こんなとこで寝ちゃ駄目です」
「うあ……じゃから、云うておるではないかあ。
「おやかた、はま」
「なに、いっへるんでふか。ぼくらにないしょで、あんなほほ、たくらんで」
「企んでなどおらぬ。あれは、
「そうですよね。瑞香さんと先生のためですもんね。わたしたちは、そのための駒、捨て駒、ですもんね。あはは」
串を皿に置き、手を拭きながら、牡丹は立っている。祢禰の横に、天頂高く背を伸ばし、仁王の如くに屹立している。その目が闇に沈んでいる。
祢禰は目深く被った頭巾の隙間から牡丹の顔をちらと見上げ、はああと嘆息し、小さく縮こまった。
「……わかった、わかった……今日は詫びに、好きなものを、なんでも
「聴こえません」
「……や、なんでもない……」
団子屋の店先。
遊楽は祢禰たちとひとつ離れた床几に、瑞香と並んで腰掛けている。瑞香は薄紅の着物に、濃紺の袴。牡丹とともに揃えた
二人ともに、ぜんざいの膳を膝に置いている。
祢禰たちのやりとりに、瑞香は手を口に当てて笑った。しばらく肩を揺らしてから、胸いっぱいに息を吸い込む。
日差しがあたたかい。
今年の春は、いくぶん早いように感じられた。
あの、後。
牡丹と柳太郎の傷は、祢禰が回復させた。
鬼の復活に伴う街の損害も小さくはなかったはずだが、瑞香がしばらく静養したのちに歩いた限りは、なにも旧来と変化がなかった。
瑞香は遊楽にそのことを尋ねたが、訊かれた方はあいまいに微笑し、
牡丹は遊楽に詰め寄り、もろもろの経緯を
柳太郎は果敢にも祢禰のところに捻じ込み、協議の結果を伝え、承諾を勝ち取って、鼻息あらく戻ってきた。
瑞香はその間、ずっと顔を上げられずにいたが、牡丹も柳太郎も、瑞香に甘かった。それはおかしいと遊楽は指摘したが、黙殺された。
瑞香さんも怒りなさいよ、と牡丹に云われたが、遊楽の腹に加えた打撃の感触をまだ覚えていたから、へへと、笑って誤魔化した。
イーリス、
将来にわたって大国との間に
それは重要な成果であり、祢禰はその意味を識っている。が、遊楽にも誰にも、いまのところは告げてはいない。
「……もし、わたしが」
瑞香は表情を緩めたまま、手元の膳に目を落とし、小さく呟いた。
「……いえ、沈丁花のあやかしが、わたしでなければ……他の誰か、だったら。
「ん」
遊楽ははやくも食べ終わり、顎に手を当て、品書きを眺めながら甘味の追加を検討している。
「如何、とは」
顔をあげないまま、遊楽は小さく声を出した。
瑞香は眉を上げて遊楽に振り向いたが、ふ、と、笑った。
そのまま、遊楽の横顔を
「瑞香君も、なにか頼め。足りぬだろう」
「おなか、いっぱいです。お昼もたくさん頂いたし。美味しかった」
「牛鍋か。俺は好かなかった。だが、瑞香君はもっと喰ったほうが」
云いかけた遊楽の手に、瑞香のそれが、重ねられた。
「……ありがとう、ございます」
遊楽はようやく品書きから顔をあげ、瑞香に振り向いた。
「なにが、だ」
「……いいえ」
と、その時。
少し離れた距離から小さな悲鳴。
ばけものだ、という声が聴こえた。
すでに牡丹と柳太郎は走り出している。
遊楽は声の方角を見遣って、嘆息した。
「瑞香君、済まんが……」
云いながら瑞香に振り向き、言葉を止めた。
蒼い瞳、蒼い髪。
切れ長の目を遊楽に向け、浮き上がった尾を振って、恐らく、そのあやかしにとっては最も柔らかな笑みを浮かべて見せた。
「ええ、好いですよ。でもね、
立ちあがりかけて、屈んで。
遊楽の頬に、瑞香は唇をつけ、囁いた。
「先生の、
<了>
沈丁花は碧血を所望する〜神憑き文士の飼われあやかし〜 壱単位 @ichitan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます