12-19.困ったヤツだ
この手は離せない。
離してはいけない。
フィリアがしっかりとこの手で抱きしめ、護らなければならない存在だ。
それが自分の宿命だと、記憶の奥底から誰かがフィリアに囁きかける。
――おまえの片割れの痛み、苦しみを真正面から受け止めるのだ。逃げるな。ただ、淡々と。それがどのようなものであっても、どんなに残酷なものであっても、心をしっかり保て――
優しくて力強い男の声が、フィリアの魂を揺さぶる。
――フィリア、おまえが魂の片割れを助けなければならないんだよ。助けるのはお前だ――
フィリアはその小さな囁きに耳を傾け、素直に受け入れる。
セイランが燃え盛る炎ならば、自分は凪いだ水になろう、とフィリアは思った。
セイランがその身を炎で燃やし尽くすなら、自分もそれに殉じようと誓う。
行き場をなくしてしまった炎を……セイランの魔力を余すところなく受け入れ、自分のひとつとする。
そして、自分のありったけの想いを魔力に込めて、全霊をかけてセイランに渡す。
決してセイランをひとりにはしない。
確かに、フィリアはギンフウと取り引きをした。
フィリアの身柄とその生命は、ギンフウの手の中だ。ギンフウが自由に使っていいものになった。
魔力が暴走し、それを抑える術を知らなかった代償はとても高くついた。
そして、セイランを護る力を得るためには、ギンフウにフィリアが持つ全てを捧げないといけないのだろう。
それでも……とフィリアは思う。
それでも、魂のたったひとかけらだけでいい。
生贄奴隷として生きることを強要されているセイランに、伝えることができたらいいとフィリアは願う。
強い願いを魔力に込めて、フィリアは自分の魂のひとかけらを少年に渡す。
この先、セイランの身になにが起ころうとも……。
セイランがどのような選択をしようとも……。
セイランとどんなに距離が離れていようとも……。
自分は必ずセイランの味方でありつづけ、魂に寄り添う無二の存在であると、辛抱強く伝え続ける。
願い続けた。
「フィリア……」
少年が泣き止んだ。
と同時に熱がどんどんひいていく。
小さな腕が自分の背中に回されるのを、フィリアは朦朧とした意識の中で感じとっていた。
こんな小さな子どもを泣かせるなんて、と後悔に胸が苦しくなる。
「ごめんね。ごめんね。エルト、ごめんね。ぼくが弱いばっかりに……。ぼくのために泣いてくれてありがとう。ぼくのために怒ってくれてありがとう」
「ふぃ、フィリア?」
「でも、泣かないで。これはね、ぼくが、きみの側にいるために選んだことだから。……だから、きみが泣く必要なんて、これっぽっちもないんだよ……」
「でも、ボクは」
「きみはなにも悪くない」
伝えなければならないことを、フィリアは気力を振り絞って声にする。
「ぼくがいる。だからきみはひとりじゃないよ。だから、泣く必要はないし、怖がることなんてないんだよ」
「わかった……」
精神力の限界を感じ、体勢を崩しかけたところを、逞しい腕に抱きとめられる。
「全く……無茶をする。子どもの扱いが上手いのは、報告書通りだったな」
耳元でギンフウの声が聞こえた。
それはとても心地よく、今まで聞いたなかで一番優しい声だった。彼なりの褒め言葉だということに気づかされる。
ギンフウの魔力が注ぎ込まれるのを感じる。
フィリアはそれを受け取り、絡め取り、己のものへと変えていく。
自分の存在を主張するかのように、セイランがフィリアに抱きついてくる。
セイランをぎゅっと抱きしめながら、自分のものとなった魔力をギンフウに返し、互いの魔力を馴染ませあう。
「困ったヤツだ。もう終わりか。こんなに理解が早いと教える楽しみが半減する。もう少し愉しめると思ったのだが、つまらんヤツだ……」
薄れゆく意識のなか、フィリアはギンフウのとても残念そうな声を聞いていた。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
現在、ここまでで36万文字を超えました。
こうして更新を続けられるのも、応援コメントに増えるハートとPVの数です。
ありがとうございます。
フィリアくんの受難が続いておりますが、ここで少し宣伝を。
腹黒騎士様から『おつきあい永久宣言』されてしまった!その想い重いです!
薬屋の聖女と屋根裏部屋の守護騎士様~騎士様が捧げる無償の愛と忠誠が……~
https://kakuyomu.jp/works/16818093083044378844
を公開中です。
こちらの作品ですが、予定では、ちびっ子たちが無事に冒険者ランクを上げた後に公開する予定で準備をしていました。
が、ちょうどよいコンテストとぶちあたりましたので、先に執筆を進め、公開しています。(なので、この話の公開をもって、『生贄奴隷』の方は、しばらく推敲のため更新がストップします)
『薬屋の聖女』は8月31日完結予定の6万文字作品になります。
いわゆるこの『生贄奴隷』のスピンオフのようなものです。
忘れたころに囁かれる『5年前のあの事件』(ってなんだったけな?)がなかった場合のお話です。
ジャンルでは並行世界というのでしょうか?
ナニちゃんと彼女からロリコン呼ばわりされたギルが、『5年前のあの事件』がなくそのまま育った場合でございます。
序章の村が焼かれる事件もなければ、ギルとフィリアが『旦那さま』と呼ぶ人物との方向音痴の旅もありませんでした。
ギルは養子となり、フィリアは誰の子どもかわかって(たぶん)人生を楽しんでいます。
みんながみんな性格も変わっています。
こちらの作品のテーマが『5年前のあの事件』によって、大切なものをごそっと奪われた人たちのあがき……なので、2つの作品を読み比べて己の残虐嗜好に改めて驚いています。
よろしければ、こちらの作品も応援よろしくお願いします♪
次の更新予定
3日ごと 17:02 予定は変更される可能性があります
生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜 のりのりの @morikurenorikure
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