第八章 進出
「おかえり! 晴香!」
アルチナ・オルランドの手により、護衛兵の大半を失った晴香たち遠征隊は、ロムニアからの撤退を余儀なくされた。残り僅かとなった兵たちを従え、襲いくるモンスターを四苦八苦しながら撃退し、何とかマロウスへの帰還を果たす。
無事城へと戻ってきた晴香を、アーニャは心の底から喜んで出迎えた。晴香の胸元に飛び込むと、脇へ顔を押し付けて、数日間風呂に入らず濃くなったワキガ臭を堪能した。
その後、晴香はすみやかにグスターフらへ報告を行い、すぐさま遠征隊を再編成させた。
今度は晴香たちルーラル村のメンバーは加わらず、以前よりもさらに精鋭と呼べるメンバーをマロウスの全軍隊から見繕った。それには、王都で一、二位を争う実力者であるゲオルグも含まれていた。
最強クラスの戦闘力を誇る少数の精鋭部隊は、ロムニアへと出発した。だが、晴香たちの元へ届いた書簡には、アルチナらしき人間は発見できなかった旨が記載されていた。
書簡を送り返し、三日間ほど捜索させたが、結果は同じだった。
次に晴香は、噂にあった『北の森』の捜索を命じた。元来晴香たちの遠征の目的はそこであり、噂通りならば『魔女』つまり、アルチナが居を構えているはずだった。
しかし、それも無駄骨に終わった。『北の森』は、モンスターが徘徊するだけの何の変哲もない深い森で、アルチナも、それ以外の人間も、誰も住んでいない場所だった。
結局、アルチナに関する情報を何一つ得られないまま、ゲオルグ率いる遠征隊は、マロウスへと舞い戻った。
唯一の収穫と言えば、強力な遠征隊がロムニアに入ったことで、治安が改善した点だ。晴香たちからの報告で、ロムニアの治安維持隊にもテコ入れがなされ、随分と勤勉になったらしい。
後は、晴香がやれることと言えば、マロウス領全域に手配書を通達するくらいがせいぜいであった。
依然、『魔女』は野放しのままである。
「これを身に付ければ、ここから私を解放してくれるの?」
憲兵隊施設の地下牢にて、井谷和枝は晴香から渡された黒い紐のような物を手に持ち、不安な表情を見せた。
黒い紐はチョーカーであり、端と端を合わせると輪になる。そのチョーカーには、デコレーションのように、一粒の赤い魔石が施されていた。
晴香は首肯する。
「ええ。そうよ」
和枝は怯んだように、顔を強張らせた。
「これ、何?」
晴香は、ニッコリと笑みを浮かべて答える。
「犬の首輪」
少しの間、和枝は呆気に取られたように、無言になった。地下牢が少しの間、静かになる。
「ねーねー、晴香。犬の首輪ってなにー?」
晴香の腰に抱き付いていたアーニャが、静けさを破ってそう訊いた。
「服従を示すアクセサリーのことですよ」
「ふうん? ワキガとは関係ないんだ」
「そうですね」
「じゃあいいや」
アーニャはそう言うと、手を広げ晴香に抱っこをせがんだ。晴香が抱きかかえてやると、アーニャは晴香の胸元に顔を埋め、ワキガ臭を嗅ぎ始める。
現在、地下牢には、晴香と和枝、ゲオルグ以外にアーニャもいた。
本来はこんな危険で陰気な場所に、一国の王が訪れることはまず有り得ないのだが、晴香が遠征から帰って以降、アーニャは今まで以上に晴香にべったりだった。
そのため、アーニャの地下牢への同行を晴香が拒否しても、火が点いたように泣き叫び、結局共に降りることにしたのだ。
ゲオルグは定例通り、護衛と管理を兼ねての随伴であった。現在も三本傷がある額に皺を寄せ、和枝を警戒している。
和枝はゲオルグを気にしつつ、悲痛な声を発した。
「い、犬の首輪って、どうして?」
晴香は、アーニャの頭を撫でながら答える。
「以前言ったでしょ? あなたを逃がさないため」
「……」
晴香は、言葉を続けた。
「その首輪には、居場所が発信される魔石が仕込んであるわ。それを身に付けている限り、透明になろうとも、私や憲兵隊にはあなたの居場所が筒抜けってわけ」
手にした黒いチョーカーを見つめたまま、和枝は頬をピクリとさせた。
「その首輪は、アラクネという大きな蜘蛛のモンスターから取られた糸が編み込まれてあるわ。並大抵の方法では決して切断できない素材よ。端と端を合わせると絡み合って、二度と解けない輪っかになる。外そうとしても無駄だからね」
『首輪』の素材は、晴香が兵士に命じて集めさせ、街の工房で作らせた物だ。
晴香は、薄汚れたブーナッド風の衣装を身に纏っている和枝に向かって、挑発するように言う。
「もっとも、仮にあなたが首輪を外して逃げたとしても、この世界で生きていけるとは思えないんだけどね」
和枝は怯えた犬のように、上目使いで晴香を見る。
「峰崎さん、なんだか機嫌が悪いみたい。遠征に行ったとは聞いたけど、何かあったの?」
晴香は、口を一文字に結んだ。どうやら、自分の感情が漏れていたらしい。
こんな女に、心情を察せられるとは。
「口を慎め! 下賎の分際で!」
ゲオルグが怒鳴り、和枝は小さく悲鳴を上げて、身を縮こまらせた。
晴香は、和枝に宣告する。
「前に言ったように、井谷さん、あなたには私の下僕になってもらうわ。私に絶対の忠誠を誓うの。首輪はその意味も持つと考えてほしいかな」
和枝は、おずおずと顔を上げた。
「首輪を付けないと、ここから出してくれないのよね?」
「ええ。あなたは透明になるスキルを持っているし、罪人でもある。そのままでは野放しなんてできない。私の信頼を得られれば、その時は外してあげるから」
そんな日が本当に訪れるのであれば、だが。
和枝は観念したように、目を瞑ると頷いた。
「わかったわ」
和枝は、チョーカーを首に付けた。
地下牢から解放した井谷和枝を従えて、晴香は、ゲオルグらと共に執務室へと向かった。
執務室では、グスターフと、ルーラル村の従者たちが待機していた。晴香が予め、そう指示をしていたからだ。
「棚瀬さん!」
執務室の中にいた、見覚えのある人物を確認し、和枝は驚きの声を上げた。
「あなたもここにいたの?」
和枝は、彩音に歩み寄った。しかし、彩音は目線を逸らし、答えない。晴香が、会話を禁じているためだ。
彩音の様子に、和枝は怪訝な面持ちになる。
「どうしたの棚瀬さん? なんで無視するの?」
和枝は、不愉快そうに顔を歪める。現在の晴香に対する態度よりも、随分と居丈高だ。おそらく、彩音のことを下に見ているのだろう。かつて、学校の教室でもそうだったように。もっとも、以前の晴香ほどには、下に置いていないだろうが。
「あなたも峰崎さんの、その、下僕になったの?」
なおも、彩音は答えない。和枝は、きっと目を吊り上げる。
そこで、ゲオルグが怒鳴り声を発した。
「井谷和枝! アーニャ王と晴香様の前だぞ! 口を慎め!」
恐怖の対象であるゲオルグの叱責により、和枝は体を萎縮させ、押し黙る。
晴香は前に出て、グスターフへ言った。
「グスターフ、この人が井谷和枝さん。元クラスメイトよ」
「聞き及んでおります」
「井谷さんをしばらくゲオルグに預けたいんだけど、いいかしら?」
「仰せのままに」
グスターフは、深く頭を下げた。
晴香はゲオルグへ向き直ると、彼へ告げる。
「彼女をあなたに任せるわ。躾をお願い。透明になれるスキルについても、詳細を把握して。反抗的だったら、殺しても構わないから」
晴香の言葉に、和枝が青ざめたことが見て取れた。
「畏まりました。必ず晴香様がお気に召すよう、徹底的に調教いたします」
和枝は恐怖で、パクパクと鯉のように口を動かしたが、言葉が出ないようだった。やがて、ゲオルグに引きづられるようにして、執務室を出ていった。首に巻いたチョーカーの魔石を光らせながら。
ゲオルグと和枝が部屋から姿を消したのを見届けた後、晴香は大きく息を吐いた。
これで井谷和枝は、完全に自分の配下と化すだろう。そうなれば、透明化のスキルも思うがまま利用できる。
少しばかりの満足感を噛み締めていると、グスターフが話しかけてきた。
「晴香様。畏れながらお願いがあります」
「お願い?」
晴香は、首をかしげた。
「はい。今度行われるリーニア国への外交に要人として、晴香様に参加をして欲しいのです」
リーニア国は、エルドア大陸の中心にあるラビア国から、さらに南に位置する国だ。マロウスの南方とも隣接している。
グスターフは、畏まりながら続けた。
「直接の折衝は外交大臣や我々側近が行います。晴香様はただアーニャ様の側にいていただければ充分でございますので」
「相手も王が出てくるのよね?」
グスターフは頷いた。
「そうでございます。正確には、最近新しく王の座に就いた元第一王子ですが。アーニャ様はその新国王と相対いたします。アーニャ様はまだ外交に慣れておりませんので、晴香様がそばでワキガの臭いを発していただければ、とても心強いのです」
おそらく、リーニア国元第一王子も異世界人のはずだ。直接会って損はないだろう。
「ええ。喜んで参加するわ」
晴香は、グスターフの頼みを快諾した。
数日後。リーニア国首都、ビルニにある王宮の貴賓室にて、晴香とアーニャはバリス・オギンスキ新国王と顔を合わせた。
元第一王子であるバリスは、予想していたよりも随分と若く感じた。二十代半ば程だろうか。綺麗に揃えられた短い金髪で、優男風の整った風貌は、シェイクスピアの小説に出てくるロミオを想起させた。
顔合わせが済むと、周囲に控えている双方の大臣や要人たちを含め、外交開始の儀が執り行われる。
晴香は、アーニャの隣に起立したまま、黙って進行を見守っていた。この貴賓室は広い部屋なのだが、さっそく自身のワキガ臭が立ち込めていることを晴香は自覚する。
外交開始の儀が終わるなり、バリスは突如として、晴香の元へ歩み寄った。そして、騎士のように片膝をつき、自身の胸元に手を当てると、目を輝かせながら恭しく言う。
「あなたのような神々しい香を放つ方を始めて拝見いたしました。まるで花の女神であるクローリスのよう。お名前をお聞かせ願えないでしょうか?」
晴香は答える。
「峰崎春香と申します」
「ミネザキハルカ。なんという素敵な名前」
バリスは、感嘆の吐息を漏らした。
「素敵な香りを放つ方は、素敵な名前をお持ちなのですね」
それからバリスは、晴香の手を取ると、晴香の手の甲へ口づけを行った。あまりに自然な動作だったため、晴香は拒否する意思すら頭をよぎらなかった。
そしてバリスは、二カ国の主要人が注視する中、堂々と晴香へ告げる。
「峰崎晴香様。私はあなた様のことを好きになりました。どうか私めと結婚してください」
周囲の人間たちの中から、小さなどよめきが湧き起こる。しかし、それには非難や動揺の感情は込められておらず、単純な驚きだけがあるように感じた。
ただ、隣にいたアーニャだけが、拗ねたように頬を膨らませたことはわかった。
両国間の主要人たちの自己紹介も終わり、やがて会談が始まる。
貴賓室にある豪奢な机を挟み、マロウスとリーニアの代表同士が対面した。リーニア側はバリス一人だが、こちらはアーニャの他、外交大臣と晴香も並んで座っていた。
会談の内容は、貿易交渉や経済交渉がメインであるようだ。だが、近年何かと衝突の多いキロル連邦への対応方法についても、同様に話し合いが行われた。
バリスとの対談は、外交大臣がほぼ一人で担っていたが、それについては、リーニア国も納得済みだ。アーニャは八歳の少女。話し合いなんてできるわけがない。当然の処置といえる。
とはいえ、慣例として王の列席は必須であるため、アーニャもこの場にいる必要があった。アーニャも重要な役割を果たしているである。
晴香はグスターフからの陳情の通り、隣にいてワキガ臭を漂わせているだけだった。口を挟むことなく、ただ黙って会談の様子を眺めるのみ。だが、バリスがこちらを強く意識している様が伝わってきた。
二人の対談の声を聞きながら、晴香は先ほどのバリスからの『プロポーズ』について、考えを巡らせていた。
あの後、晴香は丁寧に断りを入れたが、バリスは諦めていないようだった。
バリスは、はっきりとこう言った。
「僕はあなたを求め続けます」
心酔しきったバリスの青い目を、晴香は思い出す。彼は完全にワキガの虜になっていた。他国の王だろうと、ワキガの力は覿面に作用するらしい。
やがて、会談は終わりを迎えた。
晴香が二人の話を聞く限りは、バリス側、つまりリーニア国側は、随分とこちらに対し譲歩をしたようだ。外務大臣の満足気な顔を見ても、そのことは窺い知れる。どうやら、晴香の存在が理由となっているらしい。
そして、外交終了の儀が行われ、無事、両国間の外交は幕が下りた。
外交終了の儀の直後、バリスは再び晴香の元へやってきた。
「晴香様。僕はいずれあなたを迎えに行きます。アーサー王のごとく、白馬に乗って」
歯の根が浮くようなセリフだが、晴香に宣言した通り、彼は求婚を諦める気はないようだ。
晴香は、微かに頷き返す。
アーニャが誰にも渡さないと言わんばかりに、晴香の方へ身を寄せた。
マロウスへの帰路の最中、晴香は抱きついているアーニャの体を撫でつつ、リーニア国が自身の手中に収まるのも時間の問題だと確信を持った。
外交から城へ戻るなり、晴香はグスターフと外交大臣から強い感謝の言葉を受けた。
晴香の予想通り、バリス・オギンスキ新国王は、マロウスとの交渉に対して信じられないほどの譲歩を行ったようだ。まるで貢物をするかのごとく。
会談を行うバリスの言葉の節々に、晴香を想う気持ちが込められており、交渉が大成功したのも晴香のお陰だという。
「大変ありがとうございました。晴香様。あなたのワキガがあってのことでございます。これで我が国はさらなる発展を見せるでしょう」
グスターフと外交大臣は、深々と頭を下げた。
それからグスターフは、機嫌を窺うような低姿勢を取る。
「改まって晴香様にお願いがあります。今度あるラビア国との外交にも同じように、晴香様に同席して欲しいのです」
グスターフの頼みに反応したのは、アーニャだった。
「嫌だよ! また晴香がプロポーズされちゃう」
アーニャは、晴香の制服のスカートを引っ張る。晴香はアーニャの肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。アーニャ様。私は誰からのプロポーズも受けません。バリス新国王にもちゃんと断りを入れたでしょう?」
「でも……」
晴香は、アーニャの背中を優しくさすった。
「私のワキガはあなたの物です。そう約束しましたから」
そこでようやく、アーニャは納得したようだ。じっと押し黙る。
晴香は、グスターフに向き直ると頷いた。
「その願い、承ります」
ラビア国の王、ペトラ・ヴァスクスは驚いたことに、エルフの女性だった。
年齢は三十代ほどに見える。しかし、エルフは長寿であるため、実年齢は定かではない。
ペトラ王女は、艶やかな小麦色の髪と妖精のような整った容姿を併せ持っており、神話に出てくるティターニアを彷彿とさせた。
ペトラは外交で訪れた晴香のワキガを嗅いだ直後、たちまち顔色を変化させ、晴香へと駆け寄った。
ペトラは、スカートの裾を軽く持ち上げると、右足を後ろに引き、腰を落とすポーズを取る。転生前の世界でも存在した、カーテシーと呼ばれる淑女の挨拶だ。
「アーニャ王の付き人様。あなたの名前をお聞かせ願えるかしら」
晴香は答える。
「峰崎晴香といいます」
晴香の名前を聞いた直後、ペトラは何かに取り憑かれたかのように、陶然とした表情を浮かべた。
「ああ、晴香様。あなたの体から発せられるこの天使の吐息のような香りは一体何なのかしら? 嗅いでいるだけで魂が蕩けそう」
「これはワキガと呼びます。体臭の一つです」
ペトラは自身の両頬を手で覆うと、感極まったように声を漏らした。
「ワキガ。まるで神話の神のごとき御名。このような香りに出会えて、光栄でございますわ」
そう言うとペトラは、両膝をつき、頭を垂れた。
「晴香様のお望みのまま外交を行います。ですから、どうにか私を下僕としてお扱いくださいませ」
顔を上げたペトラは、欲情したかのように、顔を赤らめていた。
ペトラの進言通り、外交交渉は全てマロウスにとって都合の良い方向で進んだ。
ペトラは会談という重要な政治活動の最中であっても、晴香に対する哀願を頻繁に行っていた。
「それはそうと、晴香様、私をペットとして飼う気はないでしょうか」
「もっとご要望があれば、私を鞭で打って従わせてもいいのですよ。この場だろうと……」
「大人の女性を調教するのも経験ですわ。晴香様」
ペトラ・ヴァスクスは、生粋のマゾヒストであった。それぞれの国の要人たちが集まる空間であるにも関わらず、臆面なく自身の願望を吐露していた。
晴香のワキガの力は、エルフの王女の隠された性癖すら暴露させたらしい。
発情した雌犬のように晴香へ調教をせがむペトラを見て、女王のみならず、ラビア国自体を篭絡したことを晴香は悟った。
ラビア国との会談後、すぐにまた別の会談が組まれた。
次の外交相手の国は、エルドア大陸の北に位置するアニトス国だった。
アニトスの国王は、獣人のヴィレム・サダニアンだ。熊のような厳つい外見をしている。
ヴィレムは、外交が始まる前に、晴香がいる控え室へと突入してきた。
彼は異様に興奮しているようだった。獲物を発見した獣のように、晴香へと突進し、勢いよく土下座を行った。
「人を酔わせるバッカスのごとき香り。部屋の外にすら漂っておりましたぞ。啓示に従う信徒のように我は導かれ、ここへと辿り着きました」
ロムニアでもそうだったが、獣人は嗅覚が鋭い。晴香のワキガ臭を鋭敏に感じ取り、部屋の中までやってきたようだ。
ヴィレムは顔を上げると、鼻を鳴らしながら晴香の足元へ擦り寄った。
「我はあなた様へ服従いたします。何なりとお申し付けください」
三ヶ国との会談は、史上稀に見る大成果に終わった。マロウス側に極めて有利な条約も全て締結が完了し、四カ国の中で大きな主導権を握ることとなった。
我国のさらなる躍進を見出し、グスターフを始め、他の大臣たちや側近たちは諸手を上げて喜んだ。
今回の大成果を祝して、マロウス城のホールにて祝賀会が催された。祝賀会には、晴香らルーラル村の面子も参加した。
今日の主役は晴香だった。アーニャの隣の特等席で、ご馳走を前に舌鼓を打つ。
宴の最中、晴香の元へマロウスの要人たちが次々と訪れ、感謝の言葉を述べた。
晴香はそれに対し、素直に礼を言う。
喜ばしいのは晴香も同じだった。ワキガの効果によりアニトス、ラビア、リーニアの三国が手中に収まり、版図が拡大したのだ。予想以上の進捗である。
これで、元クラスメイトに対する復讐が叶えやすくなった。
おそらく、三ヶ国にも元クラスメイトは潜んでいるはずだ。この後、三ヶ国の兵たちに命じ、クラスメイトを探し出させ、それから晴香の前に引きづり出せばいい。大きな兵力が動員できるので、問題なく制圧できるだろう。
ただ、ちょっとした懸念はある。例の『魔女』についてだ。条約締結後、晴香は三ヶ国の王や要人たちに対し『魔女』ひいては、アルチナ・オルランドについての質問を行ったが、答えは芳しくなかった。
ロムニアの時のように、噂話のようなものはある。しかし、やはりそれがアルチナのことなのか、ただの犯罪者のことなのか曖昧で、確信が持てなかった。
つまり、『魔女』に対する情報は現時点でほぼゼロなのだ。
だが、と晴香は思う。
それで構わないのではないか。すでに自分は四つの国を好きに動かせる立場にいる。アルチナが強力な『スキル』を持っていようと、所詮は一人。いくらでも対処が可能のはずだ。
そう。何も問題はない。自分の両手には大きな兵力があるのだから。
なのになぜか、漠然とした不安が心の中を漂っていた。
宴の盛り上がりに加え、晴香のワキガを嗅ぐことにより、さらにテンションが上がった城の者が立てる喧騒の中、晴香の心に生まれたその不安は、一向に解消されなかった。
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