幕間 戦いの後で

 小塩雅秀がセルパンに襲われ、丸呑みにされたという報告をロイから受けた晴香は、伝達の魔石を切った。


 満足気に頬を緩め、大きく息を吐く。


 そばに寄ってきた彩音が、報告を行った。


 「負傷者のほとんどは治療したよ。命に別状はないみたい。何人かは手遅れで助けられなかったけど……」


 彩音は、悲しそうに、顔を伏せた。


 「ありがとう。彩音。よくやったわ。助けられなかった人たちは仕方ないよ」


 晴香はそう言うと、周囲を見回した。


 村の所々で煙が立ち上り、治療を受けた村人たちが地面へと寝かされている。その間を、晴香の命を受けた無事な村人が、介抱のために忙しなく動き回っていた。


 さながら、戦場のような有様だ。


 その光景を眺め、晴香は大きく深呼吸を行った。焼け焦げた臭いが鼻腔をつく。


 とても爽やかな気分だった。まるで、テストで満点を取った時のように。


 これで、目標へと一歩前進した。自分を苦しめたクラスメイトたちへ復讐するという、大きな目標への。


 小塩雅秀が最初の犠牲者になったのは、偶然ではなかった。晴香がターゲットに定めたからだ。


 彩音から、小塩と草原で別れたという話を聞いた晴香は、ルーラル村の村人たちを使い、周辺の村を捜索させた。彼が生きているのならば、おそらく、そう遠くない村へ避難しているはずだと踏んで。


 その予測は的中した。小塩は、ルーラル村よりもさらに辺境である、スロブネンという村で暮らしていた。


 しかも、彼がそこで自ら発掘したスキルを利用し、暴君として君臨していることも知った。


 その時から晴香は、ワキガの効果を最大限発揮させるため、風呂に入るのを止めた。それに加え、服も肌着も着替えないようにした。


 同時期に、晴香はスロブネン村と小塩の調査を開始した。ルーラル村の住人に命じ、決して向こうに気づかれることのないよう、細心の注意を取らせながら。


 やがて村の構造と小塩の行動、そしてスキルの威力を晴香は把握する。


 小塩のスキルは強力だった。並の人間では、例え鎧を着ていようと蒸し焼きにされるだろうし、この世界の文明レベルでは、小塩の炎を防ぐ防具を開発することは不可能だと思われた。


 モンスターの素材を使わない限りは。


 そこで晴香は、圧倒的な耐火性を持つと云われるモンスターの素材を集めることにした。以前、ロイから聞いた火山に生息するモンスターの外殻の一部。それを防具に転用すれば、小塩のスキルは攻略できるだろうという予測の元で。


 だが、素材集めには難儀した。なにせ、火山に生息するモンスターは手強く、素材自体が出回らないのだ。出回っても、防具に使われることは稀で、もっぱらインフラの設備に利用されるのみである。この世界では、火山のモンスターの素材が必要なほどの火炎耐性の防具は需要がなく、戦争にしろ、襲撃にしろ、通常の耐火性を持つ防具で充分なのだ。小塩のスキルが規格外なだけである。


 そのため、圧倒的耐火性を持つ素材の供給の少なさは、他の素材よりさらに顕著だった。


 だが、晴香は諦めなかった。より臭いが強くなったワキガにより、さらに晴香を崇拝するようになった商人や交易人たちを使い、少しずつ素材を集めていった。


 やがて完成したのが、このコートである。用意できたのが、三着のみだったが、それで充分だと判断した。


 コートは、耐火性だけではなく、火山のモンスターの性質も働いているのか、気密性を持っており、外界の煙や有毒ガスを遮断できる効果があった。フードを被れば、まさに防護マスクを装着したも同然である。これも小塩と戦う上で有利な点だった。それに加え、着ているだけで、こちらの体臭の漏出を防ぐ効果もあった。


 そして晴香は、ロイやタイスたちを交え、計画を立てる。


 小塩雅秀を確実に殺せる計画を。


 やがて、計画は完成し、晴香は強靭な耐火性を持つコートと、一ヶ月近く風呂にも入らず、服も替えていない強烈なワキガ臭を携え、小塩に挑んだのだ。


 概ね計画通り事は進み、見事小塩を始末することができた。だが、いくつか課題が生じたのも事実である。


 「姫様、燃えた家屋の消火は完了いたしました」


 タイスが、晴香の元へと戻ってくる。


 「お疲れ様。ゆっくり休んでね」


 晴香の言葉に、タイスはコートを脱いだ。あらわになる獣のような、筋骨隆々とした肉体。だが、両腕の一部分が焼けだだれていることに目が付いた。


 「タイスあなた、その傷……」


 タイスは、自身の火傷に触れると、厳つい顔に笑みを浮かべて言った。


 「大したことありませんよ。これは私の油断が招いた結果」


 「あの時ね」


 おそらく、小塩のスキルがレベルアップした際に受けた炎が原因だろう。窮地に立ったことで、彼のスキルは、火山に生息するモンスターの外殻すら貫通するほどの威力を獲得したのだ。


 もしも、その状態で戦闘が長引いていたとしたら、もしかするとこちらが負けていたかもしれない。


 タイスの負傷に気づいた彩音が、すぐさま治療に取り掛かる。タイスの傷が、緑色の光に覆われた。


 彩音は今では最早、晴香の従順な協力者となっていた。盗みを働き、村人に捕まった自分を救ってくれた恩と、異世界において、他に寄る辺がないことの自己保身のためであると晴香は推察している。


 晴香は再び、村を見渡す。


 野戦病院のように、大勢の負傷者が並ぶ空間。小塩の『ハーレム』の一員だった金髪のエルフや、他の女たちも介抱に勤しんでいる。


 その光景を眺めながら、晴香は懸念にとらわれていた。


 小塩との戦いで生じた課題――それは、こちらの戦力に関することだった。


 手中に収めているルーラル村からの犠牲を出さないため、ワキガの力を使ってスロブネン村の村人を矢面に立たせたが、小塩がこれほどまでに被害を与えてくるとは思わなかった。ましてや、小塩のスキルがレベルアップするのは、もっと想定外だった。


 これも、転生の際に与えられるスキルのポテンシャルが高いことを意味していた。


 この先、まだまだ戦いは続くのだ。まだ一クラス程の人数が残っている。敵も強力なスキルを持ち、種類も不明。もしかすると、すでにレベルアップをした者もいるかもしれないし、徒党を組んでいる者たちもいるかもしれない。


 晴香がワキガの力を使って、相手についた異世界人を取り込む戦法が可能だろうとも、こちらの基本的な戦力が少なければ、負ける危険性があるということだ。なにせ、転生したクラスメイトたちにはワキガの力が通じず、こちらの頼みの綱は、ワキガにより晴香に服従する異世界人のみなのだから。


 戦力増強。これが次の課題だろう。


 晴香は戦火のように赤く焼けている空を見上げ、次の方針を定めた。

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