第10話 誘い

2023年9月25日 PM7:00



「やっぱり来てくれたんだぁ・・・」

待ち合わせ場所の交差点前の広場で、綺麗な女性に駆け寄られた。


「こ、こんばんは・・・」

「プッ・・やぁだぁ・・・」


ぎこちない僕の挨拶に彼女は噴き出した。


確か、サヤカと呼んでたっけ。

ヤツ、高木が。


「いきなりでビックリしたぁ・・・?」

覗き込むように聞く彼女の顔が近くに寄る。


香水の甘い香りに身体が熱くなる。

僕は荒くなりそうな息を必死に押さえて言った。


「ど、どうして・・・?」

会いたいと電話してきたのか。


「決まってるじゃないっ・・・」


するりと僕の腕に通し、そのまま身体をよせてくる。

その自然な仕草に僕は圧倒されていた。


「タ、イ、プ・・なの・・・」

妖艶な眼差しが僕の心を絡めとる。


こんな美人に囁かれて興奮しない男など、いるのだろうか。

僕は捕虜になった兵士のように従順に連行されていった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「やっぱり、モデルさんだったんですね?」

落ち着いた店は、ビルの谷間にあるバーだった。


彼女は常連らしく、バーテンダーは黙って頷くとカウンターの隅の席を勧めた。

高鳴る胸の鼓動を押さえて僕はさっきの質問をしたのだった。


「へへっー・・こんなのに出てるのぉ・・・」

スマホの画面に彼女が映っている。


有名なアパレルブランドのサイトだ。

僕は改めて目の前の美女を見つめた。


こんな素敵な女性が僕をタイプだなんて。

きっと、からかわれているのだろう。


そんな僕の気持ちを見透かしたのか、彼女は微笑みながら呟いた。


「ちょっと、疲れちゃったんだ・・・」

「えっ・・・?」


「アタシの廻りってぇ・・・」

グラスを掴む僕の手を指先でなぞる。


「ヒロシみたいなチャライのばっかしだし・・・」

「ふ、二人は付き合っているの?」


くすぐったさに声が震える。


「まさか?遊びよぉ・・・」

「へ、へぇー・・・」


意味深な視線に僕の心臓は爆発しそうだ。


彼女は余裕の表情でグラスを口に含む。

濡れた唇が妖しい光を放っている。


「ねっ・・エッチ、しようか?」

「ブッ・・・」


大胆な言葉に、思わず飲みかけのカクテルを吐き出してしまった。


「ふふっ・・可愛い・・・」

クスクス笑う彼女に翻弄され続けていく。


「だってぇ・・・

私に気があるから、メールくれたんでしょう?」


その通りだった。


あの日。

喫茶店で話した後、別れ際に手を握られた。


僕は絵美に見られたかドキドキしたが、気づかなかったようだ。

手の中のメモには電話番号が書いてあった。


家に帰った後。

絵美が入浴している時に電話をかけてみた。


「もしかして、優君・・・?」

弾む声が耳元で響くと、僕の胸は破裂しそうに高なった。


「嬉しいっ・・番号、登録しちゃうね?」

「あ、あのぉ・・は、はい・・・」


とりとめのない話をして、すぐに電話を切った。

多分、からかわれているに違いないとは思ったし、絵美が風呂から戻るかもしれないから。


そして、数日後の今日の昼休みに。

彼女から誘いがあったのだ。


やはり、からかわれていたのだと。

忘れかけていた時のことだった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「今日は楽しかったぁ・・・」

店を出た後、二人は駅までの道を歩いていた。


彼女の手は当然の如く僕の腕を取っている。

心地良い温もりに、酒の酔い以上に僕はのぼせていた。


ゲームセンターの前に来た時、彼女が言った。


「記念にプリクラ撮ろっ・・・」

「えっ・・あ、あのっ・・・」


返事を待たずに彼女は僕を店の中に連れて行った。

ブースの中で腕を組み、二人で機械の前に立った。


「んぐぅ・・・」

フラッシュが光った瞬間、唇を重ねられた。


「へへへっー・・・」

イタズラな目で笑う彼女に、僕の中で何かが弾けた。


「さ、さやかさんっ・・・」

夢中で抱きしめる僕の肩に顎を乗せた彼女が囁いた。


「ふふっ・・可愛い・・・」

彼女の瞳が妖しい色に染まるのを、僕は気づくことは出来なかった。

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