第5話 タイムワープ
2023年10月21日 AM11:00
「ここ・・か・・・?」
僕はメールに添付された地図にあるオフィスを訪ねた。
新しい高層ビルのフロアの端に「藤田物理研究所」とサインが出ていた。
無人の受付で呼び出すと、見知らぬ男が現れた。
白衣をまとった姿はまさに研究者のように見える。
案内された部屋は白い壁と天井に覆われ、SF映画のようだった。
透明なガラスケースが置かれた大きな台が二つ、並んでいる。
正確に言うと棺桶のような大きさで、側面はグレーのパネルで上部にドーム型のガラスが覆っていた。
「あぁっ・・・!」
その1台の中に横たわる人影を見つけて、僕は叫んだ。
「え、絵美っ・・・」
かけより、ガラス越しに名前を呼ぶ。
黒いヘルメットをかぶり、目は大きなレンズで覆われているが明らかに妻の顔だった。
形の良い鼻筋と唇は7年間、共にし、愛してきたものだ。
「絵美っ・・絵美っ・・・」
眠っているのだろうか。
大きな声で呼びかけてもピクリともしない。
「えっ・・・?」
僕は聞き返した。
「本当ですよ・・・」
男は笑みを浮かべて答えた。
「貴方の奥様は・・・」
男の説明によると、妻はこれから時空を飛ぶらしい。
余りにも荒唐無稽の話に僕は笑った。
「そんな、SF映画じゃあるまいし・・・」
だが、次の瞬間、男の言葉が本当だと思い知らされた。
消えたのだ。
さっきまでケースの中にいた筈の妻が消え、ヘルメットだけが残されている。
「そ、そんな・・・バカな?」
僕は駆け寄り、顔をくっつけるようにして見たが同じだった。
「私の発明でね・・・」
男は照れくさそうに言った。
「安心してください。
時間が経過すれば自動的に戻ってきます。
ヘルメットはワープするための脳波を刺激する装置です。
反応が消える場合と強力な刺激があれば戻るのです」
男の説明に僕はホッと胸をなでおろした。
妻が手品のように消えた瞬間、僕は二度と会えないかと絶望的な気持ちになっていたからだ。
だが、安心するのは早いと思い知らされることになる。
「ついでに申し上げると、
奥様・・絵美は僕の義理の姪です」
「えぇっ・・・?」
そう言えば遠い親戚にアメリカで物理を研究している人がいると、絵美から聞いたことがある。
「相談されたんですよ、彼女から・・・」
見つめる男の目は僕の罪を全て知っていると物語っていた。
「ここに離婚届けがあります・・・」
男が差し出した書類には妻の名前と印があった。
「そ、そんな・・・」
僕の心は再び絶望の色に染まる。
やはり妻は、絵美は許してくれなかったのだ。
僕の罪を、裏切りを。
「それにしても、よりによって・・・」
戸惑う僕に男は淡々と言葉を返す。
「一番、辛い時代にという、希望でしたから」
男の言葉が胸に突き刺さる。
「もしも貴方が追いかけてくるなら・・・」
低い声が部屋に響いていく。
「それが、貴方が許される唯一の条件です・・・」
静かに見つめる瞳に僕が映っている。
「どうしますか・・・?」
男の問いに僕は躊躇いもせずに答えた。
「もちろん・・・」
握りしめた右手の指をギュッとして。
「追いかけますよ・・・」
言った瞬間、分かったのです。
僕は。
妻を愛していると。
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