第13話 願い

1945年7月28日 PM5:05



「ゆう君っ・・優君っ・・・」

私は声のあらん限り、叫んでいた。


これは叔父の作った物語。

架空の話なのに。


でも。

優君、夫と共に時空を旅した設定の物語の中で。


私は彼の気持ちと同化して。

優君の、夫の姿を追っていたのでした。


操縦桿を操る優君の気持ちが重なり。

私の目から涙が溢れ続けたのです。


閃光の中。

戦闘機が空母に突っ込む瞬間は。


私も。

私の心も体も。


まっ白に。

砕け散ったのです。


※※※※※※※※※※※※※※※


「絵美・・・」

気が付くと、叔父の藤田さんが私の頬に手を当てていました。


「頑張ったね・・・」

微笑む叔父でしたが、私は無意識に声を出していました。


「優君っ・・あの人はっ・・・?」

必死な表情をしていたのでしょうか、叔父はなだめるように呟きました。


「大丈夫・・彼は無事だよ・・・」

「あぁ・・・」


涙が頬を伝いました。

心の底から、嬉しく思ったのです。


あの日。

高木さんから夫の、優君の裏切りを伝えられました。


美しい女性、サヤカさんとキスしているシーン。

多分、それ以上のことがあったのは明白です。


頭の中が真っ白になりました。


怒りで体中が熱くもなったけど。

高木さんの狡猾な笑みをひそめた表情に。


大学時代のことを思い出したのです。


夫は、優君は罠に堕ちたのかもしれない。

微かな望みを頼りに。


私は叔父の藤田さんを訪ねたのです。


数か月前に。

アメリカから帰国した叔父はVR研究の第一人者でした。


今度、日本で新商品を売り出すということで帰国したのです。

画期的なヴァーチャルシステムで、まるで時空を旅するほどのものだそうです。


夫が、優君が私に飽き始めていることとか。

親にも言えない悩みを聞いてくれました。


実は。

幼い頃から。


私は叔父が好きだったのです。


私の初恋の人だったけど。

若くして叔父はアメリカに渡り、世界でも有数の物理学者になったのです。


「そうですか・・・」

叔父は変わらない優しい口調で私を慰めてくれました。


もう、離婚しかない。

そう訴える、私に言ってくれたのです。


「最後のチャンスを与えてみませんか?」

涙で滲んだ瞳で私は叔父を見上げました。


「この物語で、彼が逃げるなら・・・」

大きな手が私の頬を撫でてくれます。


「その時は・・・」

言葉の続きを叔父は言わずに、私を寝室に残し、去っていきました。


そんな叔父が。

私は昔から、大好きだったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る