第2話 銀髪の少女は容赦がない
その通路は薄暗く、パイプが複雑に壁中を伝っていた。所々につけられた照明は力なく灯り、通路の先を見通すことはできない。さらにパイプからは、ときおり高温の水蒸気が噴出した。
そんな不穏な道を、一人の少女が全速力で駆けていた。ぼろ布をなびかせ、蒸気を器用によけながら。
そしてその後ろを、ひたすら追い続ける男たちが二人。黒い
「お待ちください! どうかお待ちを!」
男の一人が少女に叫んだ。
「聞いてください! 我々にはあなたが必要なのです!」
だが相手は意に介さず、ひたすら逃げ続ける。頬から流れる汗が目にしみ、呼吸も乱れ始めていたが、その視線は真っ直ぐ前を見据えていた。
「止まらないのなら、実力行使に打って出ますよ!」
もう一人の男も呼びかけたが、逃亡者には届かない。男たちは互いに目配せすると、腰からぶら下げたホルスターに手を伸ばし、瞬時に目の前の獲物に狙いを定めた。
空気が破裂するような発射音と共に、銃口から細い針が発射された。針は少女の背中に突き刺さると、まばゆい閃光と放電音を発した。
少女は悲鳴をあげて通路を転げまわり、ぐったりと動きを止めた。放電によるオゾン臭が辺りに漂う。
「……こんな手荒いことはしたくなかったのに。困った子だよ、まったく」
追跡者のうち、背が高く痩せっぽちな男がぼやいた。もう一人の浅黒い肌の男も、疲れ切った様子で同調する。
「あぁ。説得すら満足に聞いてくれなかった。万が一のつもりで持ってきたのに、こいつが活躍してくれると少々複雑だよ」
彼らが握りしめていたのは、直径二ミリの小型電池を内蔵した針を発射するテーザーガンだった。針の大きさはわずかだが、標的に突き刺さると四〇万ボルトの高圧電流を流し込み、相手を無力化することができる。
男たちは倒れた少女に近づき、頭を覆うぼろ布を引っぱった。
みすぼらしい服装に似合わぬほどの、美しい銀髪だった。豊かで光沢がかった銀色の長髪が、彼女の顔を覆い隠している。ピクリともしないが、男たちは逃亡者が間違いなく気絶しているか確認するために、頬をピシャピシャと叩いた。
「悪く思わないでくれ。あなたを一番求めているのは、誰であろうデアゲネス様なのだから。さぁ、ともに行こう」
彼らは彼女の腕をお互いの肩にまわし、二人がかりで抱え上げようとした。
その刹那。
少女のまとっていたぼろ布の一部が勢いよく破れ散った。そして右腕から、“翼”が生えた。
「えっ」
少女の右腕を首にまわそうとしていた長身の男は、一瞬でその首を宙に飛ばした。鮮血を巻き散らしながら。
「なっ、なんだ?!」
浅黒い男は、突然の出来事にあっけにとられた。その隙に、少女は自らのぼろ布を素早く男の顔に投げつけた。視界をふさがれ狼狽した敵の目の前で、右腕を空中で回転させる。
次の瞬間、ぼろ布ごと男の頭部が宙を飛んだ。風を切って飛び回る何かに切断されたのだ。
追跡者たちの首が通路に落ちるのと、胴体が倒れるのは同時だった。切断面からは血があふれ、ビクビクと痙攣を起こしている。
少女は落ち着き払った様子で、顔にかかる銀髪をかき上げ、幼さを残した顔を現した。金色の瞳には、年齢に似つかわしくない冷徹さが宿っていた。ぼろ布の下に隠されていた身体には、首元から足先までピッタリと密着する電飾が施されたSDスーツと、電流を絶縁する効果もある強化炭素繊維プロテクターを装着している。
少女が右腕を真横に伸ばすと、男たちの首を切り落としたものの正体が舞い降りた。
それは機械の大鷲だった。ボディーは彼女が付けているプロテクターと同じ炭素繊維だが、目はカメラアイを内蔵した赤いバイザーとなっており、くちばしにあたる部分と翼の縁には、鈍く光る鋭利な刃が取り付けられていた。さらに尻尾からは細いワイヤーが伸びており、少女の右腕に装着されたガントレットと繋がっている。大鷲はくちばしと翼の刃を引っこめるように収納すると、翼を閉じて、彼女の右腕にぴったりとくっついた。そうして、大鷲はガントレットと一体化した。
「……あたしは」
大鷲を操る銀髪の少女、シルヴィ・ホップは、物言わぬ首たちを無感情に見下ろしながら吐き捨てた。
「あたしは絶対、あいつの元には戻らない」
シルヴィが右腕を振りかぶると、ガントレットに変形していた大鷲の翼が開いた。それを全力で振り下ろし、壁を伝うパイプを翼の刃で切り裂くと、噴出した高温の蒸気は男たちの首と胴体を瞬く間に焼いてゆく。少女は蒸気に当たらぬよう注意しながら、逃走を再開した。
奥へ行けば行くほど、暗がりは増していき、華麗な銀髪は闇に溶けてゆく。
二人の首なしの男たちは、蒸気に当てられ続け、さらに焼き焦げていった。しかし倒れた直後から起こっていた激しい痙攣は、いまだ収まる気配がなかった。
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