第9話 最後に現れたのは豊満船長でした

「はいはーい! そこまでにしてあげなさい、エルデ」


 突然、場違いなほどに呑気な声が通路のスピーカーから流れた。それも大人の女性の声だ。


「かしこまりました、ケイン」


 メイドはあっさりと手を放し、シルヴィを解放した。いきなり開かれた気道に激しく咳き込んでいると、シルヴィの背中へ重いものがのしかかり、這いつくばる格好になってしまった。


「つっかまえたー! このわらび餅どろぼー!」


 シルヴィの背中で跳ね回っているのは、これもアーカイブにデータがあった旧世界の生き物、チンパンジーだった。それもSDスーツを着て人語をわめいている。


 エルデという名前らしきロボットがチンパンジーに言った。


「モル、あなたなぜこんな時間に起きているのですか? いつもだとまだぐっすり寝ているでしょう?」


「えっ? あーもう! そんなことどうでもいいじゃんエルデ! モルはとにかくこいつをとっちめてやるのー!」


 ……もーやだ。理解がおっつかない。


 シルヴィはチンパンジーの踏み台にされながら観念した。百獣の王にしゃべるお猿さん、そして殺人メガネっ子ロボ。この船に密航してからというもの、まともなクルーを発見できない。というかモンスターにしか出会っていない。


 ひょっとしてあたし、とんでもない魔窟に迷い込んじゃったのかな。


「モル、その子からどいてあげなさい。いい加減かわいそうでしょ?」


 先ほどと同じ女性の声がすると、モルと呼ばれたチンパンジーは抗議した。


「やだよケイン! こいつモルのわらび餅一三個も食べたんだよ! ぜぇーったいに許さないんだから!」


「貴重な食料を盗み食いしようとしたのはあなたもよねぇ? 我慢できなくて貨物室に黙って入ったでしょ? 知ってるんだからね? わ、た、し」


 声に凄みが加わると、モルはひどく狼狽した。


「で、でもおかげで密航者がいるってわかって……」


「言い訳は無用よぉ? 残ったわらび餅宇宙に放り出されたい?」


 チンパンジーは肩を落とすと、すごすごとシルヴィの背中から降りた。すると、その姿が見る間に変化していき、あのライオンに変身した少女に戻った。


 シルヴィはますます混乱した。このモルという女の子は、原理はよくわからないが動物に変身することができるらしい。一体、この子は人間なのか? それとも。


「二人とも、ご苦労だったわね」


 例の女性の声が、エルデとモルの背後から聞こえてきた。二人が道を開けると、そこへ小型の浮遊フグマシンが進み出てきた。見た目は小さなフグだが、大きく膨れた腹からは重光子が放出され、空中に浮遊していた。そして全身が銀色のうろこに覆われていた。


 フグがシルビィの目の前まで進むと、うろこが光り輝いた。そして放たれた光は、徐々に人間の形を成していく。


 現れたのは、褐色肌で豊満な胸の谷間と太ももを露出させた、独特のSDスーツを着た美女だった。


「どうも初めまして、お嬢さん。私はこの船の船長、ケインよ」


 ケインと名乗った立体映像ホログラムの女性は、シルヴィに穏やかに問いかけた。


「さっそくだけど、あなた何者かしら?」


 その質問、そっくりそのままあんた達に返してやりたい。


 銀髪の逃亡少女は、力を使い果たし床に倒れこむしかなかった。

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