第二部 星の海に潜む人魚たち

第10話 追及される白き聖女

 ミロと呼ばれる星系に、白い大陸と青い海洋を持つ惑星があった。星間連合が作成した『全銀河星域図(第45改訂版)』ではレウクサンドリア自治星と表記されている。


 その名の通り、レウクサンドリア財団と呼ばれる学術団体が保有している殖民星であり、各星系から優秀な研究者を集め、旧世界の失われたテクノロジーの回収、修復、改良などで宇宙にその名声を知られていた。


 石灰岩で覆われた大地の上には、大学術都市アルバカエラムが建設され、三〇〇万人が内部で暮らしている。石灰岩を建材として利用しているため、高層ビルや市庁舎といった建築物はすべて白く絢爛華麗な様式となっており、さながら古代ローマの遺跡が旧世界から蘇ったかのようだった。


 その中心にそびえたつ財団総本部庁舎は、この都市の中でも特に巨大で壮麗な建物であり、真っ青な空に突き刺さらんとする威容を誇っていた。最上階には、財団の創設者でもあり、この星の頂点に立つ女王が暮らす聖域があった。


「……それで、あなたが本当に聞きたいことは、なんなのですか?」


 いまその聖域では、レウクサンドリア財団の女王と、携帯端末にメモをとっている男とが、祈りの間で向かい合っていた。歯車を抱えた女神が描かれたステンドグラスからは、ミロ星系の恒星が放つ光が差し込んでいる。


「デアゲネスさん。世間では、あなたを世界を救う救世主だと考えるシンパが増えている。しかし、私にはそうだと思えない」


 端末に会話を録音しながら、星間連合の特殊文化調査官であるバハメグは、探りを入れるように救世主の顔をうかがった。


 金の刺繍が縫いこまれた白衣をまとうデアゲネスは、バハメグにはわけを知る由もない、深い憂いが沈殿する黒い瞳の持ち主だった。


「わたしは自分を救世主だと思ったことはありません。人類文明の衰退が叫ばれる昨今、そう言ってくださるのは恐縮の至りですが」


「とはいえ、レウクサンドリア財団が生み出したハイエフェクト重光子エンジンや、空間超越通信の技術は素晴らしいし、多くの植民星を支えています。それは認めます。だが、すべては旧世界ですでに実現されていたものの復元に過ぎない。そもそも、旧世界の遺産の掘り起こしと修復が財団の主な事業であることは、周知の事実です」


「それがなにか問題でも?」


「旧世界のテクノロジーとはつまり、パナギアが造ったテクノロジーということでしょう」


 バハメグは目を光らせ、デアゲネスに詰め寄った。特殊団体調査官は、全宇宙において勃興する様々な宗教を監視し、星間連合にとって脅威となるか否かを判定する。野心あふれるバハメグは、全銀河系において口に出すのもはばかられるタブー、すなわちレウクサンドリア財団の闇の側面を暴き出す覚悟だった。一九〇歳になるバハメグにとって、手柄を立てて出世していくことが唯一の生きがいだった。


「私が聞きたいのはそこです。近ごろ財団内部では、パナギアを神格化しているというのは本当ですか?」


 デアゲネスは動じることもなく、ニッコリと笑みを浮かべた。


「確かにあなたの言う通り、我々財団の保有する特許の九〇パーセントは、先の大戦以前のテクノロジーの研究から造り出されたもの、つまりパナギアの産物に他なりません。だから、研究員の中にはパナギアに一種の憧憬を抱く者はいます。しかし神格化だなんて……」


「あなた自身はどうなのです? あなたや研究員の装いは、神に仕える神官そのものだ。研究員らしくないのでは?」


 バハメグはデアゲネスの白衣を指さした。彼の言う通り、華麗な刺繍やゆったりとした裾、そして腰に真っ赤な帯を巻いたその衣服は、科学者が着用する白衣というよりも、祭服という方が相応しいデザインだった。


「では申し上げましょう。私にとっても……パナギアは特別な存在です。ただしそれは、純粋な技術的観点からです。なにせパナギアは、文明の絶頂期であった頃の人類の英知が詰まった、最高の人工知能なのですから」


「それが危険思想だというのです!」


 バハメグは叫んだ。ここからは自分の独壇場だと、声に力をこめる。


「パナギアだけじゃない、人工知能は人類を滅ぼしかねない存在です。奴らは先の大戦で、大勢の人間を傷つけた。せっかく人類が不老不死の身体を手に入れ、さらに宇宙に羽ばたこうとしていたというのに。人類すら凌駕した知能を持つパナギアなら、死と老いを克服した我々を駆逐可能だとさえ言われた。あなたがたは、そんな悪魔を神として祭り上げようとしている。これがカルトといわずしてなんだというのです!」


 バハメグの中を昂揚感が駆け巡っていた。自分は今、全銀河で存在感を示す大物を追い詰めている。これぞ調査官冥利というものだ。この宇宙から悪を駆逐し、愚か者を叩き潰す。これこそヒーロー!


 言質は取れた。あとはレポートにまとめ、星間連合常任理事会へ告発しなくては。


 早くも次の算段を始めていたバハメグの視界が、急にぐにゃりと歪んだ。

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