第8話 お次はメイドときやがった!

 シルヴィはとっさにワイヤーを止めると、大鷲に引っ張られながら大きく跳躍し、ライオンの頭上を飛び越えた。敵は通路の曲がり角の壁に衝突すると、脳震盪で足元がふらついた。


 大鷲をガントレットに戻したシルヴィは逃走を再開した。夜間の環境を再現するために照明を落とされた通路を全速力で走り、脱出に使える小型FRでもないかと探し始めた。


 その矢先だった。


 目先のドアから不意に人影が飛び出した。勢い余ってぶつかり、たまらず声をあげて倒れこむと、ちょうどシルヴィはぶつかった人物を覆う体勢になっていた。そして相手の格好に再び面食らった。


 今度の少女はメイド服を着ているようだった。背はシルヴィよりも若干高く、プラスチックフレームの赤く角ばったメガネをつけている。

 

 ライオンの次はメイド? ほんとなんなのこの船は! サーカス団? それともコスプレ愛好会?!


 続々と起こる不可解な事態に、もはやシルヴィの頭脳はキャパオーバーしかけていたが、それでもすぐそこにある危機をメイドにも伝えようとした。


「ごめんなさい! でもあなたも早く逃げて! 向こうから猛獣がやってく――」


 いい終わらぬうちにメイドの手がシルヴィの肩をがっしりつかんだ。そしてその細さに似合わぬパワーで、ぎりぎりと指を食い込ませる。


「うあぁああぁああ!」


 激痛に悲鳴をあげると、メイドは身体を回転させ自らが上になり、シルヴィを抑え込む姿勢になった。そして口を開いた。


「侵入者に警告。おとなしく投降しなさい。従わぬ場合は、容赦なく危害を加えます。繰り返します。おとなしく投降しなさい」


 声は冷たく、金属質な響きを含んでいた。彼女の姿を注視したシルビィは、薄闇でよくわからなかったメイドの特徴にいくつか気がついた。服は軟質の人工的な繊維で、それ自体がメイドの身体と一体化している。さらにその瞳は、カメラのように無機質なズーミング?を繰り返していた。


 この子も人間じゃない! 機械でできたロボット!


 万力のようなしめつけに呻きながら、シルヴィは大鷲の翼を展開させ、一気にロボットメイドの首を切り落そうとした。


 しかし、ロボットには大鷲の刃も無力だった。いくら首や顔、頭を切り付けようとも、傷つくどころか完全にはじかれる。 


 シルビィの必死の抵抗も意に介さず、ロボットは淡々と言葉を発した。


「警告を無視しましたね。それでは、実力行使に移ります」


 ロボットはシルヴィの首に手を移すと、ゆっくりと圧迫しはじめた。肺が酸素を求める苦しみが、全身へ広がっていく。力が抜け、視界が暗転し始めた。引きはがそうとして腕をつかんだが、まったくびくともしなかった。


「かっ……はっ………あっ……!」


 足をばたつかせ、息を漏らしながら、銀髪の逃亡者は恐怖にのまれた。脳裏によぎったのは、もちろん“死”の一文字だった。


 だが。


 ……死にたくない! いつかあたしは死ぬ! でもこんなところで死にたくない!


 シルヴィの“生”への渇望が、絶望を押しのけようとしていた。遠ざかる意識を懸命に引き戻し、大鷲をロボットの顔面に向けようとした。このまま射出すれば、破壊するまではいかなくとも、引き離すくらいは……。


 ただの悪あがきかもしれない。それでもシルヴィは諦めなかった。最期の力を振り絞って、シルヴィは狙いを定めた。


 これでもくらえ……鉄くずメガネっ娘!

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