第7話 ケモミミ幼女はわらび餅がお好き

 目が覚めるとコンテナの中だった。空になった容器が、いくつも底につぶれている。左手の端末画面を見てみると、銀河標準時にして六時二三分だった。ちょうど朝方だ。


 父が出てくる夢は久しぶりだった。たとえそれが寝ている間の幻だとしても、彼の胸元から伝わってきた温もりは、幸福感に形を変えてシルヴィの中に残っていた。


 ……お父さん、あの時の夜空、キレイだったよね。


 目が覚めてすぐ、はやくこの貨物室から出ようと思い至った。宇宙船の貨物室に留まり続けるのはあまりよくないと、シルヴィは経験上知っている。宇宙船の船内は、居住スペースでない限り換気や冷暖房といった設備はおざなりだ。防寒機能が備わったこのSDスーツがあれば凍死することはないだろうが、髪の毛や鼻水が氷漬けになるのはごめんこうむりたい。


 シルヴィはゆっくりとコンテナのふたを開けた。周囲を警戒しながら出ると、貨物室のドアの前まで向かった。ここでも疑似重力が発生しているので、歩くのに支障はない。耳を押し当て、物音がしないかを探る。重光子エンジンのうなりが聞こえるだけだった。出るならいまだ。


 シルヴィはゆっくりとドアのロックバーに手をかけた。

 

 その時だった。ドアが勝手に外側から開かれたのは。


 シルヴィの完全な油断だった。長い逃亡生活で、人の気配の察知には絶対の自信があったが、予想外の事態に身体が固まってしまった。


 ましてや、目の前にいるのが一〇歳程度の少女であればなおさらだ。


 ……うそでしょ? 誰かがいる気配なんて全然しなかったのに!


 「おねえちゃん、だれ?」


 目を丸くした少女はたずねた。それにしても奇妙な恰好だった。伸縮性の高そうな格子模様が施されたSDスーツに、ネズミのような耳が頭についている。仮装の一種か、親の趣味だろうかと、シルヴィは場違いなことを考えた。


 「えっ、えーっとねぇー……実は自分の乗る船を間違えちゃったの。それで眠くなっちゃったからここで仮眠させてもらっててねぇ……」


 我ながら下手すぎる嘘に、さらに焦りが高まった。そしてネズミの耳の少女はフンフンと鼻を鳴らした。


 「おねえちゃんの口から甘い匂いがする」


 「ふぇっ?」


 少女はシルヴィの口元から足先まで、隅々まで鼻先を近づけた。


 「ちょっ、ちょっと! なにやってるの?」


 さらにシルビィの手のひらを強引にとると、念入りに鼻をクンクンさせた。


 「……おねえちゃん。モルのわらび餅、食べたでしょ」


 少女の表情はたちまち怒りの様相を呈してゆく。シルヴィは鋭敏な嗅覚に驚きながらも、この場をごまかすことに全力を注ぐことにした。


 「ごっ、ごめんなさい! 謝るし弁償もするからあたしがここにいたのは黙って……」


 少女の身体に異変が生じ始めた。髪が伸びてたてがみとなり、とがった犬歯を口から覗かせながら、鼻面も急速に飛び出してゆく。そして四つん這いになると、両腕と両足は鋭利な爪を生やした四つ足となり、臀部から尻尾が飛び出した。SDスーツの形状も、体型に合わせて変化していく。


 「モールーのーわーらーびーもーちー……」

 

 少女の身体は、完全な獣へと変化した。シルヴィは言葉を失いながらも、獣の正体を思いだした。この動物は、かつて旧世界生物のアーカイブデータで見たことがある。


 たしか名前は、ライオン。忘れられた故郷、チキュウに君臨した百獣の王。


 「返せぇぇえええぇええええ!!」


 ライオンと化した少女は、爪と牙をたてシルヴィに襲いかかった。

 

 「ひっ、ひゃああぁああああ?!」


 シルヴィはとっさに伏せ、ライオンの突撃をかわした。獲物をしとめ損ねたライオンは貨物室に積み上げてあったコンテナにぶつかり、頭上から降り注ぐコンテナの下敷きになった。


 その隙にシルヴィは逃げ出したが、頭の中はパニック状態だった。密航がばれたのも一因だが、少女の信じられぬ変身を目の当たりにして、これは夢の続きではないかと疑いかけた。


 ナンデ? なんで女の子がライオンに?!


 シルヴィが通路を駆ける間に、折り重なったコンテナから脱出したライオンは追跡を開始した。口角を引きつらせて鋭い牙をのぞかせる様は、むき出しの殺意そのものだった。


 わけがわからないけど、こうなったら実力行使しかない!


 シルヴィは大鷲を起動させると、後ろを追いかけてくるライオンめがけて射出した。


 しかし、猛獣は難なく大鷲を避けると、さらにシルビィに向かって加速した。鼓膜を破らんばかりの咆哮を発しながら。

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