第13話 ブラックだって飲めるの!

「お気に召していただけたかしら?」


 レタスをむしゃむしゃ頬張るシルヴィに、ケインは満足げにたずねた。


「まっ、まぁ悪くないかな!」


「それを作ったのはエルデよ。彼女、なかなか優秀なメイドなの」


 胸のハッチを開けて小型重光子電池を取り替えていたエルデは、うやうやしく頭を下げる。


「お褒めにあずかり光栄です」


「ふーん、ちゃんとお礼も言うんだ。少しは知能レベルの高いAIを備えてるのかな?」


 ご馳走になっているのを棚に上げ、シルヴィは嘲りの響きを隠しもせずに言ったが、ロボットメイドは気に掛けもしない。そんな彼女に代わり、ケインが話しかけてきた。


「えぇ、とっても高レベルのものをね。彼女は様々な礼儀作法、及び家事、炊事をプログラムされているのよ。それと戦闘プログラムもね」


「そんな高性能な人型ロボなんて、法律で禁止されてるんじゃなかった? 作るのも、所有することも」


 語気も鋭く、シルヴィが訝し気に指摘した。


「確かに、ワタクシは法律的にかなりグレー、というより違法な存在です。しかし、少なくとも製造されたのは先の大戦よりはるか以前です。ですので、製造された時点ではなんら違法な点はありません」


「エルデー、セーユとってー」


 エルデはシルヴィの指摘に答えつつ、テーブルに置いてあった茶色い調味料のビンをモルに渡した。嬉々と卵かけご飯にセーユをかけ始めたが、ほんの少しかけたところでエルデにセーユをひったくられた。


「あっ! 返してよエルデ!」


「健康上差し支えのない適量を超えています。これ以上セーユをかけるのは塩分過多です」


「いーじゃーん! セーユはかければかけるほど美味しいのー!」


「そんなに欲しいなら、象になってそのメイドを押しつぶしちゃえば?」


 これもシルヴィにとっては精一杯の敵への嫌味だったが、言われた言葉をすなおに受け取る幼女にとっては何の攻撃にもならない。


「象はダメ! 大きすぎて変身するのにエネルギー使いすぎるもん! ていうかどろぼーが口挟まないで!」


 モルがテーブルをバンと叩くと、汁椀がひっくり返り、盛大にみそ汁をテーブルと床に飛び散らかした。


「……モル、絨毯の上にみそ汁をこぼすと掃除が大変だと、以前言いましたよね……?」


 エルデがメガネを光らせてモルの背後に立った。ねずみ耳の幼女は慌てて弁明する。


「えっ、いや、違うのエルデ! 違うんだってば! わざとじゃないの! テーブルを叩いただけで、その、ね!」


「そもそもあなたはそそっかしすぎます。そして感情的に過ぎます。もう少しアンガーマネジメントを学んではどうですか。だいたい大戦期に開発されたということはあなたもう相当な年齢なんですよもっと年齢相応に落ち着いたらどうなんですか私のようにもっと機械的で冷静にふるまえるように教育しましょうかまずは孔子の論語をすべて読破してもらって教養を養ってもらい――」


「いやぁ~! 説教きらい~!」


 大きな耳を全力でふさぐモルを微笑ましく見ながら、ケインはシルヴィに耳打ちした。


「このもね、密航者さん。大戦の時期に作られた生物兵器だったのよ。様々な動物、とくに哺乳類に特化して変身することができるの」


「動物に変身? そんな技術聞いたことがないんだけど……」


密航者の困惑をよそに、食卓は賑やかさを増していった。ロボットメイドが料理した完璧な朝食は、シルヴィの頑なな精神にほんの少しのほころびを入れ、アットホームな楽しい空気がそこに流れ込み、いつしか彼女の警戒心を半減させてしまった。


 なにより、逃亡の身になってからというもの、人の温かみに触れるのは久しぶりだった。そのぬるさが心地よくてならなかった。


 まぁ、明らかに人間じゃない奴が二人いるけど。


 我ながらちょろ過ぎると自嘲の念もよぎったが、もう少しだけ、この場に浸りたい自分がいるのも否めなかった。


 あたしにも、こういう場所があった。お父さんのFRで星々を巡って、家族みんなで土を掘って、ご飯はいつも三人一緒だった。あたしと、お父さんと、そして……。


「食後のコーヒー、いかがですか?」


 気が付けば、皿はきれいさっぱりと空になっていた。追想に浸っている間、一気に食べ終えてしまったらしい。エルデが湯気の立つカップとソーサーを持っている。


 ここまでくれば、毒喰らわば皿まで、だ。


「……いただきます」


 カップを受け取り、恐る恐る口にしてみる。


「あっつ! にっが!」


 うっかりこぼしそうになるのをなんとか回避し、カップソーサーに戻す。実はシルヴィにとって、これがコーヒー初体験だった。ケインとモルはクスクスと笑っていた。


「砂糖とミルク、お持ちしましょうか?」


 エルデだけはずっと無表情だった。


「けっ、けっこう! おっ、美味しすぎてびっくりしちゃっただけ!」


 醜態をとりつくろうと、さらに黒い液体に挑み続ける。


「むきになっちゃって、“かわいい”わね。お嬢さん」


 むっ! いまなんと言った! このおっぱい女!


 シルヴィはケインを睨みつけたが、実在しないホログラムにやっても張り合いがないのがむなしい。せめてのもの虚勢を張った。


「“かわいい”だなんてよしてよ! それからお嬢さんという呼び方も、腹が立つからやめて!」


「んー、でもあなたの名前知らないしぃ? せっかくだから、あなたも自己紹介してくれたら助かるんだけどなぁ?」


 ケインのわざとらしい困ったそぶりに、シルヴィはため息をついた。


「……わかった。ご馳走してもらったお礼に教えてあげる。あたしはシルヴィ。シルヴィ・ホップ。これでいい?」


 本当はこれも偽名だ。しかし、現在の彼女にとってはこちらの方が真実の名前だ。両親からもらった名は捨てた。耐えがたくも、やむを得ない選択だった。レウクサンドリア財団から逃亡するためにも、生まれついてからの名は葬り去ってしまいたかった。


「そう、シルヴィというのね。ありがとう、教えてくれて」


 ケインは満足そうにうなずいた。


「むぅー! なんで仲良さそうになってんのー! そいつはモルのわらび餅をどろぼーしたのにー!」


 わめくモルを傍目に、シルヴィはようやく冷めてきたコーヒーをすすった。苦みと酸味にはいまだに馴れなかった。


 そしてようやく飲み終えたとき、ブリッジに物々しいアラームが鳴り響いた。

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