第12話 朝ごはんにしましょう!
「こらー! いいかげんしゃべれー! わらび餅の罪は重いんだぞー!」
エルデに左腕をつかまれ、シルヴィは船のブリッジに向かっていた。密航者を捕らえて歩くエルデの周りを、モルがずっとまとわりついている。
「モル、そうウロチョロされては邪魔です。これ以上無意味な進路妨害をしないでください」
「だってさエルデ、こいつさっきからずっとだんまりしてんじゃん! こうなったらモルがゴーモンして名前も正体も全部白状させてやるんだ! えーと、ゴーモンってどうやるんだっけ? 股の間を足でぐりぐりしてやるんだっけ?」
「あなたの拷問に対する知見はずいぶん幼稚ですね。拷問とは、もっと肉体的、精神的苦痛を伴うものでなくてはなりません。例えば、刃物を使って全身の皮をはいだり、内部に何百本もの針が入った鉄の棺にいれたり、煮えたぎった油を目や口に直接流し込むといった方法があります。他にも様々なバリエーションがありますが……」
事務的口調で話すエルデに、モルの顔が青ざめた。
「や、やっぱりいい! モルそんなのこわい!」
自分でやるっていったくせに……。
シルヴィは胸中で呆れつつも、本当にそんな拷問を受ける羽目にならないよう祈った。
数分後、三人はブリッジに到着した。そこはブリッジというよりも、まるでリビングルームだった。船の中枢ならあって当たり前の各種コンソール卓どころか、操縦席すら見当たらない。床はふかふかの絨毯になっており、イスが並んで置かれたテーブルや、数人が座れるソファに観葉植物といったものがそこかしこに置かれている。カウンターも完備したシステムキッチンまで設置されていた。
そして天井は透明なドームとなっており、漆黒の宇宙空間を展望することができた。
「ケイン、密航者を連れてきました。武器類は既に没収済み。戦意もいまのところ、喪失状態にあるようです」
エルデが呼びかけると、部屋の中央部の床が絨毯ごと開き、大型の装置がせりあがってきた。装置の真ん中には、人一人が入れるほどの大きさのカプセルが備え付けてある。ブリッジのあちこちに設置されたスピーカーから音声が流れた。
「ありがとう、二人とも。さて、挨拶は直接しなくちゃね。初めまして、密航者さん」
カプセルに目を凝らしたシルヴィは息をのんだ。カプセルの特殊強化ガラス越しに、先ほどホログラムで出てきた女船長が、眠るように収められていたからだ。SDスーツのように身体の輪郭がくっきり浮かぶスーツを身に着け、その上から身体中にケーブルが差し込まれ、装置そのものの一部となっているようだった。胸はホログラム通りの立派なサイズだった。
「驚いたでしょ? それがわたしよ。船そのものの一部となったね」
装置の脇にホログラムのケインが現れた。シルヴィは信じられぬといった体でたずねる。
「船の一部って……ずっとその中で生きてるの、あんた?」
「そうよ。閉所が好きな人にはおススメのライフスタイルね」
「じゃあせまいとこ好きなんだ?」
「いえ、別に」
「まてやコラ!」
憤然とするシルヴィを、エルデは無理やりテーブルへ引っ張って着席させた。
「ちょっと、なにすんの!」
「朝食です。ケインが特別に、あなたも招待するようにと」
「はぁ?」
混乱するシルヴィに構わず、エルデはテーブルに次々と皿を運んできた。モルも信じられぬといった体で抗議する。
「えーっ! こいつも一緒にご飯食べるの、ケインー?」
「そうよ。せっかくの客人だもの、ちゃんともてなさないとね」
「そいつはお客様じゃなくてどろぼーだよー!」
納得しようとしないモルをよそに、エルデとケインもさっさと席に着いた。モルもしぶしぶ、自らの席に腰を下ろす。
シルヴィにはマーガリンとストロベリージャムが添えられたトースト、レタスサラダが付けあわされた目玉焼き、そしてヨーグルトが出されていた。日々の食料に事欠いていた逃亡者にとって、ご馳走という言葉すらぬるいほどのご馳走だった。たちまち湧いてきた唾を飲み下したが、得体の知れない相手の食事を誰が馬鹿正直に食うのかと、自らを戒めた。
「それじゃあみんな、手を合わせて」
ケインの合図で、エルデとモルは両手の平を合わせ、拝むようなポーズをとった。お祈りでもするのかとシルヴィがいぶかしんでいると、
「いっただっきまーす!!」
三人で掛け声を合わせ、楽しそうに食事を始めた。
「あなたも食べて。毒なんて入ってないから」
ホログラムで映し出されたクロワッサンを頬張るケインに促され、シルヴィは恐る恐るトーストに手を伸ばした。慎重に臭いをかぎ、舌先でトーストをなめた。ほどよく焼けたパンの香ばしい香りと、マーガリンのコクのある味わいは、常に食物に飢えていた少女の理性を決壊させるには、充分な力を秘めていた。
ええい、ままよ!!
ボイル第3番惑星の大渓谷に飛び込む覚悟で、シルヴィはトーストをかじった。
そこからの彼女は食欲の奴隷だった。求めるがままにトーストをかじり、目玉焼きを頬張った。久しぶりのまっとうな食事に、目がうるむのを禁じえなかった。
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