第5話 秘密保持

 シルヴィが謎の珍味に舌鼓を打っていたころ。


 ハブ・ステーションの追跡者たちは、自分たちのFRに引き上げていた。彼らのシャチ型高速艇〈エルピス〉は、エプロンの中ではなく、ステーションの外部作業用ハッチに直接横づけされている。それは彼らもまた、あまり目立った行動は出来ない立場にあるのを意味していた。


「はい。残念ながら、エンゼルはすでにこのステーションを離れたと思われます。念のため、ステーションの全区画を捜索させてはいますが、望みは薄いかと」


 ピレウスが〈エルピス〉の頭部ブリッジで秘匿通信を行っていた。コンソールのモニターには、彼らが所属する集団のシンボルであるイチジクの実のシンボルが映されている。それは右手に光る指輪に彫られたものと同じ図柄だった。


「そうで……すか。ありがとう、ピ……レウス。さぞ骨を折ってく……れたことでしょうね」


 通信相手は女性だった。八〇光年を隔てた秘匿通信にもなるとノイズや遅延が生じるのは仕方ないが、それでもなお彼女のおごそかでたおやかな話し声は、屈強なピレウスの心につかの間の安心感を与えるほどの慈愛に満ちていた。


「恐れ多いことです、デアゲネス様。彼女がどのFRに密航したのか、また鳥型の武器をどこから手に入れたのか、目下調査中です」


「わかりま……した。引き続き、彼女の捜索をお……願いしますね……」


 女性は念を押すように先を続けた。


「エンゼルは、この宇宙の救済に必要不……可欠な存在です。彼女のお父様も、その使命に殉じて……くれました。エンゼルもそれはわかっているはずです。あの子はただ怖がっているだけ。だから……できる……だけ優しく連れてきてあ……げるのですよ……」


「承知しております、デアゲネス様。実行部隊の責任者として、必ず務めを果たします」


 ピレウスはイチジクの指輪にキスをし、高々とかかげた。


「レグザ・バレンタ・イナージュラ(あまねく人類に幸福あれ)!」


 ピレウスはそういって通信を切ると、ブリッジを出た。船には疑似重力が発生しているので、一Gの重力下と同じように歩くことができる。


 ピレウスが向かった先は医務室だった。自動扉を抜けると、部屋の中央に二台の簡易生命維持装置が鎮座していた。 装置はちょうど大人一人が中にすっぽり収まるほどの大きさで、その中には人工心肺や栄養剤投与装置といったものが組み込まれている。


 そして装置の上には、


 「お前たち、具合はどうだ?」


 ピレウスが装置の上に載せられたものにたずねた。


 「ご覧の通り、一部分だけですがピンピンしてますよ。早く自由に身動きできるようになりたいです」


 シルヴィを追跡していた浅黒い肌の男の首が答えた。彼の頭部はいま、切断面に多数のチューブを接続され、装置と一体化している。蒸気によって髪は焼け落ち、皮膚もただれているが、それも徐々に再生しつつある。体表がアメーバのようにうごめき、恐るべき速度で傷口をふさぎつつあった。


 「こちらも同じくです。生きた心地がしませんよ、自分の胴体から血がドバドバ流れるのを鑑賞するのはね」


 となりの装置に載せられた、痩せっぽちの男の首も答えた。


 「首を切断されるだけならまだしも、エンゼルは念入りに俺たちを蒸気で大やけどまでさせました。あれのおかげで肉体の修復に時間がかかり過ぎた。首だけならすぐにひろってくっつけられたものを……」


 浅黒い首は無念をにじませた。


 「過去を悔やむ必要はない。我々には、デアゲネス様と大女神のご加護がついている。エンゼルがどこに行こうと、最後に彼女は我々の元へ戻って来る。そういう運命なのだ」


 ピレウスはそう語ると、携えていた端末のコンソール画面に指を滑らせた。


 「それはそうと、ピレウス様。なぜ我々をこんなものに繋げておくのです? 胴体への接合はこんな過程を踏まなくても、切断面を直接あてがっておけばすむではないですか」


 痩せの首が問いただしたが、ピレウスは無視して端末を操作し続ける。


 そして首の下に繋がれた装置から、彼らの脳髄のうずいに向けて二〇〇ボルトの電流が直接流し込まれた。


 「その台座は便利なものでな。このように、神経系統を通じて海馬にダイレクトなショックを与えることができる。事前に説明しておいた通り、彼女のことは極秘事項だ。万が一のことを考え、任務を終了するたびに記憶を消させてもらう。なに、忘却させるのは近日中の記憶だけだ。今後の生活には支障はない範囲にとどめておくようにする。案ずるな、この処置は責任者であるわたしを除いた、全クルーに受けてもらう」


 ピレウスは絶叫する二つの首を後にして、医務室を出ていった。


 そして追跡者たちの乗ったシャチ型高速艇はゆっくりステーションから離脱すると、重光子エンジンの光を放ちながら船尾を上下に動かし、宇宙空間へ泳ぎだしていった。

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