第3話 追跡者たちと秘密の通路

 シルヴィは入り組んだ通路を幾度も曲がり、ようやく出入り口のエアロックにたどり着いた。分厚い金属扉には、注意書きが記されている。


『この先FRエプロン。無重力エリアのため、移動に要注意のこと』


 シルヴィは注意書きを一瞥すると、ドアのロックバーを降ろし、ゆっくりと開けていった。エアロックは二重扉となっており、シルヴィが二つ目の扉を開けた瞬間、疑似重力がオフとなり、ふわりと身体が宙に浮いたのだった。


 扉の先は巨大なドーム状の空間となっていた。そこはいくつものFRが停泊する駐機場であり、七〇〇を超える発着ポートが層のように重なり、ポートの面積に応じた大きさのFRが停泊していた。大型のクジラ型船に中型のイルカ型船、小型のトビウオ型船や作業用の甲殻類型船など、生物の形態を模した多種多様な宇宙船が、六本のロボットアームによってポート上に固定されている。


 シルヴィは左手の甲についているパネルを操作した。すると、身に着けたSDスーツの表面を光の筋が伝い、手足の先から小さな光の粒が放出された。そしてそれを推進力とし、まるで水中を泳ぐように、シルヴィは発着ポートの底へと向かって行った。


 この手と足から放出される光こそが重光子じゅうこうしだった。その性質はさながら質量を持った光子であり、SDスーツに限らず、現在稼働するほぼすべてのFRの推進源だった。重光子は放出することにより、旧世界のロケット燃料と同じく反作用によって物体を動かすことができるのだ。


 シルヴィは自身が入れる大きさの貨物コンテナを探した。できるだけ早く身を潜めて、適当な船に密航する必要がある。入りこむところを目撃されないように注意もしなくては。


 LS34惑星の軌道上に浮かぶこのハブ・ステーションは、ステーションの維持管理を行うロボットたい以外には、もともと人間が少なかった。少人数で運用される商業船が主な利用客ということもあり、人の姿もまばらだった。シルヴィは後方を振り返りつつ、発着エプロンの最下層を目指した。


 そうして、ようやくステーションの底に足を付けたシルヴィはあたりを見回し。目的のものを見つけた。船の航行に必要な食料や衣料品をいれるための小型コンテナだ。一〇個ほどが連結された状態で、クラゲ型のけん引ロボットが頭部の光る推進傘を収縮させながら、どこかのFRのもとへ搬送している。


 あのコンテナの内のどれかに入り込めば……。


 「いたぞ! あそこだ!」


 聞き覚えのある声が、シルヴィの頭上から聞こえた。見上げてみると、数人の黒いSFスーツの男たちが、シルヴィ目がけて降下してきていた。みな右手の薬指に、イチジクの実のシンボルが彫られた指輪を

はめている。


 彼らの先頭にいるのは、顔も体つきもいかつい男。シルヴィが最も嫌う追跡者たちのリーダー。その名もピレウス。


 シルヴィは舌打ちを漏らした。もはや一刻の猶予もない。今からあのコンテナに入っても、すぐに捕まってしまう。いっそ大鷲を使って返り討ちにすることも頭をよぎったが、さすがに多勢に無勢だった。


 どこかに逃げ道はないか、必死に周囲を探った。そして床下に続くハッチを見つけた。もはや行先は一つしかなかった。


 シルヴィは大鷲の翼を広げると、ハッチの電子錠に翼の先を突き刺した。火花が爆ぜ、ロックが解除されるやいなや、逃亡者は床下へ飛び込んだ。


 逃げた先の場所は、ステーションで潜伏生活を送っていたシルヴィですら知らない通路だった。赤い照明に照らされ、人の気配はまったくない。大小のコンテナがいくつか置いてあるだけだ。


 「……なんだろ、ここ。地図にこんな場所あったっけ?」


 首をかしげたくなるが、そんな余裕はない。通路の先からクラゲ型けん引ロボがやってくるのを見つけたシルヴィは、傍らにあったコンテナの影に隠れた。


 けん引ロボは触手を器用に動かし、自らとコンテナを連結させていく。シルヴィはコンテナの一つに、大鷲の狙いをつけた。


 悪いけど、無賃乗車させてもらうよ。


 クラゲが動きだした瞬間、シルヴィは大鷲を射出した。大鷲はコンテナに降り立つと、くちばしの羽でコンテナのロックを破壊し、脚を使って器用にふたを開けた。そしてすかさず、シルヴィはワイヤーを巻き取りながらコンテナへ飛び込んだ。


 大鷲もひっこめ、狭いコンテナ内で息を殺す。ここで見つかれば、一巻の終わりだった。

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