睥睨師  ~【てんとれ祭】~

福山典雅

睥睨師

「ワイルドのほうへ 進め かわす路上の声 心に鼻歌 doo-doo-doo♪ 11点」


 毎日恒例、朝の占い。





「師父、何を見ているのですか?」

 

 弟子の鈴凛が我の手元を覗く。


「占いさ」

「はぁ~、何を見ているのやら、……はやく行きますよ」

「今日はワイルドがいいみたいだぞ」

「もう、いいですから!」


 緑石が光沢せし山中は、水面を飾る苔すら美しく、神羅万象じじと狂い、現象を容易く穿つは、厳美なり。ただ世界に胡乱な巨樹がひしめき合う奥の山。


 睥睨師が行くは如何な闇か。詮無い浮世の謀りを、以て安寧嘯くは、これ我の無情な無常なり。


「師父、また遅れてますよ」


 鈴凛の声が緑の闇にこだまする。






「さて、おいでやす」


 不穏な老婆は手をつき、奇妙に片目をぎょろりと胎動す。


 茶の湯を運び足るその威容、妖風情とは趣が異なり、我を所望す本懐が見え隠れする殊気である。


「根羽の倒壊、訳ありを解いて頂きたく……」


 巨樹の隙間に埋まり立つ家屋。ここはその座敷。魑魅魍魎が跋扈するも迂闊に近寄れず、この婆の願いのみ我に届くなリ。静寂たゆむ室内の梁ざわめき、訝し気な乱舞を誘う。


「闇が揺れている。婆、約定により理由は解こう。だが、その先はどうする?」

「ぬし様がいかようにも」

「そうか、あいわかった」


 根羽は巨樹を繋ぐ臨界の道しるべ。大地乖離の釉薬、その黄金色の脈動が何処かで途絶せしむゆえの混乱。我が向かうは暗晦落日の溜まりとなる。


「鈴凛、呪薬を」


 我は庭にい出でて、幻惑たる所作にて、呪符の音感を轟かせ、請臨の瞬きに呪薬を注ぐ。途端、空気泡状の波起きて、伽藍洞車の迎え現れし。


「睥睨師様、ご案内つかまつりやす。お久しく、雑狐にてございます」

「大儀、息災の様だな」

「御意」

「では案内を頼む」


 我と鈴凛は雑狐の動かす伽藍洞車にて、遠忌の巣窟に向かう。





 ぬる神、あな神、とついくる。

 界の上洛、とまぐらし。

 どどんこ、さふらき、しらかばね。

 摩季し、ぬらぎの、福笑い。

 となの、桜庭、ふいしぐれ。

 ゆれて、貴女の、どろぶねを。

 どらにし、かじ木、かてみれば。

 よーや、とーま、で、

 蛇意も無し~。


 雑狐が陽気に唄いがら、陰憧憬、惨憧憬、虚情景と車は進んでいく。


 途中様々に、香蘭鳥やじげ蝶々、どうら狸にぐもり熊、野柴木鹿に鵺懐虫など、幻野を住処とする舞精霊とすれ違う。遠大に景色太鼓が鳴り響き、たなびき吹く風、詩吹色、かろりとえりと流れゆく。


「ひどばぁ、どうかせしめてや」

「がどうじ、とうじでたすけくる」

「ごうそ、ゆみのわきさかる」


 途中、疹妖や鐘妖や露妖などが大いに湧きい出て、必死な願いを我に語り叫ぶ。


「師父、彼らは何を言っているのですか?」


 遠忌が初めての鈴凛は是非もなく、目まぐるしくその好奇を定まらぬまま咲かし喜ぶ。


「一言で言えば陳情だな。奥がさめざめ、困っているらしい」

「根羽の倒壊とはなんなんですか? 月読の私にはさっぱりわかりませんが?」

「その目で見ればわかるさ」


 我がそう言うと、緑石蛍の多き幻想なる広大な溜まりが見えて来た。


「睥睨師様、ここまでが界隈でございます」

「ああ、助かった、控えておいてくれ」

「御意、どうぞお気をつけて」


 雑狐がうやうやに首を垂れ、下車すれば溜まりの向こうがぽわりと光を帯びる。


「かしこまり、かしこまり」


 我は静印を結び、円弧の錠を開き、鈴凛と共に遠忌の沖に身と魂を浸りゆく。


 緑石蛍が無数に漂い、虹彩蒼き煌きが夥しく、幽玄の極みは常しえを感逆し、遂に奥域に達す。そこには、かの屋敷の婆が鎮座していた。


「師父! これは?」


 鈴凛の慌てるを制し、静謐なるかどわかしを律して迎える。


「玉響姫、千年の鎹、嫌気がさしましたか?」

「ふふ」


 刹那、婆は麗人たる乙女に豹変し、白衣の小袖をゆらゆらとし立ち上がる。


「気づいておったか。睥睨師が御霊のさかしさよ。たわむれにのう」


 姫は手に紅玉の様に染まりし暁の剣を握り締め、突如地を蹴り、酷烈なる勢いのまま迫る来る。


「約定の先を見せて貰おうぞ」

「さて、かしこまり、かしこまり、お付き合いいたしましょう」


 我は濃く闇色す宵の剣を召し、尖襲迫る姫の剣に烈瞬の間に叩き合わせた。


 轟音響き、苛烈な火花散り、蒼き炎が弾ける。神気震える巨大な波となり遠忌を膨大に押し包む。


「よいな、よいぞ、さあ、歌おうぞ」

「お相手致します」


 地を蹴り、空を舞い、烈風の神速で幾度も剣を交えし我らは、撃剣の打突を幾重も繰り返し、荒ぶる爆心の中で、互いが優美な歌声を掛け合わす。


「君待つと、だしむ想いの、憎らしさ」

「過ぎし赤、訪れしろき、神の色」

「とばりなす、やるとさふけて あしきひの」

「夕闇鴉、たぼなつせ」

「縁ゆえ、未果てすておき、恋はしり」

「やきのせばむる、ゆえしばり」


 我と玉響姫は火花散る狂気の華となりて、延々と歌合せに興を深める。

 刻を忘れ、遠忌の闇が黄金色をちりばめ、気がつけば無限の緑石蛍が虹色と輝いていた。


「あははははは、よき、よき、愉悦す遊びじゃ」


 突如、玉響姫が地に降り、暁の剣を納めた。


「また、呼ぼうぞ、睥睨師」


「かしこまり、かしこまり」


 我は恭しく詔を上げ、深く神霊に礼をする。


 根羽の倒壊は終り、遠忌の脈動は黄金色を思い出し、地の平穏は蘇り。


 睥睨師、万象越えて睨みを効かし、穏やかなるを解とする者。


 我は、睥睨師。本日はワイルドな仕事なり。






【参考・引用/蜂蜜ひみつ/てんとれないうらない/第92話、ワイルドのほうへ 進め かわす路上の声 心に鼻歌 doo-doo-doo♪ 11点】










 

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睥睨師  ~【てんとれ祭】~ 福山典雅 @matoifujino

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