3. ジョージさん

 外国人のお客さんが来ていた事がある。

 ジョージさん(仮名)ははっきりと外国人のお顔で、一人でかばんを抱えてブースを回っていた。来ていたのは文学フリマ大阪だが、他のイベントでも見かけたような気がする。

 私は自分のブースからジョージさんの様子をうかがっていた。どうやらジョージさんはブースを一つずつ丁寧に見ながら、こちらへと近づきつつあるらしい。何やら出店者に話しかけたりもしているが、外国語なのか日本語なのかまではわからない。

 もしジョージさんが日本語を喋れないとなると、話しかけられたら外国語で対応しなければならない。受験英語くらいしか外国語経験の無い私にはハイレベルすぎる。

 周りのブースの人も、皆どこか身構えているような、緊迫した様子であった。私が身構えすぎていてそう見えただけかもしれない。

 ジョージさんが隣のブースまでやってきた。

「この本は、一人で全部作ってるの?」

 ジョージさんは日本語で出店者に話しかけた。

 やった、日本語だ。しかし話を聞いていると結構答えにくい質問をしている。どういう内容の本なのか、等。

 私はこの手の質問が苦手だ。自分で書いた作品なのだからきちんと説明出来た方が営業になるのはわかっているが、なんと説明したらいいか未だにわからないし、恥ずかしさを感じてしまう。作者だからこそ自分の本を客観的に説明するのがとても難しいのだ。相手に本をぱらっと見てもらって、良し悪しや相性を実際に判断してもらうのが一番気楽だ。

 多分私の本はアナタの趣味に合いませんから、どうか興味を持たず、黙って次のブースに行ってくれませんか。私は心の中でそう願った。

 ジョージさんは私のブースをじっくり眺めながら、黙って隣へと進んでいった。

 私はほっとしたと同時に、ものすごく悪い事をした気がしてすぐ落ち込んだ。

 今、私は、読者になってくれるかもしれない人をひとり失った。どうせ趣味に合わないのだから説明しても無駄だと思う気持ち、外国人への恐怖、そういったものに負けて、自らの作品を売り込むチャンスを逃したのだ。客を選び、外国人というだけで受け入れられない自分の小ささを感じた。

 どうすればいいのかは、まだ自分の課題として残っている。

 なお、別のイベントにて外国人が出店しているのを見かけた。その方がジョージさんだったのかはわからない。

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