11. 切ない。Part2

 ここまでで、イベントに関する色々な切なさを満足いくまで書いてきて、もう胸一杯になってきた。これ以上続けると切なさアレルギーになってしまいそうだ。

 なので今回は、小説についての切なさを考えてみる。切なさは切なさでも、イベントについてと小説についてでは大豆と味噌くらい違うのでアレルギーの心配は無い。いや実際には大豆アレルギーだと味噌もあまり良くないがそれは例えという事で。

 何のために小説を書いてるの、と訊かれたことがある。

 こんな質問をされること自体がもう切なさのかたまりだろうけれど、「友達と読みあって感想を話すんだ」と私は用意してある安牌の答えを言う。論点がずれているけれどつっこまれることはなく、そう、と言われて終わった。

 何のために小説を書くのか。

 小説を書くのが好きだからである。

 サッカーが好きだからサッカーをやる。それとおんなじ。

 サッカーの場合は「そうなんだ!いいね!」と好意的に受け取られる(ような気がする)のに、小説の場合は「変わった人だ」と思われる(ような雰囲気を感じる)。好きなことをしているという点では同じなのに不公平だなあ。

 サッカーなら好きな選手とか話題を広げられるけど、小説は話を広げにくい。

大体は、相手「どんな小説を書くの?」、私「現代小説とか、ファンタジーとか、色々です」「ふーん」「……」「……」というやり取りになって話が終了する。

 そもそもこの質問が出た時点で会話は詰んでいるのだ。

 小説はコミュニケーションのきっかけとしては不適切である。切ない。

 そんなものを第一の趣味にしている私は、折れた剣で決闘相手と対峙する騎士みたいなもので、まともに戦うには別の剣を抜かないといけない。読書とか旅行とかを予備の剣にしている。

 私は小さい頃から小説が趣味だったし、親も友達もそれを知っている。勤めている会社でさえ知られている(新卒のとき面接で、隠す方が難しかったので話したら「プログラミングと小説は似てる」と好意的に取られて内定が出た。奇跡だと思う)。

 そんな感じで、特に隠すこともせずオープンにしてきたので、新しく人に出会った時に小説の事を話せないのはとても気持ち悪い。

 「これはカレーです」と言いながら、ルー側を隠して白ご飯だけ見せているような半端な気持ちだ。白ご飯だけではどんなカレーかわかってもらえないじゃないか。私が見せたいのは、大体の料理についてくる白米では無く、カレーをカレーたらしめる、美味しそうなルーの方なのだ。

 なお、相手によっては小説について話す事がある。それは読書好きだったり、マイナーな趣味を持っている等、許容範囲の広そうな人には言ってみるのだ。その場合、小説についての会話はテンプレートで終了しても、なんとなく趣味を受け入れてもらったような空気を感じられて、仲良くなれる事が多い。私は人見知りの口下手だが、小説という趣味を許容されると相手との距離が一気に縮められるようだ。

 もっと話のうまい人なら、どんな場面や相手だとしても、小説という話題でうまく盛り上げられるだろう。

 そんな方がいればぜひ話し方を教えてください。本当にお願いします。

 そんなこんなで、小説を趣味にするのは切ない。

 だからこそ、たくさんの文字書きが集まるイベント、何も隠さなくて良い空間から、惰性を振り切って離れる事が出来ないのかもしれない。



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