04 無名の工人の「民芸」
気がつくと、宗悦は自宅の前にいた。
「えっ」
曰く、一緒に作陶のための土探しに行き、宗悦が
「何や苔むした石があってな、それに
そう河井が言うが、覚えがない。
あるのは――
「しかし松方さんの手紙が」
宗悦が懐中を探るが、そんな手紙は無かった。
ちょうど玄関を開けて出てきた兼子に聞くと、そんなものはなかったという。
後日、改めて宗悦が松方幸次郎に確認すると、やはりそんな手紙は出していないと返してきた。
「…………」
ではあれは白昼夢だったのかと宗悦が眉間にしわを寄せていると、くいくいと袖を引っ張る童がふたり。
「お父さん」
「お父さん」
「……何だい」
「これ」
「これ」
長男と次男はそろって宗悦の
「ああ、これか」
宗悦は破顔して
「ほれ、持ってお行き」
うわあ、と子どもたちは歓声を上げて兼子の方へと湯呑みを持って行く。
兼子はあらあらと言って、湯呑み二つを手早く洗い、それぞれの中へ麦茶を注いだ。
河井はそんな光景を見て、「何や、
「勿体無い?」
「せや。こないに子どもが喜ぶ代物に『下手』言うんは失礼やでぇ。もっとええ名ぁがあるはずや。こないにうつくしゅうて面白い代物に『下手物』……はあ、勿体無い」
歎息する河井。
彼はこの頃、己の陶芸に限界を感じていた。往時の名作を見て学び、それと同様の華美な陶器を製作していた河井だったが、宗悦が蒐集した李朝の陶器を見て、考えが変わった。否、変わりつつあった。
「陶器とは、どうあるべきか」
それは、華美なだけではなく、もっとちがう何かがあるのではないか。
河井はその自問に答えるが如く、その後、実用性に富んだ作陶を開始し、やがては――より自由な形の造形の陶芸へと深化を遂げていく。
「…………」
葛藤する河井の心中を
「……民芸」
「何やて?」
不得要領の河井に、宗悦は詰め寄るように言いつのった。
「だから民芸だよ、河井君」
「だ、だから言うて……」
「だからはだからだよ、河井君。それより、こういう、誰とも知れぬ無名の工人が作ったものを……こう称するのはどうか、というのだ、河井君」
宗悦は唾を飛ばさんばかりの勢いで、河井に、その脳内でぐるぐると蠢いて思いついた、ひらめきを語った。
「たとえば『地獄変』の絵師良秀のような著名な、名工が作ったものは、それはそれでうつくしかろう。だが、こういう無名の工人が作ったものもうつくしいというんだ。名工、あるいは名人といってもいいが、そういう、そういう突出した人に比して、こう……無名の者たち、何だな……そう、民衆の、民の芸というべき……だから、民芸」
「民芸」
オウム返しになるが、そうとしか反応のしようがない。
河井はこくこくとうなずきながら、そう思った。
そんな河井の脳内で民芸という言葉が咀嚼され、反芻され、消化された。
「……ええなぁ」
まずは賛意が浮き上がった。
そして、そこでまた浮き上がる。
己の作陶の取るべき道が。
「さよか……せや、民芸や。わいもまた、民芸で……土ィ
実際、この後、一九二九年に開かれた河井の個展では、彼の作風はシンプルなものに様変わりし、それがまた、世人の興を誘った。
「……あの白昼夢はそれを教えてくれた。そしてこれが……これこそが」
この、柳宗悦の、生きる道。
父や兄の死に遭いながらも生きてきた、自分が追い求めるものだ――と、宗悦は思った。
【了】
地獄変 ~柳宗悦、絵師良秀の遺せし図屏風と出会う~ 四谷軒 @gyro
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