義弟の恋人

ふちたきなこ

第1話 優等生の朝

「髪型・・・制服・・・うん。大丈夫だよねっ。」


鏡に映った自分の姿を指さし確認し、小さく頷く。


長い黒髪は後ろで一本に結び、前髪は風が吹いても乱れないように、しっかりと右耳の少し上辺りを黒いヘアピンで留める。


制服の紺色のリボンは崩さず、グレーのブレザーの前ボタンもきっちりと掛け、チェックのプリーツスカートの丈は絶妙なラインで膝を隠す。


色付きリップもフレグランスも付けず、アクセサリーなんてもっての外。


目立ちたくない、教室の隅で大人しくしていたい・・・それなのに今年もまたクラス委員に選ばれてしまった。


鏡の前の優等生な自分を前に、小さくため息をつく。


たしかにテストの成績は他の生徒よりも良いかもしれないけど、クラス委員って統率力とか求心力とか・・・いわゆるコミュニケーション能力が必要なんだと思う。


なのに、私にはそういった才能がまったくない。


多数決で何かを決める時は、いつも大きな波の方へ流されるし、メニューを決めるときはひとりだけ別のモノを頼んで時間差が生まれないように、誰かと同じものを頼む。


カラオケでは空気を読んで、その時の流れに合わせた歌をセレクトする。


本当に好きな食べ物や歌は、一人きりの時に楽しめばいい。


集団でいるときは誰かについて行けばとりあえず大丈夫、なんて思っている。


穏やかな性格だと言われるけれど、特に主張する何かがないだけ。


根無し草のように風に吹かれて、あっちへふわり、こっちへひらり。


そんな私だけれど、社会に対してはもの申したいことも多々ある。


世の中には信じがたいことをする人間が沢山いる。


道端に平気でゴミを捨てる人・・・ゴミが出たら家に持ち帰ってゴミ箱に捨てればいいのに。せめてコンビニに設置されているゴミ箱に捨てるとかして欲しい。


人にぶつかっておきながら謝りもせずに立ち去る人・・・骨が弱いお年寄りが倒れたらどうするの?お年寄りはちょっとした骨折が原因で寝たきりになってしまうこともあるのよ?


優先席に座りながら大きな口を開けて眠りこける人・・・目の前の妊婦さんに気付かないの?それとも気付かないふりをしているの?


駐輪場の自転車をわざと倒す悪ガキ、綺麗な壁にラクガキする不良、公園の花の枝を折って持ち帰る不届き者・・・。


こういうことにいちいち腹を立てていては、身が持たないことはわかってる。


でも許せないものは許せない。


ううん。本当に許せないのは、そんな光景を見ても注意ひとつ出来ない自分。


思っているだけで、声にだせない臆病な私。


せいぜい自分はそんな人間にはならないようにしよう・・・そう心で強く思うだけ。




そんなことをつらつらと考えながら鞄を肩にかけると、埃一つない綺麗に片付けられた自室から出てリビングへ向かった。


ダイニングキッチンのテーブルにパパの為の朝食がラップに掛けられている。


目玉焼きにカリカリベーコン、レタスのサラダ、美味しいと評判のパン屋で買ってきたクロワッサン。コーヒーは冷めてしまうので、自分で入れてもらうことにしている。


いつものように、パパの部屋のドアをコンコンと2回叩いた。


返事がないので勝手にドアを開け、パパが寝ているベッドの横に立ち、右手を腰に当てた。


「パパ。まだ寝てるの?」


「うーん。」


ベッドの中でもぞもぞと動いているパパが小さく唸った。


夜遅くに帰ってきたらしいパパは、まだ半分夢の中を彷徨っている。


「パパ!私、もう学校に行くからね。起きたらちゃんと朝ごはん食べてね。朝ごはんは一日の大事なエネルギー源なんだから食べなきゃダメだよ。わかった?」


「・・・う・・・ん。」


「返事は?!」


私の声にパパは慌ててがばっと身体を起こした。


そして呆けた顔を私に向け、頭をボリボリと掻いた。


「わかってるって。朝から大声ださないでくれよ。」


「パパがいつまでも返事しないからでしょ?」


「はいはい。すみませんね。」


「パパ、昨日も遅かったの?」


「ああ・・・。どうしても外せない接待があってさ。」


「だからか。部屋がお酒臭い。」


「そんなことないだろ?シャワーは浴びたぞ?」


「じゃあ加齢臭だ。」


「おまっ・・・それ一番オヤジに言っちゃいけないワードだぞ!」


パパの焦った顔を見て、私は少し満足した。


「ごめんごめん。じゃあ、行ってくるね。家を出るときは鍵をちゃんとかけてね。」


「ああ。皐月、気を付けてな。」


私が部屋のドアを閉める瞬間、パパが眠い目をこすり、再び布団の中へ潜り込むのが見えた。


パパとママが離婚してもう3年が経つ。


私はパパもママも大好きだから、正直二人の離婚はショックだった。


でも子供でも立ち入ることの出来ない、夫婦にしかわからないこともあるのだろう。


パパとの二人暮らしも、もう慣れた。


その暮らしに大きな変化が訪れるなど、この時の私は考えてもいなかった。




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