第6話 義弟との距離感

「皐月。五代君が呼んでるよ?」


「え?!」


クラスメートで親友のあずみは好奇心からか、瞳を輝かせながら私の肩をツンツンと突いた。


「もしかしてェ。皐月、五代君と付き合ってるのカナ?」


「違うって!えっと、色々あって五代君とは友達になったっていうか・・・。」


「ふーん。イロイロあって友達・・・ねえ。とりあえず早く行ってあげたら?五代君、待ってるし。」


「あ・・・うん。」


私はあわてて席から立ち上がると、クラスメート達の好奇の目をひしひしと感じながら、廉の元へと歩いて行った。


「なあに?」


私は戸惑いの色を隠せない表情をしながら、廉を見上げた。


「現国の教科書、貸して?あとノートも。」


「そんなの男子に借りればいいじゃない。」


「皐月のノート、綺麗でわかりやすく書かれてるからマジ助かるんだよ。それに別のヤツに借りたら返すの面倒じゃん。その点皐月とは一緒に住んでるわけだし?」


「ちょっと!声が大きいってば。誰かに聞かれたらどうするの?!」


「皐月の方が声大きいけど。」


「あ・・・。」


たしかに私の方が大きな声を出してしまっている・・・私はあわてて自分の口を押さえた。


「わかったから、ちょっと待ってて。」


私は自席へ戻ると、現国の教科書とノートをカバンから取り出し、再び廉の元へ小走りで戻った。


「はい。これで最後だからね。」


「えー?そんな冷たいこと言うなよ。じゃ、サンキュ。」


廉はノートで私の頭をポンっと軽く叩くと、隣の教室へ戻って行った。


席に戻った私を早速あずみが茶化した。


「ノートで頭ポン、か。カレカノしかやらないやつゥ。」


「だから違うって。」


「ねえ。五代君って格好いいよね!アタシ、ああいう体育会系男子ってタイプ。さぞかしいいカラダしてるんでしょうネ!皐月、アタシにも五代君、紹介してよ。」


「う、うん。」


「あーなんかムカつくんだけど!」


その教室中に響き渡る声を出したのは、クラスでも派手で目立つ女子グループの一人、リオナとその取り巻き達だった。


「クラス委員のくせして、男子といちゃいちゃしちゃってさ。」


「ガリ勉女は黙って本でも読んでろよ。」


リオナの言葉に私の身体は冷たくなり身を震わせた。


「あーうるさい!どっかのメス狐が遠吠えしてるし。」


あずみが負けじと私の代わりに応戦してくれる。


「はあ?クラス委員の犬は黙ってろ。」


「オマエ、キモいんだよ。自覚しろ。」


そう言いながら大笑いするリオナ達にあずみの怒りが爆発した。


「ウルセエ!!ふざけんな!!オマエらこそ黙ってろ。ブスが。」


あずみの威嚇が効いたのか、リオナは忌々し気な顔をしながらも、口を噤んだ。


「皐月。あんな奴ら、気にしなくていいからね。まったく女の風上にも置けない奴らだよ。」


「・・・ありがとう。あずみ。」


こうしていつも自分を守ってくれるあずみにはいつも感謝してる。


あずみとは1年の時からのクラスメートで、私のことを一番わかってくれている。


怒るとちょっと口が悪くなるのが玉に瑕だけど。


私は頼もしい親友の顔を見上げた。


「でも五代君も、もうちょっと気をつけて欲しいよネ。皐月にも立場ってものがあるんだからさ。」


あずみの言葉に私も頷く。


「うん。私からも言ってみる。」


私ははあっと大きなため息をついた。




「だから!学校で私に話しかけないで!」


昼休みの屋上で、私はパックの牛乳をストローで飲みながら柵にもたれる廉に詰め寄った。


「だから、なんで?」


廉は心底不思議そうな顔をして、私の顔をみつめた。


「廉はまだ転入したばかりだから知らないのかもしれないけど!」


私はブレザーの胸ポケットから深緑色の生徒手帳を取り出し、そのページをめくった。


「ほら。ここ。ここ読んでみて。」


「んーなになに?校則第12項、制服は着崩さないこと」


「違う。その次の項。」


「校則第13項、在校中は男女交際を禁止する」


「そう。それ。」


私はその文章が載っているページを指さした。


「これがどうしたの?」


「廉と私が付き合っているなんて噂が立ったら困る。私はクラス委員なんだから。」


「ふん。アホらし。」


廉は生徒手帳を閉じると、私の胸ポケットへねじ込んだ。


「なんで会話してるだけで付き合ってることになるわけ?」


「廉と私は同じクラスでもクラブでもない。接点のない男女が話しているなんておかしいでしょ?」


「別におかしくないだろ。同じ学校の同じ学年なんだから接点大アリだと思うけど。大体校則なんて破るためにあるんだぜ?」


「は、はあ?」


「それに誰もいない屋上でこうして会ってることの方が意味深なんじゃねーの?誰かに見られたらどう説明すんの?それこそ付き合ってるって思われるんじゃね?まあ俺は別にそれでもいいけどさ。」


「・・・・・・。」


「ま、いいや。クラス委員である皐月の立場も考えずに悪かったよ。これからは用事があったらLINEする。それで屋上で落ち合う。それでいい?」


「・・・うん。」


「じゃ、俺先行くわ。一緒に歩いてるとこ見られたくないだろ?」


そう言って背中を向けた廉に私は思わず呼びかけた。


「廉!」


男女交際禁止の校則を聞いても顔色ひとつ変えなかった廉。


じゃあ、年上の恋人と歩いていた噂って・・・嘘なの?


「ん?」


廉が一瞬だけ振り向いた。


でも・・・それを聞いてはいけない気がして、その言葉を飲み込んだ。


「ううん。何でもない。なんかごめん。私の都合ばかり言って。」


「いいよ。気にすんな。」


廉は背中を向けたまま、大きく右手をあげてみせた。

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