第7話 初めての共同作業
冬実さんと廉が家族になって1か月経ったある日。
4人で囲む夕食時、いつもと違うぴりついた空気に気付いた。
それが気になって献立のカレーもなんだか味がしない。
その原因は、新婚であるふたりのぎこちない会話にあった。
パパも冬実さんも笑っているけれど、その表情は硬い。
私が廉を見ると、廉も私に目配せしていた。
夕食が終わり、私は当たり前のように廉の部屋を訪れていた。
「今夜のパパと冬実さん、不自然だったよね?」
私はいつものように、廉のベッドに腰かけた。
廉はバスケットボールを手で回しながら、何でもないことのように言った。
「そりゃ、たまには夫婦喧嘩もするだろ。」
「でもまだ結婚して1か月しか経ってないのに。」
「いくら仲の良い恋人同士だって、一緒に暮らすと色々と相手の嫌な部分も見えてくるのさ。」
「ふーん。廉って大人。」
「は?」
「なんか達観してるっていうか。」
「・・・・・・。」
廉が黙ってしまったので、私はあわてて話を元へ戻した。
「ふたりが喧嘩したままだったら嫌だな。私達まで暗く沈んじゃうよ。」
「それはそうだな。」
そのとき、私の中である考えが閃いた。
「ねえ、廉。」
「ん?」
「私達でふたりの為にささやかなウェディングパーティをしてあげない?パパと冬実さん、籍も入れないし結婚式も挙げないでしょ?ふたりには夫婦になったっていう記念が必要だと思うの。」
「ウェディングパーティ・・・か。」
「ね。どう思う?」
「ま、いいんじゃね?」
廉はそう頷くと、バスケットボールを上へ放り投げ、再びキャッチした。
「でも具体的にはなにすんの?」
「うーん。何がいいんだろう。冬実さんの好きなものってなにかわかる?」
「・・・・・・。」
廉は少し考え込み、ポツリとつぶやいた。
「星・・・かな。」
「星・・・?」
「ああ。」
「じゃあケーキを焼いて星の形にデコレーションしようかな。」
私がそう言うと、廉がハッと我に返ったように顔を上げた。
「ごめん。今のナシ。」
「え?」
「やっぱ星の形はやめてくんない?」
「どうして?冬実さん、星が好きなんでしょ?じゃあ星型のペンダントでもプレゼントする?」
「だからやめろって!」
「・・・・・・。」
廉の顔が曇り、暗い影を落とした。
訳がわからなかったけれど、私はただ「ごめん。」と謝ることしか出来なかった。
ふたりで知恵を振り絞って考えた結論は「餃子パーティをやる」というものだった。
廉が餃子を作るのなら得意だと言ったからだ。
日曜日、私達はパパと冬実さんに映画のチケットを渡した。
洋画の甘いラブロマンスもので、映画館の一番良い席を取った。
「私と廉で家事はやっておくから、たまには冬実さんとふたりでお出かけしてきて。」
私がそう言うと、パパは少し驚いた顔をしたあと、冬実さんの背中に手を添えた。
「そうだな。じゃあ冬実さん、お言葉に甘えようか。」
「そうね。廉、皐月ちゃんの邪魔しちゃ駄目よ。」
「わかってるって。さっさと行けよ。」
私達は半ば追い出すようにふたりを見送ると、早速近くのスーパーへ買い物に出掛けた。
日曜日のスーパーは買い出しに来る主婦や家族連れで混雑していた。
廉がカートを押し、私が肉や野菜を吟味する。
「えーと。ひき肉はこれくらいでいいかな?」
「なるべく新鮮なのを選べよ?」
「わかってるって。」
キャベツやニラなど野菜も選び、すべての商品をカゴにいれた私達は、レジに並んだ。
突然、私達の後ろに並んだおばあさんに、背中越しに声を掛けられた。
「あらー。可愛いカップルだこと!新婚さん?」
「いえ!違います。私達は
「そうなの?でもあなたたちお似合いね。さっき買い物している姿を見かけたけど、息もぴったり。」
私はバツの悪い思いで、廉の顔をそっと見た。
廉も照れくさそうな顔で、前髪を触っている。
レジでの清算が終わり、エコバッグに買ったものを詰めていると、廉がボソッと言った。
「新婚は親だっつーの。」
「ね。あのおばあさん、何勘違いしてるんだろ。」
私も気まずさを吹き飛ばすように笑った。
「でも悪い気はしねーな。」
「え?」
廉の言葉に私はどきっとした。
「何でもねーよ。早く帰って準備しようぜ。」
廉がさりげなくエコバッグを自分の肩にかけた。
家に帰ると早速キッチンに立ち、役割分担した。
廉はデニムのエプロンをつけ、私はひよこのアップリケがついたエプロンをつけた。
「エプロンなんてつけるの中学の調理実習以来だな。」
「ふふっ。似合ってるよ。」
廉はキャベツを刻み、私はにらを刻んだ。
豚肉に刻んだ野菜をまぜ、何回も捏ねる。
捏ねるのは力のある廉に任せた。
そして餃子の皮にたねを乗せ、ふたりで丁寧に包んだ。
「廉。手慣れてるね。上手。」
私は廉が大きな手で、器用に素早く餃子のたねを包むのを見て驚いた。
「まあね。母さんが仕事で遅くなったときは、俺がメシ作ってたから。」
「ふーん。廉も意外と苦労してるんだね。てっきり冬実さんに甘やかされて育ったのかと思ってた。」
「苦労ならお互い様だろ?自由な親を持つと、子供は自然と成長するよな。」
「うん。そうだね。」
「チーズ味も作ろうか?」
「いいね!カレー味も。」
そうしてみるみるうちに餃子が完成した。
私と廉は笑い合いながら、作った餃子をフライパンで焼いていった。
勢いよく餃子を入れすぎて、油が私の手にはねた。
「あつっ!」
「大丈夫か?!」
廉は水道の水を勢いよく流すと、私の右手を掴み冷やした。
廉の身体が私に急接近し、その吐息が頬にかかる。
私は思わず顔が赤くなった。
「も、もう大丈夫だからっ。」
「本当か?」
「うん。」
私の手は少しだけ赤く染まった。
廉の優しさがなんだかくすぐったかった。
パパと冬実さんは帰ってくるなり、テーブルに並べられた大量の餃子に目を丸くした。
「おお。美味そう!」
「すごいわ!これ、廉と皐月ちゃんで作ったの?」
「はい!廉君の手際がいいのでびっくりしました。」
私の言葉に冬実さんが目を細めて廉を見た。
廉はそんな母親のまなざしが照れくさいのかそっぽを向いている。
パパと冬実さんが席に着くと、私と廉が立ち上がった。
「パパ。冬実さん。結婚、おめでとうございます。」
「おめでと。」
「ありがとう。皐月。廉君。」
パパと冬実さんが頭を下げた。
「では二人に初めての共同作業を行ってもらいます。」
私は冷蔵庫の中に仕舞っていたホールケーキを二人の前に置いた。
昨夜私が内緒で焼いたチョコレートケーキだった。
廉がブレッドナイフをふたりに渡す。
「はい。ケーキ入刀して?」
パパと冬実さんは顔を見合わせ、二人で柄を持つと、ケーキにナイフの刃を入れた。
「なんだか照れるな。」
「ほんとに。でも嬉しい。なによりも廉と皐月ちゃんがふたりでこれを用意してくれたのが本当に嬉しい。結婚するって決めたとき、一番不安だったのはふたりの事だったから。特に廉は女の子が苦手だし。」
「皐月も男の子には免疫ないから正直ちょっと心配してた。でもふたりの仲が良さそうで安心した。」
私と廉は顔を見合わせ、小さく微笑んだ。
「このパーティは廉と皐月ちゃんの初めての共同作業ね。」
冬実さんがふふふっと口に手を当てた。
「ねえ。パパと冬実さん、喧嘩してたでしょ。もう仲直りした?」
「ああ。」
「ね?」
パパと冬実さんが同時に言った。
きっとふたりの中でなにかが解決したんだろう。
それはきっとふたりにしか判らないことで、深入りして聞くことは野暮だと思った。
「さ、食べようか。せっかくの餃子が冷めちゃうからな。」
私達4人は席に座り、大皿に乗せられた餃子に箸を伸ばした。
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