第3話 父の再婚
パパから大事な話がある、と告げられたのは昨夜の夕食時のことだった。
パパと私が一緒に食事を取るのは週に3回ほど。
デザイン会社を立ち上げたばかりの頃のパパは、月に数えるほどしか家で夕食を取れなかったけれど、3年経った今では仕事も軌道に乗り、一人で待っている私の為に家で食事を取るように心がけてくれているようだ。
私はパパの顔がいつになく真剣なものであることを感じ、自然と姿勢を正していた。
「なに?大事な話って。」
私の言葉に、パパは少し間を置いたあと、思い切って話し出した。
「皐月・・・お父さん、再婚したいと思ってる。」
「え・・・?」
私はパパの言葉を頭の中で反芻してみた。
「再婚・・・?」
「ああ。」
「パパ。お付き合いしている女性がいたの?」
「まあな。」
「どれくらい前から?」
「うーん。一年くらい前かな。」
私は改めてパパ、一宮圭亮の顔をまじまじとみつめた。
たしかにパパは40代にしては若々しく、お腹も出ていないし白髪もない。
パパと私のママ、一宮律子・・・現在は小南律子、が離婚したのは、私が中学2年生の時だった。
ふたりはどちらに付いて行きたいかを私に選ばせた。
ママは大手出版会社の営業課長として働くバリバリのキャリアウーマン。
気が強く自らの道を突き進む姿は私から見ても格好いい。
加えて家事全般も一通りテキパキとこなす。
比べてパパは少し優柔不断で頼りないところがある。
家事は全く出来ないし、誰かがいないと野垂れ死んでしまいそうだ。
そんなパパが心配だった私は、悩んだ末パパに付いて行くことに決めた。
私の選択にママは「皐月ならそうすると思ってた。」となんの未練もなさそうに笑ってみせた。
しかし両親が離婚したといっても親子の縁が切れるわけではなく、今でもママと月に一度は一緒に食事をする。
母と娘の仲は極めて良好だ。
ふたりの離婚から早3年。
いつかはこんな日がくるかもと覚悟はしていたけれど、これで本当にパパとママの復縁はなくなってしまうのだと思うと悲しくなった。
けれどそんな思いを胸に隠し、私ははしゃいだ声でパパに言った。
「パパったらやだな。そんな女性がいたなら、もっと早くに紹介してくれれば良かったのに。」
「ゴメン。こういうことって娘には話しづらくてさ。」
パパはそう言って目を伏せた。
「どんな人なの?どこで出会ったの?付き合うようになったきっかけは?」
「えーと。一年前に中学の同窓会があったんだ。」
「うん。」
「そこで初恋の人と再会してね。彼女・・・冬実さんっていうんだけど、3年前にダンナさんを事故で亡くされてるんだよ。とても優しくて繊細な女性なんだ。お付き合いを続けていくうちに、彼女を僕が守ってあげたいなって思うようになってね。」
たしかにママは守ってあげたいってタイプじゃないものね。
きっとその冬実さんは、ママと正反対なタイプの儚げな女性なんだろうな。
そう思うと少し複雑な気持ちになった。
「モチロン美人なんでしょ?パパは面食いだもんね。」
「まあ・・・僕は綺麗な人だと思ってるよ。」
パパは照れくさそうな顔で頬を掻いた。
「僕の再婚について皐月はどう思う?」
「・・・・・・。」
「皐月が反対なら僕は再婚しない。何よりも娘である皐月が僕にとっては一番大切だから。」
その言葉だけで充分だった。
私はにっこりと微笑んだ。
「私は賛成よ。パパが幸せになることに反対なんてする筈ないじゃない。パパは私のことなんて気にしなくていいの!」
「皐月・・・ありがとう。」
パパの顔が安心したように和らいだ。
「実は・・・もうひとつ言っておかなければならないことがあって・・・」
「なあに?この際隠し事はナシだよ?」
「冬実さんには息子さんがいるんだ。」
「息子・・・?!」
「ああ。皐月より少し年下の・・・男の子なんだけど。」
「え?私に義弟が出来るの?!どんな子なの?」
弟という言葉に胸が躍った。
一人っ子の私は、密かに兄弟のいる友達をずっと羨ましく思っていたのだ。
「名前はレン君って言ってね。ちょっとヤンチャ坊主だけど、母親思いの優しい子だよ。」
私はヤンチャ坊主という言葉のイメージから、膝小僧に絆創膏を貼って、ランドセルを背負っている小学生男子を頭に思い描いた。
「レン君・・・か。」
「どうだろう。今更兄弟なんて欲しくないかな?」
パパが困った時にする表情をした。
「ううん。相手は男の子だしちょっと不安もあるけど、大丈夫だと思う。」
「皐月がそう言ってくれると僕も嬉しい。」
「まかせて。私、きっといいお姉ちゃんになってみせるから。」
また空気を読んで、こんな大風呂敷をひいてしまった。
でもパパの幸せを私の一存で壊したくない。
「向こうは早くに父親を亡くしているし、男の子だから色々と大変かもしれないけど、仲良くしてやって欲しい。」
「うん。」
「来週の日曜日に冬実さんとそのレンくんがウチに顔合わせにくるから予定を開けといてくれないかな。」
「わかった。」
夕飯の片づけが終わり部屋に戻った私は、宿題をするために机に向かった。
けれどまだ見ぬレン君の事を考えてしまい頬が緩んだ。
レンくんはどんな食べ物が好きなの?
美味しいケーキ?チョコレート?
それとも手作りハンバーグ?
今どきの男の子ってどんな遊びをするの?
やっぱりゲームとか?
私もマリオカートなら得意なんだけど。
一緒に勝負してあげたら喜ぶかな。
亡きお父さんの代わりに、私がレン君を守ってあげるからね。
私はまだ見ぬ義弟レン君とのあれこれを夢想してふふふと笑い、再び数学の問題を解き始めた。
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