第4話 新しい家族

パパの奥さんとなる女性、冬実さんとその息子レンくんが家にくる日曜日がやってきた。


私は手作りのチーズケーキと紅茶を用意しながら、レン君が訪れるのをドキドキしながら待っていた。


「随分張り切ってるなあ。」


パパに冷やかされ、私は満面の笑みを浮かべた。


「だって可愛いレン君と初めて会うのよ?最高のおもてなしをしなきゃ。」


「まるで皐月とレンくんのお見合いみたいだな。」


そう苦笑するパパを横目に、私はレン君が訪れるのを待ち続けた。


リビングの鳩時計の針が2時を指してすぐにチャイムが鳴った。


「パパ。私が出る!」


私はパパの行く手を遮り、元気よく玄関の扉を開けた。


扉の外にはグレーのワンピースに髪をアップにした美しい女性が立っていた。


「初めまして。五代冬実と申します。」


「あ・・・初めまして。どうぞ、中へお入り下さい・・・」


あ・・・れ?


レンくんは?


私が思い描いていた小さな男の子の姿はどこにも見当たらなかった。


しかも今・・・「五代」って聞こえたような気がしたんだけど・・・。


冬実さんの後ろに立っているのは、背が高くて私と同じくらいの歳の、どこかで見たような・・・?


「ほら廉。あんたもご挨拶しなさい。」


冬実さんに促され、五代廉は首だけをこくりと下に向けた。


「どうも。」


「!!」


五代君が・・・五代君が・・・私の義弟?!


「皐月。玄関口で何してるんだ?早く家に上がってもらいなさい。」


呆然とする私の耳に、パパのノンキな声が聞こえてきた。





「冬実さん。改めて紹介するよ。僕の一人娘、皐月です。」


「初めまして。皐月です。よろしくお願いします。」


驚愕の事実をまだ受け入れられない私だったけれど、精一杯愛想良く笑顔を振りまきながら、冬実さんに向かって挨拶した。


私の目の前には義弟となる五代君がすまし顔で座っている。


そして時たま私の方をじっとみつめ、口元だけで笑ってみせた。


な、なんなの・・・?


その笑みは威嚇?


それとも友好の証?


私もまた引きつった笑みを浮かべる。


それにしても、まさか五代君が私の義弟になるなんて。


こんなことならもう少し考えれば良かった。


でも・・・。


私は隣に座るパパの幸せそうな笑顔を眺めた。


パパのこんな顔を見せられたら、今更再婚に反対なんて言えっこない。


「皐月ちゃん。このチーズケーキ、皐月ちゃんの手作りなのね。私、お菓子作りはあまり得意じゃないから、今度一緒に作らない?色々教えて欲しいわ。」


「はい!喜んで。」


私はにっこりと冬実さんに向かって微笑んだ。


「ククッ・・・居酒屋の店員みてえ。」


そうぼそりとつぶやき、忍び笑いする五代君をじろりと睨み、無視を決め込む。


「廉!皐月ちゃんに失礼なこと言わないで頂戴。」


冬実さんがそう窘めると、五代君は肩をすくめた。


冬実さんはおっとりとした口調で話す、品が良く優しそうな女性だった。


冬実さんに対してはなんの不満も不安もなかった。


きっと家族になっても問題なくやっていけるだろう。


問題は、義弟となる五代君だった。


はたして私は、五代廉という同い年の男子と、家族として上手くやっていけるのだろうか?


「廉。このチーズケーキ、美味しいわよ?頂きなさいよ。」


「そうだよ。皐月が廉君の為に気合を入れて作った力作なんだ。遠慮せずに食べて、食べて。」


冬実さんとパパの言葉に五代君はフォークを手にした。


「・・・・・・。」


五代君は無言でチーズケーキにフォークを刺すと、たった3口でそのチーズケーキを食べ終えた。


「廉。皐月ちゃんが作ったチーズケーキ、美味しいでしょ?」


冬実さんの問いかけに五代君は「まあ、手作りにしては。」と偉そうに言った。


はあ?!


別にあんたに食べてもらう為に作ったわけじゃないし!


しかしここで大人げない態度を取るわけにはいかない。


義姉としての余裕を見せなければ。


「五代・・・廉君に全部食べてもらえて良かったです。廉君は味の好みにこだわりがありそうだから。」


私は先日の件を思い出し、嫌味をこめてそう言った。


すると五代君も先日の件を持ち出してきた。


「皐月さんにはこの前、クッキーを貰って・・・それも美味かったっす。」


「ちがっ・・・あれは、野乃子が・・・。」


「今更、嘘つかなくてもいいじゃん?」


「・・・・・・。」


「あら。もうふたりはそんなに仲良しなの?」


パパと冬実さんはニコニコしながら私と五代君を交互に見た。




「しかし皐月の通う、美しの丘学園に編入出来たなんて、廉君はそうとう優秀なんだな。あの学園は結構偏差値の高い学園なんだよ?」


パパの言葉に五代君は何でもないことのように言った。


「別に。大して難しい試験でもなかったので。」


「・・・・・・。」


どうやら五代君はイケメンでスポーツが出来るだけではなく、成績も優秀らしい。


私は五代君の顔を改めてみつめた。


少し吊り上がった奥二重のクールな瞳、そのくせ笑うと甘く爽やかな少年の顔になる。


新しい家族との初めての顔合わせだというのに、白いTシャツの上にチェックの半袖シャツを羽織り、ジーパンというラフな格好。


スタイル抜群の身体にそのファッションは良く似合っていて、おろしたての紺色のワンピースを着た自分の格式ばった服が馬鹿らしくなる。


・・・まあ、ルックスだけ見れば女子が騒ぐのも分からないでもないけど。


しかし正直、女子人気の高い五代君は、私にとって一番関わり合いたくない人間だ。


この人と一緒にいると、なにかと注目の的になってしまう。


私は出来るだけ学校生活を静かに穏やかに過ごしたい。


でも・・・これみよがしに五代君と距離を置いていたらパパと冬実さんが心配する。


なんとか、バランスを取って上手くやっていかなきゃ。


パパと冬実さんが席を外すと、五代君が私を見てにやりと笑った。


「なんか、思ってたのと違う・・・って顔してるけど?」


「そ、そんなことないわよ。」


「俺のこと、どう聞いてた?」


「弟だって・・・年下だって言うから、わたしてっきり・・・」


「もっと幼いガキだと思ってた?」


私は小さく頷いた。


「でも年下なのはホントだぜ?あんたは5月生まれ、俺は8月生まれ。3か月違いの皐月お義姉さん。これからヨロシク。」


「よしてよ。お義姉さんなんてあなたに言われたくない。皐月、でいい。」


「じゃ、俺も廉で。家族なのに五代君じゃよそよそしいだろ?」


廉が差し出した右手を見て、私も仕方なく右手を差し出し、義姉弟としての握手を交わした。


「でも、このこと知っていたなら、もっと早くに教えてくれればよかったのに。」


「サプライズの方が面白いかと思ってさ。案の定、俺を見た時の皐月の唖然とした顔・・・あははっ!忘れらんねーな。」


「・・・爽やかそうに見えるのに、けっこう性格悪いのね。」


「あれ?今頃気付いた?」


「・・・・・・。」


私が睨んでも、廉はどこ吹く風といった様子。


こんなことでもなかったら、多分一生交わらなかった相手が義弟になる。


なんだかとても複雑な気持ちだった。





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