第12話 本当のことが知りたい

花曇りの日曜日の午後、私は深く黒いキャップを被りショルダーバッグを持って外出する廉の後をつけることにした。


廉は白いTシャツにGパンという気負わない普段着で、誰にも何も言わずふらっと家を出て行った。


私はいつもだったら着ないような黄色い派手なTシャツにめったに履かないオーバーオールを身につけて変装しそっと家を出た。


髪型はツインテール、そして丸ブチの伊達眼鏡。


この恰好なら絶対に廉に気付かれない自信がある。


昨夜の夕食時、廉の元に電話の着信があった。


廉はあわてて席を外し、別の部屋でその電話の対応をしていた。


戻って来た廉の表情を見て、私はその電話の相手が先日の女性からだとすぐにわかった。


廉のその少し疲れたような顔・・・それは年上女性との恋に浮かれる男の顔ではないように思えた。


尾行してなにかが判るとは思えない。


仮に判ったとしてもそれから自分がどうしたいのかも、何が出来るのかも判らない。


ただ湧き上がる衝動に身を任せて、こんな真似をしている自分に自分自身が一番驚いていた。


廉は私の尾行に気付かないまま、バス通りを迷いなくまっすぐに歩く。


駅前の繁華街を目指しているのは明らかだった。


街の中心部であるその繁華街は、映画館、ショッピングモール、カラオケ屋に各種飲食店がずらりと揃っている。


だから大人はもちろん学生も遊ぶときはもっぱらここを利用する。


こんな人の目があるところで待ち合わせなどしたら、誰に見られてもおかしくない。


廉もそれはよくわかっているのだろう。


廉はさりげなく小綺麗なビジネスホテルの中へ入っていった。


学生が入るにはまだ少し早いと思われる、そのビジネスホテルのロビーにしつあえられた革張りのソファで、廉は私の知らない誰かを待っている。


私はそのホテルの真向いにあるファミレスの窓から、廉の様子を眺めていた。


廉は背を丸くして両手を組み、ただ一点だけをみつめている。


その姿はまるで疲れたサラリーマンみたいで痛々しかった。


ふいに廉に近づくサングラスをかけた女性が視界に入った。


真っ直ぐなロングの黒髪に白い肌、スレンダーな身体を黒いワンピースで包んでいるその女性は20代後半くらいに見えた。


女性が廉の肩に手を添えなにかを話しかけると、廉もすぐに立ち上がった。


廉の方が女性より頭一つ大きく、二人の後姿がロビーの奥にあるエレベーターの方へと消えていった。


廉の噂は事実だった、ということを自分の目で確認した私は、オレンジジュースの入ったグラスをただみつめ、大きく息を吐いた。


男と女がホテルの部屋でなにをするかが判らないほど、もう私は子供じゃない。


頭が真っ白になった私はそれ以降の意識が途切れ、ただ呆然としたまま時間が過ぎていった。


気が付くと窓の外から見える景色は、いつのまにか夕暮れを映しだしていた。


街で遊びに興じた人々も、もう家路につく時間だ。


ふと我に返り、心で自嘲する。


私はいったいなにをしているのだろう。


こんなところでコソコソと、人のプライバシーを覗いたりして。


廉が校則を破っていることを糾弾したいわけじゃない。


廉のことを義姉として心配だという気持ちも嘘じゃない。


ただそれだけじゃなく・・・どうしようもないくらい胸が痛いのは何故だろう。


「・・・もう帰ろう。」


そう席を立ちかけた時だった。


ホテルのエントランスから廉が出てくるのが見えた。


私はあわてて席を立ち、レジで会計を済ますとファミレスを出た。


一緒にホテルから出てくるのは躊躇われるのだろう。


廉がホテルから遠ざかっていく背中をみつめていると、しばらくして今度は廉と一緒にいた女性がホテルから出て来た。


ヒールの音をコツコツと響かせながら、女性が駅の方へ向かって歩いて行く。


私はなんの考えもなく、女性の背中を追った。


女性は途中コンビニで買い物をし、再び駅へ向かう。


駅に近づくにつれ行きかう人が増え、尾行しづらくなり、つい近づきすぎてしまったのがいけなかったのかもしれない。


女性は改札を抜けようとしたところをくるりと回れ右をし、今来た道を戻っていく。


そして柱の影に隠れていた私の目の前に立ち、サングラスを外してみせた。


初めて真正面から見たその女性の顔は、美しさとともに歪ななにかを感じさせた。


女性の強い視線を受け戸惑う私の耳に、冷たく低い声が響いた。


「あなた、誰?」


「・・・・・・。」


押し黙る私に女性はイライラした口調で言い募った。


「私のこと、つけてきたのよね?」


「・・・はい。」


私は観念してそう頷いた。


女性は私を頭の先からつま先まで眺め、鼻で息をした。


「興信所の人間にしては若すぎるし、一体誰よ。私に何か用があるわけ?」


私は意を決して告げた。


「私は五代廉の・・・家族です。」


女性はプッと吹き出して笑った。


「廉の家族?何それ。変なこというのやめてよ。あなた妄想癖があるんじゃないの?あ、もしかして廉のストーカー?廉と同じ学校の子?廉、イケメンだし、あなたみたいな頭のおかしいファンがいても不思議じゃないものね。」


「本当です!家族になったのはつい最近ですけど・・・。」


「じゃあ廉の両親の名前、言ってみなさいよ。家族ならわかるはずよね?」


私は間髪入れずに言った。


「廉のご両親の名前は誠一郎さんと冬実さんです。」


「・・・・・・。」


「そして冬実さんは私の父である一宮圭亮と今年の春再婚して・・・現在私の義母です。」


その言葉に女性が大きな衝撃を受けているのが判った。


女性は大きく目を見開き、私の顔を穴があくほどみつめた後、ぽつんとつぶやいた。


「じゃあ・・・あの女、再婚したの?」


この女性は冬実さんを知っている?


「冬実さんが再婚したのは、誠一郎さんが亡くなったからで」


「そんなこと私が一番よく知ってるわよ!」


女性は泣きそうな声でそう叫び、その声に周りを歩く通行人が何人か振り返る。


私の言葉が本当だと信じた女性は、さきほどまでの馬鹿にした様子からは打って変わり、真面目な目で私を見て言った。


「ねえ。どこかで少し話さない?」





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