そして『あれ』になった

 すっかり遅くなってしまったな。安達さんはもう寝たのだろうか?

 久しぶりに充実して仕事に打ち込んだような気がした。

 たかがお昼に弁当を作って貰っただけなのに、温もりを感じてしまう。

 いや、彼女は仕事でしたのだろうが、私は嬉しかったのだ。

 昼休みを待ち遠しいと感じたのはいつ以来だろうか。

 こんなに夜遅くの帰宅でも、夜ご飯はやはり作っているのだろうか?

 私は小走りで家に向かう。

 ん?電気が点いている?安達さんはまだ起きているのか?

 流石に申し訳無いから、先に休んで下さいとは電話で言ったのだが……プロのハウスキーパーとは、そういう物なのか?

 家に入る。

「お疲れ様です。先に休んで戴いても全然構わなかったのですが、いや、ありがとうと言うのが先でした」

 台所に向かって話すも、返事は無い。

 寝ているのか?

 いや、何やら視線を感じる……

 私は緊張感を持って、台所に歩き出した。

 台所には、夕飯の支度がしてあった。

 ご飯に味噌汁に肉、それにとろろ芋にウナギ?

 いや、構わないのだが、何か違和感が……

 ともあれ、安達さんが就寝しているかもしれないと思い、静かに食した。

 不味くは無い。不味くは無いが……全体的に濃口だ。

 朝ご飯はさっぱりしていて旨かったし、弁当もバランスがちゃんと取れていて、旨かった。

 しかし、この晩飯は、野菜は無い。とろろ芋が野菜と言うなら、それだけだ。

 しかも、以前食べたような味付け……

 食べている間、ずっと視線を感じる。

 周りを見るも、姿は無い。

 おかしい……何かおかしい……

 私は肉を残して食器を片付けた。

 食器を洗っている最中に、果物ナイフをスーツの内ポケットに忍ばせる。

 何故かこうしなければいけないような気がしたからだ。

 しかし、今日は暑かった。

 汗を掻いたのでシャワーくらい浴びたいと思い、風呂場に向かう。

 そして果物ナイフを内ポケットに忍ばせたのは、誰かが私に警告したのだと風呂場にて確信した。

「うっ!?」

 風呂場には安達さんが大量の血を流し、横たわっていたからだ。

 胃からさっき食べた物が込み上げてくる。

「げぇっ!げぇぇぇ!ごほっ!!」

 嘔吐した私だが、直ぐ様風呂場を閉めて、携帯を取り出す。

「け、警察……!!警察を呼ばなくては……!!」

 焦る私。携帯のボタンをなかなか押せないでいた。


 カチャカチャ……ジャーッ……カチャカチャカチャ………


 台所から、食器を洗う音がした。

 脅えたが、しかし、反射的に台所をコッソリと覗く。


 す!鈴木!!


 台所では何食わぬ顔で食器を洗っている鈴木がいた。

 すぐに理解した。鈴木が安達さんを殺したのだ。

 そして、声を殺して覗く……

「信之助さん♪またお肉残したのね♪全くもぅ……」

 そこまで言うと、いきなり首をグリンと私の方に向けてこう言った。

「沢山精力つけなきゃ、この前のように愛し合えないよっ♪」


 私と鈴木はそこで目が合った………!!


「うわああああああああああああああああ!!」

 玄関に向かって駆け出した。

 この女!ストーカーや窃盗、そして私を強姦しただけじゃ飽き足らず、殺人まで犯した!!

 狂っている!!怖い!怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 正にほうぼうの体の状態だったが、何とか玄関に辿り着く。

「はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!はっ!」

 ドアノブをガチャガチャと回すも、開かない。

「なっ、何で!?」

「鍵壊したもの♪開かないよっ♪」

 背後から鈴木が私に声をかけた。

「うわああああああああああ!!!」

 鈴木を力いっぱい押し退けて、階段を掛け上がる。

「いったぁい……んもぅ、信之助さんたら、もうベッドに行くの?せっかちさんねぇ♪」

 鈴木が訳の解らない事を言っていたが、聞く事も無く、寝室に駆け込み、ドアをベッドで押さえ付けた。

「はぁはぁはぁはぁ…………っはぁ……!!」

 しかし安心している場合では無い。警察に連絡をするべく、携帯を探す。

「え!?無い?無い!無いぞ!!……はっ!!」

 思い出した。携帯は風呂場に置きっぱなしだった事を。

 警察に連絡が付けられない。絶望的な状況だ。

 どうする?

 ポケットの中をさぐる。

 ちっぽけな果物ナイフ……内ポケットに忍ばせておいたナイフだ。

 これで何とか……しかし、あの女、私が片付けた食器を再び洗うとは、意味が解らない。些細な行動すら恐怖に変える……

 私は果物ナイフを握り締め、ベッドを盾として、いつでも襲いかかれるよう、身構えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 信之助さんたら♪私のご飯をまた残して……

 私は信之助さんが肉を棄てるのを見た。食器も洗っていた。

 あのお皿は私が洗うのに……

 信之助さんに洗われた食器が、妙に憎たらしく思えてきて仕方がない。

 食器を洗い終えた信之助さんはどうやらお風呂に入るらしい。

 安達のババァが死んでいるのを見たら、信之助さんはどう思うかな♪

 やっぱり、ババァが居なくなって良かった。と思うに違いないよね♪

 私は信之助さんに洗って貰った食器を、再び自分で洗う事にした。

 だって、たかが食器が大事にされているのなんて、耐えられないでしょ?

 信之助さんに大切にして貰えるのは、私一人だけなんだからね♪

 あ、今お風呂から声にならない声が聞こえてきたわ。

 きっと、ビックリしちゃったのね。可哀想……

 これも安達のババァがでしゃばってきたからよ。

 私は信之助さんをなだめるべく、お風呂場に向かったわ。

 信之助さんたら……アワアワしていて可愛い♪

 私は背後から、優しく…優しく信之助さんに話かけたの……

 信之助さんは私を見るなり、玄関へ走っていったわ。

 タバコでも買いに行くのかしら?ドアなんか開かないようにしたのにね。

 だって、私と信之助さんの時間を、もし来客があったら邪魔されちゃうでしょ?居留守を使う事に決めちゃった♪アハ♪♪

 私は信之助さんに『ドアは開かない』と説明したら、信之助さんは二階の寝室へ駆け上がって行っちゃった。

 成程成程。早く私を抱きたいのねぇ♪少しせっかちさんだけど……

 いいの!私も早く抱かれたいから♪

 私は服を脱ぎ捨て、全裸になって寝室へと向かいました♪

 若くてグラマラスな私……この身体は信之助さん……あなただけの物よ……

 だから、信之助さんの全てを私に頂戴………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ベッドでバリケードを作っているとは言え、あの女の事だ。確実に寝室は来るだろう。

 息を殺しながら鈴木を待つ。


 ガチャガチャガチャ


 来た……と緊張する。寝室のドアノブが回っている…執拗に……!!

「信之助さん?どうしたの?開けてよ!」

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!

 私は恐怖のあまりにあらん限の声を張り上げた。

「次は私を殺すのか!!醜い化け物め!!貴様なんぞに殺されてたまるかああああああ!!!」

「殺す?なぜ私が信之助さんを殺すの?私達愛し合っているじゃない!」

 鈴木がドア越しに訳の解らない事を言った。

「あの夜、私の中に、信之助さんがいっぱい出してくれたじゃない!」

 この女に強姦された事を改めて思い出してしまう……!!

「黙れ!貴様は犯罪者だ!必ず警察に突き出してやる!!」

 私はちっぽけな果物ナイフを握り締め、ドアの向こうの犯罪者に宣戦布告をした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 犯罪者……?私が?警察に突き出すって……

 私は頭が真っ白になった……

 今まで私を騙していたの……?

 裏切られたショックが私の胸を支配する。

「開けてよ…開けて…開けてよ!開けて!開けろ!!開けろよ!!開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろおおおおおおおおおおおお!!!!」

 私は信之助さんと、兎に角お話がしたくて、何度も何度もドアをガチャガチャしたわ。

「狂っているのか!!開けたかったら自分で何とかしてみろ!!」

 信之助さんがドア越しに挑発をしてきた?

 私は暫し考える………

 そしてピンと来た!!

 これは放置プレイってヤツね?

 んもう、信之助さんたらドSなんだから♪焦らして焦らして……性的興奮を求めているのね♪

 じゃあ、私のする事はただ一つ。

 ドアの向こうの信之助さんに逢いに行く事だわ♪

 信之助さんの性的欲求を満たしてあげなくちゃ。何とか寝室に向かわなくちゃね♪

 勿論、普通に寝室には行かないわ♪

 あの晩、信之助さんと一つになった寝室への侵入経路、そう!窓から寝室に入るの!!

 私は隣の部屋に行きました。

 窓から寝室の窓へ……小さい手摺が私達の愛の架け橋よっ♪

 私は慎重に、慎重に手摺の上を辿る……

 窓の鍵は……良かった、開いている!!

 中の様子を伺うと、信之助さんたらベッドをひっくり返して、ジーッと寝室のドアを見ていたわ♪

 あそこから、私が来るのを待っているのかしら♪

 でも、サプライズは私が演出するの♪

 私は勢い良く、寝室の窓を開けて寝室へなだれ込みました♪

「うわああああああああああああ!!!!!?」

 信之助さんは背後から現れた私に喜び、大きな声で叫んでいたの♪

 そんな信之助さんを私は薄く微笑んで見せたの♪

 良く解らないけど、信之助さんは口をパクパクさせながら、真っ青になって私を見ていたわ♪

 変なの♪

 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス…………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「うわああああああああああああ!!!!!?」

 窓から鈴木が飛び込んで来た!?流石に予想外だった!!

 驚いて声も出す事も儘ならない、いや、叫ぶ事しか出来ない私に、歪んだ笑いを向ける鈴木。

「信之助さん……そんなに嬉しい?」

 ジリジリと私に近づいてくる鈴木。私はしっかりと果物ナイフを握り締めた。

「お前は……やはり狂っている!!」

 どうせ逃げ場は無い。自ら塞いだようなものだ。助かる方法はただ一つ。

 この狂気のハウスキーパー……鈴木を、私が殺す事だ!!

 躊躇うな!!殺さなければ殺される!!

 ありったけの勇気を……いや、人を殺す覚悟を持て!!

 鈴木は殺せ!殺せ!殺すんだ!!

 誰かが私の頭に囁いているように感じた。

 自分に言い聞かせている筈なのに、私じゃない、誰かが鈴木を殺せと命じている?

 そんな事を考えている間に。全裸の鈴木の手が、私の頬を撫でた!!

 もう、こんな近くまで……!!

 身体が硬直したように、固まって動けないでいる。

 鈴木の顔が徐々に私の顔に近づいている!!

「そんなに緊張して……可愛い♪」

 鈴木の両腕が私の肩に絡み付いて来た。

 鈴木の顔……唇が、私の唇に向かって伸びてくる……!!

 私は目を開いて、いや、瞳孔が開きっぱなしと表現した方が正しいか?

 とにかく、蛇に睨まれた蛙の如く、鈴木の唇を迎えようとしていた………


――やく――


 え?やはり誰かが私に何かを言っている?


――はやく――


 はやく?早く?何だ?


――殺せ――


 私の脳に語りかける誰かに導かれ―

 私は握りしめていた果物ナイフを――

 鈴木の鳩尾辺りに……

 突き刺した。


「………え?」


 鈴木は自分の腹部を見ている。

「いや……いやあああああああああああああああああああああああ!!!」

 鈴木が絶叫する。

「何で?どうして?どうしてよ!?」


――殺せ――


 鈴木が軽く後退りしている最中、再び私の脳に語りかける誰か。 


――殺せ!!殺さなければ、お前が死ぬ!!とどめを刺してやれ!!早く!早くとどめを!早く早く早く!!

 私は誰かの指示通り鈴木の首に果物ナイフを突き刺した……

 鈴木の喉から、噴水のように血が吹き出る。

「ヒュー……ヒュー……ヒュー……」

 声を発しようとしている鈴木。しかし喉が損傷しているので、言葉が出ていなかった。

「ヒュー……!!がはっ!!ヒューヒュー……!!ごぼぼっ!!」

 鈴木は凄まじい形相で、いや、目は私の方を見ていないような感じだが、何かを言っているようだ。しかし私には解らない。

 やがて鈴木は、目を見開きながらその動きを止めた。

 私はこの時、正当防衛とは言え、殺人を犯した自分、いや……殺人を『仕向けられた』自分がこれからどうなるのか、およその予測を付けていた。


 私はいずれ鈴木に殺されるだろう……と……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 はははは……

 遂に鈴木が死んだか。私を殺した報いだよ。ハッハッハッハッ!!

 私は鈴木が殺される様を三島氏の後ろから笑いながら見ていた。

 鈴木が私に気が付いた時、ヒューヒューと言葉になっていないが、私にはハッキリと聞こえた。

「ヒューヒュー……高野!!あなたヒューヒュー!!私が殺した筈じゃ?ヒューヒューヒューヒュー……!!」

――貴様を呪うと言っただろう?

 私は笑いながら鈴木に言い放った。

 鈴木の喉から大量に血が吹き出ている。私は薄笑いを浮かべながら、鈴木が息絶えるまでそれを見ている事にした。

――まだくたばらないのかよ?

 自分でもハッキリと解るように、冷徹に笑っていた。

 鈴木を殺してから、この世の恨みを晴らしてからでないと、こころよく旅立てないと思っていた。

 鈴木はヒューヒューと喉から息を出し、しかし、ハッキリと解るように、私に向けて言っている。

「ヒューヒュー………高野…さん…ヒューヒュー……ヒューヒュー……待っててね…ヒューヒュー…私が……ヒューヒュー……また殺してあげるから」

 私の口元が薄笑いをやめた。鈴木は、私の方を見て、その呼吸を止めたからだ。

 鈴木は死んだ。私は、自分の怨み、いや、この犯罪者から、これから生きて行くであろう人々を守ったのだ。これは正義の行いなのだ。

 私はそう思う事にした。


――暗い………

 愛する信之助さん………いや、高野の逆恨みにより、死んでしまったのは理解出来た。

 目の前にある喉から血を吹き出し、動かなくなっている私を冷めた目で見ている……………

 私は私でなくなったのは、事実だ。

 私は天国に旅立たねばならない………

 その前に……………


 高野…………


 もう一度殺してあげなきゃね………♪


 私は高野を捜す………

 高野と私は今、同じ………

 私を殺した怨みより、愛しく思えるのは何故………?

 高野は比較的簡単に発見出来た。

 私の動かなくなった身体を見て、薄く笑っている………

 そんなに私が好きなの………?

 だったら………

 いつまでも私の傍に居なさい…………

 私は薄く笑っている高野に覆い被さった。

――鈴木!?貴様!!

 高野は苦悶している顔で私を見た。

――やめろ!死んでも私を繋ぎ止めようとするな!無駄な事はやめろ!意味の無い事はするな!やめろ!!やめてくれ!!鈴木!!頼む!鈴木!!ァアァアアアァァア!!!

 

 ………………………

 

 私は高野と一緒になった。

 何か今までに感じた事の無い幸福感でいっぱいになった。

 こんなに幸福を感じるのならば………信之助さんと一つになったら、どれ程幸福になるのだろうか?

 私は信之助さんも私の傍に連れてくるように決めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 警察を呼んだ。正当防衛が適用となるのは明白だ。

 警察から聞いた話だが、鈴木は私の家に来る前に、ハウスキーパー斡旋会社の高野マネージャーを殺害したらしい。

 私の家に侵入後、同じハウスキーパーの安達さんをも殺害した。

 安達さんの死体は風呂場の浴槽にそのまま放置。現場検証が終わってから遺体を引き取ると言う。

 安達さんの遺体の第一発見者が私だ。第一発見者は疑われると聞く。通常では私が疑われるのだろうが、その心配もなさそうだ。

 何はともあれ、この家で殺人事件があった事は事実。

 愛しき妻が旅立つ前、共に暮らしてきたこの家で。

 思い出が沢山詰まっているこの家を出る決意を固める時間は、以外と短かった。

 落ちついたら、この家を売却して出て行こう。

 妻の遺影と仏壇。それだけ持って出て行こう。

 しつこい警察の質問の合間、この家を出る事ばかりを考えていた。

 兎に角、現場検証やら何やらで、今日はどこかのホテルで就寝する事になったが、とても眠れそうにはなかった。

 

 警察が用意したホテルに到着した私は、上着を脱ぎ捨て、そのままベッドへと倒れ込む。

 …………ちくしょう…………!!

 如何なる理由があろうとも、人を殺した事実が、心を罪悪感で一杯にする。

 あのハウスキーパーを殺害したのは仕方が無かったのだ。

 殺らなければ殺られる。

 しかし、どんなに自分を正当化しようとも、人殺しの事実が容赦無く、私の心を掻き毟る。


 チュンチュン………チュンチュン…


 スズメの鳴き声で気が付いた。外は明るさを増していた。

 もうこんな時間かとベッドから起き上がる。当然ではあるが、一睡もしていない。眠れないのは解っていた事だから、特には気にしていない。

 もう少ししたら、着替えだけでも取りに、あの家に行こうか。

 私は備え付けてある冷蔵庫からブラックの缶コーヒーを一つ取り出し、それを一気に飲み干した。


 早朝ではあったが、私はあの家に一時帰宅をした。

 警察によって封鎖されているとは言え、勝手知ったる我が家。侵入経路は熟知している。

「……どうかしている!!入れないのは知っているだろう!!」

 いつもの私ならば、警察の指示に従い、勝手に行動するような事はしないと思う。

 しかし、何故か私はこの家に早く行かなければならなかったような気がしたのだ。

 流石に事件直後だから、冷静な判断力を欠いているのか?

 家に入る。

 着替えは……

 脚が何故か2階に向かう……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――来たわ――

 私は信之助さんを私達の家に呼んだ。

 だってそうでしょう?

 愛し合う者同士、いつまでも……いつまでも一緒に居なきゃおかしいものね?

 さぁ、早く私達の寝室のドアを開けるのよ……そこで私達は今度こそ……今度こそ永遠に一つになるのだから……

 私は微笑みながら……

 信之助さんの足音を聞きながら……

 ゆっくりと手招きしていたの………………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 寝室のドアの前に来た。

 何だろうか?この誰かに招かれている感覚は?

 背筋から冷たい汗が流れ出る。

 このドアを………開けるのか?

 私は私に向かって問うている。

 開けるな………開けてはいけない………!

 しかし私の右腕は、ドアノブをしっかりと掴んでいる。

 駄目だ!!開けてはいけない!!

 私は自分を止めようとしている……

 開けるな……駄目だ!駄目だ!開けるな!!開けるな!!開けるな開けるな開けるな開けるな開けるな開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて早く開けてぇぇぇえええ!!!

 私の思考が、いつしか誰かの思考に奪われているような感覚になり……

 ドアノブを回し……

 寝室を開けた……

 まばたきすらしていなかったのか、目が乾いているのが解る。

 寝室は……私が殺したハウスキーパーの血で赤黒く染まっていた。

「……何も無いか……あの感覚は気のせいだったか?全くどうかしている……」

 何故か安堵した。

 その時……

 私は私に向かって放たれている、強烈な視線を感じた……

 心臓が激しく鼓動している。

 真っ暗な部屋を凝視している私は違和感に気が付いた。

 真っ暗?

 そうだ……今は早朝…カーテンを閉じているこの部屋でも、こんなに真っ暗なのは有り得ない。

 自分にうながす。

 引き返せ!!ここにいてはいけない!!

 しかし、私の足は、床にへばりついた様に動かなかった。

 その時だ。窓から強烈な視線を感じたのは。

 駄目だ!!見てはいけない!!そちらに目をやったら……!!

 しかし私は窓を見てしまった。

 カーテンの隙間から……

 誰かが私を見ていた。

 目が合ったのだ。

 私は、その目をまばたきもせずに凝視した。

 身体中から汗が大量に出ている。

 その目はだんだんと人の形となり、私の方に近づいている………!!

 身体中が震えている。

 逃げたい!!早くここから出て行きたい!!

 そう思いながらも私は人の形を凝視していた。

 

 …………ヒューヒュー……ヒューヒューヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒューヒューヒュー……ゴボボッ……


 人の形をした物が、笛を吹いているような音を出して、私の目の前まで迫って来る。

 恐怖で一杯になりながらも、『それ』から目が放せなかった。

『それ』は喉から血を吹き出し、時折咳き込みながら、私の目の前に立った。

「はっ!ハハハ!!ハウスキーパー!!」

『それ』は私が先程殺したハウスキーパーの鈴木……!!


 ……ヒューヒュー……一緒に……ヒューヒューヒューゴボッ……居なさい……ゴボッ……ゴボボボッ……


『それ』は醜く歪んで笑いながら、私に覆い被さって来た!!

「うああああ!!やめて……やめてくれ!!」

 喉から血を吹き出しながら、私の唇に唇を重ねてきた『それ』は……

 私の全てを奪った……

 そう、私の命まで……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 フフフ……信之助さんと一つになれたわ。

 しかし、一つになるのが、こんなに気持ちいい事ならば、まだまた沢山の男と一つになりたいわ。

 思えばこれまでの私の人生は、尽くしていた人生……

 これからは、私は私の為に生きていってもいいよね――

 私は……沢山の男と一つになる事を望み、それを至上の喜びとする事にした……

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