あるアパート

「なんかね、このアパートで一年くらい前に殺人事件があったんだって」

 取り壊しが決定しているアパートの前に、私と友達の晶子あきこが立っていた。

「ん~……ボロいアパートじゃん。だから取り壊すんだろうけどさぁ……」

 自称、霊感少女の晶子はアパートの前で突っ立っていながら、腕組みしてアパートを見ていた。

 私達は学校帰りにこのアパートの噂を検証する為、ここに来ていた。

 晶子が「大丈夫大丈夫!幽霊出たら、私が追っ払ってあげるからさぁ!!」とか言って、全く乗り気じゃない私を無理矢理引っ張って来たのだ。

 晶子が全く遠慮しないで、大袈裟に足音を立てながらアパートに入って行く。それを私が腕を取って止めた。

「ちょ、ちょっと!!大丈夫?ヤバくない?」

 アパートは古い事も手伝ってか、何か異様な雰囲気をかもし出していた。

「大丈夫だよぉ?殺人事件あったってのも眉唾だねぇ~。私何にも感じないし」

 そう言いながら強引にアパートに上がり込んでしまっていた。

 溜め息をついて、ついボソっと言ってしまった。

「晶子、みんな知っているんだよ?晶子が霊感無いって事を」

 私と晶子は幼稚園からの腐れ縁。虚言癖のある親友が危険なアパートに入って行ってしまったのを私は放っておけなかった。

 乗り気じゃないが仕方が無い。危険かもしれないし。

 実は私は『視える』のだ。


 202号室のドアをこじ開けた晶子。

「晶子ぉ……やっぱマズイよ。ここマズイ……」

 怯えている……私はこのアパートに怯えている。妙な胸騒ぎがして仕方が無い……

「尚美はヘタレだね~!出たら私がやっつけてあげるから心配しなさんなって」

 晶子が私の背中をバンバン叩いた。

 晶子は小学生時代にソフトボールのキャッチャーをやっていて、結構(かなり)力がある。

 運動嫌いの私の身体なんか簡単にぶっ飛ばせるのだ。

「ちょ、痛いぃ!!マジで痛いぃ!!」

 本気で痛がる。

「あら、そんなに強く叩いてないけど……尚美はそんなに細いから、身体弱っちいのかもね」

 謝罪の言葉も無く、202号室をグルグル回る。

「やっぱり何にもないわ。隣の203号室に行きましょ」

 晶子はまたまたズカズカと歩いて行った。

「ちょ、ちょっと待ってよっ!!」

 晶子の後を追うように、ドアの方に身体を向けた瞬間、刺すような視線を感じた。

 いる……何かがいる……私の背後に何かが確実にいる……

 咄嗟に振り返る。

 私の目の前……手を伸ばせば触れる距離に、男が居た。

 男は身体中から血を吹き出して、こちらを見ている。

「~~~~~~~~~~っっっっ!!?」

 声にならない悲鳴をあげたのは初めてだった。

 男は、口をパクパクさせている……!!

(いや!!無理よ!!私には無理よ!!だから…私には!!)

 男は、寂しそうな、いや、無念そうな顔をして消えた。

「っっっ……はぁっ!!」

 身体中から、大量の汗が出ている。

 あの男が私の前に現れてから、ほんの数十秒……その短い時間に、男の思考、全てが私の中に入ってきた。

 しかし、私には、その願いは叶えられそうも無い。

 そして男は既にここにはいない。『あれ』の所に帰って行ったようだ。

 現れた男に恐れる事しか出来なかった私に『あれ』とどうして戦う事が出来ると言うのだろうか?

 男は『あれ』を再び『殺して』欲しいと私にお願いしてきたのだ……


 202号室にいた晶子が、私を迎えに来た。

「尚美?遅いよぉ~……大丈夫?」

 晶子が心配そうに、私の顔を覗き込む。

「……え?」

「何か顔色が悪いよ?真っ青だよ?」

「ああ……大丈夫大丈夫……ねぇ、やっぱ私、怖いの無理よぅ……」

 不安そうな晶子に帰りたい旨を遠回しで伝えた。

「ん~……そうね。隣も全然大したこと無かったし」

 晶子はガッカリした様子だ。

 晶子……視えない方がいいんだよ?

 そう言いかけて、やめた。

 妙にプライドの高い晶子には、言っても無意味だと思ったからだ。

 そして私達はアパートから出た。

「ん~っ……もう7時になるなぁ……何にも収穫無かったし」

 伸びをしながら言う晶子。残念そうだったが、私は早く帰りたかった。

 アパートの202号室……その窓から中年の女の人が、全身血だらけになりながら、こっちを見ていたからだ。

 私は晶子の手を引いて、その場から直ぐ離れるように駆け出す。

「ちょっとぉ?怖がりなんだから!!」

 晶子は笑っていた。私は、何だかんだ言いながら、晶子の笑顔が好きだった。


 そしてあれから4年……

 一緒の高校に進学した私達も、今年で卒業する。

 高校最後の夏休みをエンジョイ……する訳でもなく、進学する私達は、昼夜問わず勉強勉強勉強……

 たまには息抜きをしようと、晶子がカラオケに誘って来た。

「ん~……そうね。たまにはいっか」

 カラオケの誘いに乗った私は、カラオケボックスに入った瞬間、メチャクチャ後悔した。

「女の子二人じゃ寂しいかと思って、男の子誘っちゃった!!」

 私は男の子がちょっと苦手だ。

 うるさいし、ちょっと怖いし、何よりギラギラした視線でスカート部分や胸元をチラチラ見てくる。はっきり言って、気持ち悪い。

 その男の子は三人もいた。

 聞きもしないのに、勝手に自己紹介してくる。

「俺、佐々木ってんだ!ヨロシコぅ!!」

 メガネをかけて、少しポッチャリした佐々木君……萌え系フィギュアが似合いそう。

「どうも、近藤といいます。キミ、すげぇ可愛いなぁ!付き合わない?」

 いきなり告ってきた近藤君……自分でカッコいいと思っているみたい。だけど気のせいだから。

「小泉です」

 煙草をふかしている小泉君……悪キャラを演じているみたいだけど、吸わないで吹かしているだけ。時々咳込んでいるし。

 私は、ただ辞儀をして席についた。

 歌を適当に歌って、ドリンクバーでジュースをカポカポ飲んでいた私に、近藤君がやたらとくっついて来てウザい。物凄くウザい。

「さて、カラオケももうすぐ終わるし、メインに行くわよ」

 メイン?何それ?

「ああ~!楽しみだなぁ!!ブフフ…」

 ブフフって……佐々木君に違和感なさ過ぎな笑い方だけど。

「大丈夫だよ。神崎さんは俺が守ってやるからさ」

 守ってやるって、近藤君が私の何を守れるのだろう?

 あ、ちなみに『神崎かんざき』は私の名字です……今更ですけど。

「怖いのか?俺の後ろにいたら、何て事無いよ」

 後ろにいたらって、その頼りない背中が何?

 キョトンとしている私にと晶子がクフフッと笑って答える。

「夏はやっぱ肝試しでしょ!!」

「肝試し?聞いてないよ!!カラオケで終わりじゃないの!?」

 驚いて少し大きな声を出してしまった。

「だってぇ~、尚美、肝試しって言ったら来ないじゃん?」

 確かに行かなかったけど、カラオケも男の子が来るなら行かなかったよ!!

 私がそう言おうとしたのを察したのか、晶子はスタスタと部屋から出て行った。おかしな勘だけは鋭いんだから。

「さっ、お会計するよっ!」

 何か解らないが、私の分は、男の子が出してくれた。

 晶子が何かブーブー言っていたが、私の分の支払いには、男の子達は意に介して無い様子。

「奢って貰ったんだから、肝試しには絶対付き合って貰います!」

 晶子の逆ギレ的な要求を突き返せなかった私は、仕方無く最後尾を歩いてついていった。

 バスに乗り、暫く走る。

 徐々に民家が無くなっていく。

 とあるバス停に降りた私達は、再びテクテクと歩く。

「さて着いた。ここだよ」

 晶子がニコニコ指差した家は、空き家だった。売りに出されている。

 少なくとも外観は手入れしている様子。

「ちょっと!!いくら何でもマズイよ!!不法侵入でしょ!!」

 勝手に入っていって、警察に通報されて学校にバレたら大変な事になりかねない。

「大丈夫だよ!確かに廃墟じゃないけど、管理人が月1~2回手入れに来る程度だし!ブフフ!!」

 だからブフフって何なのよ!!普通に笑ってよ!!

「この家ね……4年前に、若い夫婦が心中したんだって」

 だから、人の家でしょうがってば!!

「その前もハウスキーパーが人を殺したらしいよ」

 近藤!そんなプチ情報どうでもいいよっ!!そして肩に手を回そうとするなっ!!

「さて、行くか」

 ズカズカ入って行こうとするなよインチキヤンキー!!

 私は皆を止めようとした。

「ちょっと!それは非常識……っ!?」

 声を飲み込んだ。

 何?この家?怖い!凄く怖い!!

 私の身体が小刻みに震え出す。

 この家……何?一体?あの家を見た時から震えが止まらない……!!

「どうしたの?真っ青な顔して?」

 晶子が心配そうに顔を覗き込む。

「マズイよ!!この家マズイ!!早く帰ろ!!」

「怖いならここで待っててよ~ブフフ」

 怖い!!しかも、今までの怖いとはレベルが違う!!

「そうだね……尚美はここで待っていて。せっかく来たんだから、私達ちょっと行ってくる!!」

「ダメぇ!!行っちゃダメ!!」

 好奇心が優先した4人は、必死な私に苦い顔をした。

「あ~あ~、仕方無ぇなぁ。お前達行って来いよ。俺は神崎さん見ているわ」

 凄く残念そうに小泉君が舌打ちをしながら言った。

「俺が残るって言いたいけど、ちょっと興味有り有り!じゃ、待ってな!!」

 3人は『あの家』に入って行く……

「ダメだったら……!!」

 言葉を詰まらせた。

『あの家』の中に、制止を冷ややかに見つめる女がいた。

 何あの女!?小太りで裸で……心臓の高鳴りが尋常じゃない!!

『あれ』は喉が血を吹き出させながら、ヒューヒューと言っている!!

 それよりも、私が恐れたのは『あれ』の後ろにある暗闇……その暗闇の中に無数の男の人の顔……

 苦痛の顔、何か叫んでいる顔、泣いている顔……

 表情は多少異なるが、『あれ』から逃れたい無数の顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔、顔……

 助けてくれ!!

 ここから解放してくれ!!

 もう勘弁してくれ!!

 無数の顔から悲痛な呻きが発せられていた。

 あの男の人達は、『あれ』に支配されているんだ……死んで『あれ』に捕り込まれた男の人達……まるで地獄の縮図を見ているよう……いや、『あれ』が地獄そのものなのかもしれない……

『あれ』は佐々木君と近藤君に酷く汚らしい笑顔を向けている。

 男の子達を捕り込もうとしているんだ!!

 私が呆けているうちに、晶子達が玄関から普通に入って行った!!

「やめて!!みんな死んじゃう!!どうにかして小泉君!!」

 腰が抜けていた私は、小泉君に訴える事しか出来なかった。

「ん~……でも、多分すぐ出てくると思うぜ?玄関に鍵かかって無いみたいだし、あの家から、夕御飯かなんかの香りがするじゃん?多分、誰かいるんだよ」

 だから、それこそ罠なんでしょう!!

 私は、ただここに居るだけしか出来ないの?みんな死んでしまうと言うのに!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「玄関って、鍵掛かって無かったね?」

 親友の尚美がパニックになっていたのは気になったが、何より好奇心がそれを打ち消してしまった。

 確実に空き家。

 しかし……何か変。

『この家』に入った瞬間、いや、尚美がパニックになった時から感じていた違和感。これは一体何なんだろう?

 廃墟や心霊スポット探索を趣味としている私は、都市伝説みたいな『この家』の存在を知り、とある心霊サイトで知り合った男の子達と探索に来た。

 そこまではいつも通り。だからそこまではいい。

『この家』の今までの心霊スポットとは異なる雰囲気に、少し不安を感じていた。

「あれ?」

 佐々木君が台所で何か発見したようだ。私も台所へと行く。

「何だこれ?豚肉のニンニク焼きと鰻?トロロ芋まであるぞ?」

 先程も言ったが、『この家』は空き家なのは確実だ。

 何故夕御飯があるの?

 夕御飯は2人分……

 考えていた私だが、その私を押し退けて佐々木君が席に着き、食べ初めた。

「えええ!?何食べているの!?近藤君も何か言ってよ!!」

 かなり驚いた私は、近藤君に止めて貰おうと頼んだ。しかし近藤君は「ちょうど腹減っているしな」と言って食べ初めている!!

「あ、アンタ等どうかしているわ……」

 流石の私も呆れて、先に『この家』を出ようとした。

「あれ?お風呂場に来ちゃった?間違えたかな?」

 お風呂場は確か、お風呂場で女の人が包丁で滅多刺しされたとか。

 少し怖かったけど、お風呂のドアを開けてみた。

「……特に無し、か」

 お風呂を隈無く見た後に、お風呂から出ようとドアの方を向いた。


 ………ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ゴボボッ……ヒューヒューヒュー……ゴボッ……ゴボッ……ヒューヒューヒュー……ゴボボッ……ヒューヒューヒュー……ゴボボッ……ゴボボッ!!


 私の背後から笛を吹くような音が聞こえる。同時に背筋が氷水を浴びたように冷たくなった。

 私は霊感があると、周りに触れ回っていた。

 しかし現実は霊感なんて無く、霊など見た事も気配を感じた事も無い。

 ある意味安心して心霊スポット巡りを楽しんでいた私……

 霊を見る事を切望し、しかし霊を見る事を恐れていた私……

 霊の存在を産まれて初めて感じた今、こんなに怖いものだとは思いもしなかった……!!

 背後からは絶えず聞こえるヒューヒューという音……

 怖い!怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 私の防衛本能が働き掛けているのが解る。

 振り向くな……見たらいけない……

 見たら……

 死ぬ……!!

 しかし私は振り向いてしまった。何故かは解らない。好奇心なのかもしれないし、操られたのかもしれない。

「わああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああ!!!!」

 絶叫と当時に腹部に激痛が走る。

 そして感じる温かい何か。

 なんだろう?この温かいものは?

 自分の腹部を触った。

 手を見てみる……赤い?なんで?

 お腹を見る……赤い……ああ、これに触ったから赤いんだ。

「はぁっ……!!はっはっはっ!!」

 息が苦しい……

『あれ』はそんな私を酷く汚い笑顔をしながら眺めていた……

「た……たすけ……ゆるして……」

 絞り出すように声を出し、後退りする……

『あれ』は更に醜く歪み包丁を私に突き刺す……!!

――キャハハハハハハハハハハハハハハハ!!ギャハハハハハハハハハハハハ!!ギャッハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 何度も何度も何度も何度も私を突き刺した……


 私はお風呂場にいたもう二つの存在を見た。

 長身のオバサン。新婚さんみたいなお姉さん。

 ああ……私もあの二人と一緒にこのお風呂場から出られなくなるんだ……

 私の思考はそこで止まった……

 次に気が付いた時に、あの二人と私は並んでお風呂場に立っていた………

『あれ』は満足そうに私達を見る。

 まだ私達はマシかもしれないと思った。

『あれ』の背後にある闇の中の男の人達に比べれば……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 腹が一杯になり、酷く眠くなった佐々木と俺。

 思考がおかしい……何故空き家に飯がある事を疑問に思わなかったんだ?

 佐々木が食っているのを、何故俺は止めなかった?何故俺も一緒に飯を食ったんだ?

 眠っていて、冴えていない頭の中の疑問がぐるぐると回っている。

「あああ!!お前!何するんだ!?」

 ……なんだ?佐々木が起きたのか?うるせぇなぁ……もう少し寝かしてくれよ……

 俺はそう思いながら薄く目を開けた。

 佐々木……すっ裸で大の字になっている?

 まぁいいや。少しだけ目が覚めてしまったが、また眠くなってきた……

 俺はそのまま眠ってしまった……

 この時ちゃんと目覚めれば、あんな事になる前に逃げられたのかもしれないのに……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 近藤!近藤!!

 僕は近藤に助けを求めた。しかし、近藤は熟睡しているのか、時折寝返りをするだけだ。

 必死になって近藤に助けを求める僕の上に小太りの女そいつはジャイ子に似ていた。

 いや、似ているけど違う。

 化け物……そう!化け物が僕のアレを自分の秘部に入れているんだ!!

 僕は童貞、初めての人はネコミミメイドさんと決めていたのに、こんな化け物に犯されるなんて………!!

『あれ』は凄く洸惚な表情をして、僕の上で腰を振る。

「もう許し……うっ!!」

 初めての僕は、すぐ果てた。こんな状況であれ、果てるのかの自己嫌悪に陥る。

『あれ』は腰を振るのを止めて『……チッ……』と舌打ちをする。

 舌打ちがかなり気になるけど、これで僕は解放されるんだ……

 僕が安堵の表情をした瞬間に、笛の音によく似た音が女の喉元から聞こえた。


 ………ヒューヒュー……ヒューヒュー…コ…゙ボッ…ヒューヒューヒューヒュー……ゴボボボ……………

 

 何を言っているかよく解らなかったけど、言っている事は何故か理解出来たんだ……

『あれ』は確かにこう言っていた。


――モウ、イラナイワァ………

 

 目の前が真っ暗になった。気を失ったかな?とか思ったけど違った。

 すっ裸の僕を見ている僕。

 どういう事?と、僕は僕に駆け寄ろうとしたけど、身体が黒い何かに縛られたように動かなかった。

 僕は驚いて周り見た。

 僕の周りには僕と同じように、すっ裸の男の人が沢山いたんだ……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何か下半身がヌルヌルして気持ちいい。

 その感触で俺は目を覚ました。

 そして驚く。俺の上に乗り、腰を振る裸の女が居たからだ。

 うひょ~!心霊スポット探索に来て、こんな事出来るとは!!

 てかさ、怖がる女の子を「大丈夫さ!俺がついている」とか言って、最後にはモノにするっつーのを目論んで、心霊スポットサイトに登録したんだよなぁ。

 こっちから誘わなくても抱けるなんて、かなりラッキーだ!!

 問題は神崎さんか、晶子かって所だな。

 俺は暗闇を凝視した。神崎さんだったらいいなぁ、とか期待して。

 しかし、腰を振っている女は小太りだった。

 あ~あ、暗くて良く解らないが、間違い無く神崎さんじゃねーや。

 神崎さんは、スラリとして、胸はちょっとアレだけど、まあ、神崎さんは細いから。

 抱けるなら晶子でもいいけどさ。

 俺はそのまま目を瞑り、快楽をそのまま楽しむ事にした。

 そして気持ち良くて「ウッ」とか声が出てしまったんだ。

 その時、俺の唇に唇を重ねる感触が。んで、舌を絡めてきた。

 おお~!晶子って結構淫乱なんだな!!

 俺は晶子を抱き締めた。多少好みと異なるが、こうなっちまえば情が移るってか、な?

 そしたら……

 

 ………ヒューヒュー……ヒューゴボッ……

 

 晶子の奴、喉でも痛いのか?

 俺は薄く目を開けた。

「な!なんだテメェは!誰だいったい!?」

 俺が晶子だと思っていた女は喉から血を垂れ流し、汚ねぇツラでニヤニヤしてやがった!!

「ばっ!馬鹿かテメェ!俺から離れろよコラァ!!」

 俺は女を押し退けようとしたがスゲエ圧力によってビクともしない。俺の上に乗っかって腰を振るのをやめない。

「テメェ……っ!?」

 俺は女にガンをくれたが、その時にハッキリと見た。

 女の周りの酷く暗い空間。そこから裸の男達が苦しそうに手を伸ばしていた。

「な、なんだテメェ等は?」

 男達は俺に訴える。

 助けてくれ!!

 ここから出して!!

 勘弁してくれ!!

 離してくれ!!

 ここは苦しい!!

 もうここには居たくない!!

 悲痛な男達の訴えで、俺は理解した。

『あれ』はこの世の者じゃない。『あれ』は人間じゃないと。

「ひゃああああああ!!ば、化け物……!!」

 俺は『あれ』を抱いていたのか!!

 激しい嫌悪感が俺を襲う。

 

 ………ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ゴボボ……ヒューヒュー……ヒューヒュー………


『あれ』は凄まじく汚い顔でニヤリと笑い、俺に近づいて来る……

『あれ』の喉からヒューヒューとしか聞こえて来なかったが、俺は『あれ』が何を言ったか理解した。


――モット……タノシミマショウヨ~………


『あれ』はまた俺を犯すつもりだ!!

「ひゃああああ!!くっ、来るな!!来るなよ!!」

 俺は後退りしようとしたが身体が全く動かない。

「ま、まて!!待ってくれ!!頼む!!」

 俺は涙を流しながら訴えた。

 しかし『あれ』は俺の唇に自分の唇を押し付けて、唇を無理矢理こじ開け、舌を絡めてきた。

「んー!!んんー!!」

『あれ』が唇を離し、少し距離を開けたその時、『あれ』の背後にある暗闇に佐々木の姿があったのを見た。

 佐々木は『あれ』に捕まったのか!?

 俺は佐々木やその他の男が助けを求めている目の前で『あれ』に犯され続けられた……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ああ!また一人死んだ!

 私は『あの家』の見える所で、ただ泣いている事しか出来ないでいた。

 何もできない。ただ死んでいく人達を眺めているだけの無力な自分に腹が立つ。

「大丈夫か?少し休んだ方がいいんじゃねえ?ホテル行くか?」

 心配そうに覗き込んでいる振りをしながら、ギラギラと目を輝かせて私の肩を抱いているこの男……邪な感情しか感じ取れない。それにそんな場合じゃない!!

「だから助けに行ってって言ったでしょう!?晶子も佐々木君も近藤君も!!みんな死んじゃった!!」

 泣き崩れている私に「チッ」と舌打ちをする。

「ぶっちゃけ、あいつ等の事なんざ関係ねぇしさ。それより二人で楽しもうぜ?」

 小泉は私を無理矢理立たせようと力を入る。その手を強引に払い退けた。

「アンタとなんか楽しんいでる暇なんか無いのよ!!」

 私は携帯を取り出した。

「どこにかける気?」

「警察に決まっているでしょ!!」

 警察に通報した所で、あの三人は死んでしまった。助けに行かなきゃならない。遺体の回収は絶対にしなきゃいけない。

「ちょ、警察?まっ、待て!!解った解った!!俺が三人を連れ帰るからさ!!別にアンタを無理矢理とか思っちゃいない!!勘違いするなよ!!」

 そう言って小泉は『あの家』に向かって走った。

 どうやら、強姦されると思った私が通報すると勘違いしたようだ。が、そうじゃ無い!!

「待って!違うの!そうじゃない!!」

 私の叫びを無視して、もしくは聞こえていないのか、小泉はもう『あの家』に入ってしまった。

 何て事なの!!私が小泉を殺したと一緒だ……

 私は泣きながら警察に電話をした。

 もう、全てが手遅れだと言うのに……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 チッ、あの女、顔はいいんだが、訳解んねー事を口走っているし。しっぽり出来るチャンスと踏んだが、警察に通報しようとするってのはどーよ?

 だいたい30分かそこらの時間で三人も死ぬ訳ねーだろっつーの。

 まぁ、あいつ等三人を連れ戻して、少し警戒解いてから、改めて……って事で。

 俺はそう思い、『この家』に侵入した。

 しかし、なんて暗いんだ?まぁ、電気点かないから当たり前っちゃー当たり前だが……

 俺は居間らしい所を徘徊する。面倒くせぇなと思いながら。

 俺があいつ等を捜す義理なんて無い。元々心霊スポットサイトで知り合った連中。知り合って日も浅い。情が湧く時間すら無い。

 俺はブツブツ言いながら、二階へ行った。

 ドアノブに手をかけた瞬間……ゾブリと冷水をぶっかけられたように身体が凍えた。

 何だ……この悪寒?このドアノブの向こうにいるであろう獣のような気配は?

 俺はドアノブからゆっくりと手を離す…

「………っはあ……!何だおい……冗談じゃねぇぞ………」

 身体が小刻みに震えている。防衛本能が俺に向かって信号を送っている。

 死ぬ。開ければ死ぬ。去らねば死ぬ。

 俺は自分の防衛本能に従い、二階から離れる事にした。

 振り返り、階段までゆっくりと後退して行く……

 ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!! ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!

 心臓の鼓動が今までに無い程高鳴っている。

 階段だ……これで下まで行けば助かる……そう安堵したその時!!


 ギキィィィィ…………


 あの一度手にかけた部屋からか?それとも隣の部屋からか?

 とにかくドアを開ける音が背後から聞こえてきた。

 俺の後ろに気配を感じる……

「バカやろぉ……マジかよ……」

 逃れられない気配を感じながら、俺は動けなかった。

 蛇に睨まれた蛙?いや、背後の気配だ。俺はまだ見ていない。まだ睨まれていないんだ!!

 俺は階段をダッシュで降る。

「うわああああああああああああああ!!」

 超高速で走った。今年一番走った。

 その甲斐あってか一階に転げ落ちるように到着した。そして直ぐに立ち上がる。

「来るな!!俺はまだ死にたくねぇ!!」

 背後の気配に向かって叫んだ。

 玄関に辿り着く。

 ドアノブを回す。

 

 ガチャガチャカチャガチャ

 

 何で開かない!?

 来る時は普通に開いただろうが!!

 焦って何度もドアノブを回す。

 

 ………ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ゴボボッ……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ゴボボッ…………

 

 俺のすぐ後ろから、おかしな音が聞こえてきた……

「開け!!開けよ!!開けったら!!」

 ドアノブを激しく回している俺のすぐ後ろ……

 

 ………ヒューヒュー……ヒューヒューヒューヒュー………ゴボボッ……ヒューヒュー……ゴボッ………

 

 怖くて怖くてパニックになった俺は振り返ってしまった。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」

 俺は『あれ』を見てしまった。

『あれ』は俺を見て、ニヤリと笑った。

 その時から俺は俺の記憶を失った………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 警察が到着した。

 しかし、私はもう知っている。

 晶子も佐々木君も近藤君も小泉も……

 泣きじゃくる私に警察は「早く帰りなさい」と一言だけ告げた。

 警察も知っているんだ。『あの家』に入った人間がどうなっているかを。

 事実、ブルーシートで囲いはするが、なかなか躊躇って中に入ろうとはしていない。

 以前にもあったのだろう、『あの家』で起こった惨劇の飛び火が。

 私は泣きながら『あの家』を見た。

 ドキン!と大きく心臓が高鳴った。

『あの家』の窓から男の人が私を見ている。その人は私に何か言いたそうに見ている。

 あ……

 あの男の人、以前アパートで見た男の人だ……

『あれ』を再び殺してくれと、私にお願いしてきた男の人……

 私が『あの家』と繋がりを持ったのは、もう間違いは無い。


 いいよ……

 今は無理だけど……

 私が必ず『あれ』を殺す!!

 私はあの男の人に約束した。

 晶子の仇は私が必ず取る…………!!


 この日から私は決して泣かなくなった…………!!

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