廻る関わり

 こんにちは。私、不動産を営んでいる佐藤と申します。

『あの家』と関わってから、もう8年……

 以前ご紹介した渡辺さん夫婦の他に、イタズラしに来た高校生も、『あの家』で変死されました。

 いい加減処分したい。

 解体して、全てを終わらせたいと願う日々ですが、何故か私は『あの家』のメンテナンスを一生懸命しています。

 そう、まるで誰かに操られているような……

 私の意思など無関係に、リフォーム、点検などを行っているんですよ。

 そんな日々、再び『あの家』を大層気に入ったご夫妻がおりまして、私が渋っているにも関わらず、強引に契約して行きました。

 私は再び『殺人』を犯してしまったのですね……

『あの家』に関わって生きているのは私一人。例外を除けば、私一人だけなのです。

 死地にご案内している私はいわば死神。死神は人を殺すのですから……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「いや~!いい物件見つけたなぁ!!」

 私はついに持ち家を所有する事になった。

 不動産屋の躊躇いが少し気になったが、幽霊が出るくらいなら我慢しようと、妻の幸子とも納得の上で購入を決意した。

「そうね。周りにはお家も無いから、煩わしい近所付き合いもしなくていいしね」

 以前住んでいた団地で、ママ友とやらの派閥争いに、ほとほと疲れていた幸子も喜んでいる。

 しかし、気になるのが一人息子の雄一だ。

 雄一は今年小学校に入ったばかり。

 引っ越し前まで、友達と別れたくないと泣きじゃくっていたのだが、『この家』を見た瞬間、それこそ火が点いたように泣き喚いた。

「パパ!!ママ!!ここオバケがいるよ!!怖いオバサンがこっちを見て笑っているよ!!」

 雄一は決して家には入ろうとせず、泣き喚いた。

 ほとほと困ったが、これ程の家があの金額だ。オバケにもやがて慣れるだろう、と雄一を抱き上げ、無理矢理家に入った。

「ほら雄一。今度のお家は広いぞ!お庭だってあるんだぞ!!」

 懸命に雄一を宥めた。その雄一は私にしっかりと掴まって、怯えている。

「雄一にもお部屋がちゃあんとあるのよ」

 幸子は私達の寝室の隣を雄一の部屋にしようとしていた。勿論、私も同意した。反対する理由が有る訳が無い。

 雄一は首を激しく横に振る。

「だってお二階には怖いオバサンが住んでいるんだもの」

 ふ~っ、怖いオバサンか……

 生きている人間の方が余程怖いぞ、と言いかけて、やめた。

 雄一にはこの理屈はまだ解らないだろうから。

 仕方が無いので、当分の間は皆で居間に寝る事にした。追々慣れていくだろうと期待しながら。

 幸子が風呂が沸いたと言ってきた。

 雄一と一緒に入ろうとしたが……

「お風呂にはいっぱい穴が開いたオバサンやおねぇちゃんがいるから嫌!!」

 ふ~っ、風呂にはおねぇちゃん……

 これも追々慣れていく事を期待しよう。

 仕方が無いので雄一を今日は風呂に入れない事にした。

 一人で風呂に入った。確かに誰かに見られている感があったが、あまり気にしないようにした。こんなの直ぐに慣れる。

 

 風呂上がりには晩飯だ。この家で初めて食べる事になる。

「……おいおい…この晩飯は、二人目が欲しいって意味か?」

 苦笑いしながら幸子に言った。

 ガーリックソースたっぷりの肉、ウナギの蒲焼き、オクラにとろろ芋……

 新婚時代に良く出されたような。

「秋刀魚が安かったんだけど、なんかね~」

 幸子も不思議に思っていた。

「そのご飯はお二階に住んでいるオバチャンが作ったんだよ!!」

 またオバチャンか……

 晩飯作ってくれるなんて、まるで家政婦じゃないか。寧ろ歓迎するさ。

 気にも止めず、出された晩飯を食べる。

 そういや昔の友人がここら辺の警察官をやっていたな。そんな事を思い出しながら、晩飯を食べていた。

 晩飯を食べ終わった私は、懐かしくなり、昔の友人に電話をした。

『……もしもし?』

 出たな?こいつは警察官だったのに、学生時代は滅茶苦茶ヤンチャだったんだ。

 よく二人で喧嘩売りに出掛けたもんだ。

「加山!俺だよ。久し振りだなぁ」

『……二階堂か?びっくりしたよ!!10年振りくらいか!!』

 加山もいきなりの電話で驚いていたようだ。

 私達は懐かしさで色々話をした。

 幸子の事を、雄一の事を。

 逆に加山には今の仕事の事を訊ねたり、まだ独身の理由を聞いたりした。

 そして私は家を買った事を話した。

「お前聞いて驚くなよ?俺は家を買ったぞ!!」

『本当か?凄いじゃないか!!頑張ったな!!』

「いやな、凄い安い物件見つけたんだよ。お前が警察官やっていた地域の所さ。お前が警察官を辞めて引っ越さなきゃ、遊びに来いって言えたんだがなぁ」

 そう加山に言った。本当に残念だった。加山は親友だから、一緒に喜んで欲しかったんだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ……なんてこった!!

 二階堂が『あの家』に越して来ただと?

 あの事件以来『あの家』の事は片時も頭から離れなかった。

 俺の刑事としてのプライドを折った『あの家』。

 俺が俺で無くなった原因である『あの家』に、かつての親友が越して来たとは……

「二階堂!!早くそこから出ろ!!俺も今から行く!!」

『え?何を言っているんだ?出ろったって……え?今から来る?』

 二階堂はかなり驚いていたが、事情を説明する暇も惜しい。

「いいから早く出ろ!!高速飛ばして今から行くから!!あの喫茶店で幸子さんと雄一君と一緒に待っていろ!!」

『え?あの喫茶店?昔良く使っていたあの喫茶店か?』

「早く出ろ!!4時間くらいで着く!! 」

 二階堂!! あそこにいたら死ぬ!!

 俺は車を出し、高速を飛ばす。

 ここから『あの家』までおよそ4時間。『あの家』の全てを二階堂に語らねばならない。

 俺の記憶の底にある、恐怖を二階堂に伝えなければ……

 直接言わなければ二階堂は納得しないだろう。

 それまで、ちゃんと『あの家』から出ていてくれればいいが……

 俺は車をぶっ飛ばした。

 元刑事の俺が法定速度を破る事になるとはな。と自虐しながら……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 家から出ろって?そして今から来るって?4時間くらいで着くだって?

 4時間も喫茶店で待っていろって酷だなぁ。

 しかし加山、妙に慌てていたな?何か気になる。

 ここは加山の言う通り、ここから出た方がいいのかもしれない……

 私は幸子と雄一に仕度をするよう促した。

「このお家から出て行くの?ヤッター!!」

 雄一は喜んでいるが、幸子は怪訝な表情をしている。

 無理もない。引っ越しが一段落し、今日からゆっくり休める筈だったのだから。

「あ~あ……ま、いいけど……お風呂くらいは入らせて貰うわよ?」

 風呂か。風呂くらいならいいだろう。加山が到着するまで4時間程掛かるらしいのだから。

 私は同意して、居間で仕度をする事にした。

 この選択で私が後悔する事になるのは、それ程時間が掛からなかった……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 全く、引っ越ししたその日に家から出ろって、加山さん変わったのね。

 昔はもっと好戦的な印象があったのに。

 だけどお風呂くらいはゆっくり浸からせて貰いましょうか。

 シャワーを開けて、温かいお湯を全身に浴びる。

 シャワーで身体を洗ってから、ゆっくりお風呂に入ろう。

 下を向き、ゆっくりと目を開ける………


 え?お湯が赤い?

 慌てて目を瞑り、もう一度目を開けてみる……

 ……お湯は普通に透明だった。

 引っ越し初日だから疲れているのかしら……

 私は頭を振り、シャワーを止めた。


 …………………ヒュ……………


 え?何今の音?笛を吹くような音?

 私は音のする方向を探るべく、集中した。


 ………………………ヒュ……ヒュ…………ヒュー………ヒュー………ヒューヒュー………ヒューヒュー……


 私の背後から聞こえてくる?

 しかも段々と音が大きく、つまり近づいて来ている?

 私は後ろを振り返り、浴室のドアを凝視した。


 ……………ヒューヒュー……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒューヒュー……ゴボッ……ヒュー……ゴボッ……ゴボボッ……ヒューヒューヒューヒューヒュー!!


 音は確実に私の目の前から聞こえる。

 しかし、私の目の前には何も無い。

 私は見えないのだ。元々霊感などない。夫の努もそうだ。

 だから幽霊が出るんじゃないか、という『この家』を購入する時も躊躇しなかった。

 音が……聞こえる程度なら……我慢出来るかも………

 しかし、いい気持ちはしないのは事実。明日にでも、寺か神社に行ってお祓いして貰おう。

 そう思って、お風呂から出ようとした。

 流石にお風呂は諦めようとしたのだ。

 目の前のドアに向かって歩き出した時、ドンと、何かにぶつかった。

「ひっ!?」

 しかし目の前にはやはり何も無い。

 少し安心し、再びドアに向かって歩き出した。


――見えれば……安心するのかしら?クスクスクスクス……

 

 私の目の前から女の声が確実に聞こえた。

 私には見えない。見えないし聞こえない!!だから気のせいだ!!

 必死に『あれ』の存在を否定する。躊躇わず浴室のドアを開ける。

 自分の目を疑った。

 浴室から出たはずの私が見たのは浴室だったから。

 しかもシャワーの目の前だ。

 驚き、振り返る。

 こちらもシャワーの目の前!!

 何!?何なの!?

 再び前を向き直す。

 !!身体つきがガッチリしている中年の女の人が、シャワーの前で身体中から血を流して倒れている!!

 声にならない声で、再び振り向く!!

 !!今度は若い女の人!こちらもシャワーの前で身体中穴だらけになっていた!!

 私は恐怖でいっぱいになり、そのまま尻餅を付いた。

「あわわわわわわわわわわわわ………」

 尻餅を付いたまま、後退りする。


 ドン

 

 何か当たった!!

 そっと振り返る………

 !!高校生くらいの女の子!!制服からやはり血が滲み出ている!!

 私はもうパニックになっていた。

 もう駄目!!もう無理!!

 私のお尻が生温かくなる。失禁しているのだ………

「あなたぁ!!!!助けてぇ!!!!」

 あらん限りの声を張り上げる。

「助けて!!助けて!!ここから出してえええええええ!!」

 何度も何度も声を張り上げる。

 三人の女の死体に囲まれ、意識を保つのが精一杯になっていた。


 ………ヒューヒュー……ヒューヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ゴボボッ……ヒューヒューヒューヒュー……ゴボッ……ゴボボッ………

 

 あの音が聞こえる……『あれ』が居る!!

 上を向き、キョロキョロと捜してみる。

 居ない……

 ハァ~ッ、と大きく息を吐き、頭をガクッと下げた。少し安堵したからだ。

 私の前に、何か気配がある?

 咄嗟に顔を上げた。

「きゃああああああああああああああああああ!!!!!」


 次に気が付いた私が見た物は私自身……

 身体中に穴を開けられて身体中から血を垂れ流している私自身………

 私は泣きじゃくる……

 私は『あれ』に殺された……

 私の隣で私と同じように立っている三人の女と、同じ殺され方をしたのだ………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ママが死んじゃった……ママは殺されたんだ……

 だから僕はパパに泣きながら教えたんだ。

「パパぁ!!ママが死んじゃった~!!わぁ~ん!ママぁ~!!ママぁ~!!」

 パパは不思議な顔をして言ったんだ。

「ママはお風呂だよ?もうすぐ出てくるよ」

 パパはあのオバサンを知らないんだ。ママもお風呂の前までは知らなかったんだ!! あのオバサンを知ったら、パパも殺されちゃう!!

「パパぁ!早く出ようよぉ!!パパまで死んじゃったら、僕イヤだよぉ~!!わぁ~ん!!わぁ~ん!!」

 パパは困った顔をして、僕を宥めるように言ったんだ。

「じゃ、ママの着替えとか、探して来て。ママがお風呂から出たら、ここから出よう?」

 そう言うと、パパはカバンを僕に預けた。

 カバンにママの着替えを入れてって意味なんだろうけど、ママは死んじゃったんだ。

 パパはママが死んじゃったのを、まだ知らないんだ!!

 パパはお二階に行こうとした。

「パパ、お二階に行くの?」

 僕はパパを止めようとしたんだ。

「パパもカバンとか持たなきゃいけないからね」

 パパは優しくニッコリ笑うと、お二階に上がって行った。

 僕がパパを見たのはこれが最後になっちゃったんだ……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 寝室にと決めた二階の部屋の前にいる私だが、何故かドアを開けるのを躊躇っている。

「何だか気味が悪いなぁ……」

 加山の慌て様がより一層、不安を煽っていたのは事実として、幽霊騒ぎなんか興味も無かった私に湧き上がる感情……


 恐怖……


「二階に怖いオバサンがいる、か……」

 しかし躊躇ってばかりもいられないので、勢い良くドアを開けた。

 ……何も……誰も居ない……まぁ、当たり前の事か……

 私は寝室に入り、バックを捜した。

 引っ越ししたばかりなので、取り敢えずの着替えをバックに入れていたのだ。

「お、あったあった」

 バックを取り、そのまま寝室を後にしようとドアを向いた。


 ギィ~ッ……


 バタン


「な、何だ?」

 私の目の前で勝手に閉じたドア……

「立て付けが悪いのか……?」

 ドアノブを捻る。回りはするが開かない。

「おかしいな?鍵など掛かっていない筈だが」

 私は何度もドアノブを回した。


 ガチャガチャ……ガチャガチャ…ガチャガチャガチャヒュガチャガチャヒュ-ガチャガチャガチャガチャヒュガチャガチャヒュガチャガチャガチャ……ヒュ……


 なんだ?ドアノブを回している音に笛の音が混じっているような……

 ドアノブを回すのを止めてみる。


 ………………………ヒュ


 聞こえた?隙間風か?

 耳を澄ませて隙間風の出所を探ってみる事にした。


 ……………………ヒューヒュー………


 私の背後からか?更に耳を澄ませてみた。


 ……………ヒューヒュー……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ヒューヒューヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ゴボボッ……ヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒューヒュー!!


 最早耳を澄ませなくても、はっきりと聞こえる笛の音は、確実に私の背後……いや、すぐ後ろから聞こえていた。

「誰か居るのか!?」

 勢い良く振り向く。


 いた………!!いた!!

 私の振り向いた顔の先数センチに、喉から血を吹き出して、私を嫌らしい目でニヤリと見ている『あれ』が居た!!

「うわああああああああああ!!!」

 見た!!初めて見た!!幽霊と言うものを初めて見た!!恐怖で心臓が張り裂けそうになる!!

 後退する私に『あれ』は酷く汚い笑いを浮かべながら、ゆっくり近づいてくる……!!


 ドン


 背中にドアが当たった。もうこれ以上下がれない!!

「来るな!!あっち行け!!来るな!!く………うぐぐぅ…………!!!」

 私の叫びなど無視をして『あれ』が唇を私の唇に重ね、舌を絡めて来た。

「おぇぇぇ……げぇぇぇ!」

 酷く汚らしいような感覚、嘔吐してしまった。

『あれ』は気味悪くニヤリと笑い、自分に私のをズブズブと挿入する。

「うわああああ!!やめてくれぇ!!!」

 私は抵抗を試みたが、身体が何かに縛られたように動かない。

『あれ』は涎を垂らしながら、恍惚の表情を浮かべ、腰を振っている。

 終われば解放されるのか?そう思い、早く終わる事を祈った。

 女に……しかも化け物に犯されている……

 果てるのは先が長そうではあったが、私は頑張って早く終わらせた。

『あれ』は腰を振るのをやめて私にもたれる。

「もう……充分だろう……解放してくれ……」

 私は『あれ』に懇願する。

『あれ』はニヤリと笑いながら、ヒューヒューと、喉から血を吹き出し、何か言っていた。

 笛の音のような音は、喉の刺し傷から空気が漏れているから、そう発せられているようだ。

「もう解放してくれ!!」

 

 ………ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ゴボボッ……ヒューヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒューヒュー……ヒューヒュー……ヒューヒュー………

 

 私は愕然とした。相変わらずの笛の音のような音ではあったが、私は『あれ』が何を言っているのか、何故か理解したからだ。


――ズット……イッショニイマショウ……………


 私の目の前に真っ暗な何かが覆い被さった………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 パパも死んじゃった!!僕一人でどうしたらいいの?

 僕は大声で泣いたんだ。

 近所の人が来てくれるかも知れないから。

「わぁ~ん!!ママぁ!パパぁ!わぁ~ん!!わぁ~ん!!」

 僕はしばらく泣いたんだ。でも、僕は誰も来てくれないのは知っていたんだ。

 だって、あのオバチャンが怖いのはみんな知っているから。

 でも僕は泣き続けたんだ。

「ママぁ!!パパぁ!!わぁ~ん!!わぁ~ん!!」

 ずっと泣いていたら、お二階の怖いオバチャンが僕に言ったんだ。


――パパとママに会わせてあげる♪お二階に来なさい……♪


 僕は凄く怖かったけど、お二階に行ったんだ。

 一人は嫌だから……お二階に行けば、どうなるか知っていたけど、僕はお二階に行ったんだ。

 そしてお二階のママとパパのお部屋に入ったんだ。

 僕は見たんだ。

 パパがお目めを開けながら、動かなくなっているのを僕は見たんだ。

 僕は身体が動かなくなっちゃったんだ。

 パパがパパじゃなくなっていたのを見てから、身体が動かなくなっちゃったんだ。

 僕がアワアワしていると、僕の後ろにいつの間にかいた怖いオバチャンがこう言ったんだ。

――まだ食べるのは早いから……ぼうやはただ私の傍にいるだけにしなさい♪

 僕は後ろを向いたんだ。

 怖いオバチャンが裸で気味悪いお顔で笑っていたんだ。

 怖いオバチャンの後ろには真っ暗な何かがあって、真っ暗な何かからいっぱい手が出てきて、僕はいっぱいの手に捕まっちゃって……

 気が付くと、僕も真っ暗な何かの中にただ立ってたんだ。

 そして僕は見たんだ。僕の横にいるパパを。

 パパは泣いて手を伸ばしていたんだ。

 だから僕もパパの真似をして泣きながら手を伸ばしたんだ。

 良く見てみると、僕やパパだけじゃなくて、男の人がいっぱいいて、おんなじように泣きながら手を伸ばしていたんだ……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 高速を飛ばして4時間……焦る気持ちを押さえながら、漸く一般道に乗る。

 かつての俺の街……『あれ』の存在を知った俺は、この街から尻尾を巻いて逃げたのだ。

 二度と足を踏み入れる事は無いだろうと思っていた。

 二階堂……お前もこの街から出なければ、死ぬ。

 俺は馴染みの喫茶店に向かった。

 馴染みの店はここから車で15分足らず。当然すぐ着いた。

「明かりが消えている?」

 時間が時間、営業は終わったようだ。

 俺は二階堂の携帯に電話した。


 トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルルル……


 出ない!!二階堂、『あの家』から出たのか!?

 今度は二階堂の家に電話する。もしかしたらまだ家の中で、準備の途中で携帯に出られないのでは?と思ったからだ。

 祈る気持ちでコールする……


 プルルルル……プルルルル……プルルルル……


 二階堂!!出ろ!!出でくれ!!


 プルルルル……プルルルル……プルルルル……ガチャッ!


 良かった!!間に合ったか!!安堵しながらも、電話の向こうに訴えた。

「二階堂!俺だ!!加山だ!!早く家族揃って、その家から出ろ!!」

 …………電話の向こうは沈黙していた。

「おい!!聞いているのか!?お前の買った家はな!!」

 叫んだ俺の耳に覚えのある音が聞こえてくる。

『………ヒューヒュー……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ゴボボッ……ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ゴボボッ!!』

「貴様は……鈴木真奈美……!!」

 電話の向こうでニヤリと笑う『あれ』を想像する。想像しただけでも背筋が凍る、が……

「二階堂も殺したのか!!幸子さんは!!雄一君は!!答えろ!!」

 二階堂とその家族の安否を確かめる為に奮い立ち、必要以上に大声を張り上げて問う。

 それで解った。声が震えているのが……怒りじゃない。恐怖で。

『………ヒューヒュー……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ゴボッ……ヒューヒュー……ヒューヒュー……ゴボボッ……ゴボボッ……ヒューヒューヒューヒュー……』

 確信した。二階堂……なんてこった……!

 化け物が……あんな小さな子供にまで手をかけたと言うのか……!

 俺は車を走らせた。『あの家』に向かって。

 俺の運命もこれまでだろう。しかし、ただではくたばらない。

 鈴木、貴様と刺し違える!!

 刑事の時代、俺はいつだって命を賭けていた。

『あれ』のお陰で折れた心が『あれ』のお陰で甦ってきた……!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 来るわ………

 私が私になった頃、沢山私の元に呼んだ男達……その男達の中に、私の手から零れた男が、私を忘れられなくて私に逢いに来るのね……

 私は喜びに震えた。やはり男達は私を愛して止まないと。

 全ての男達に私の慈愛……私は私であるが故に、全ての男達を平等に愛してあげなければならないの……

 ああ、神様!!私の身体が美しいばかりに……男達が私を求めてやって来る事をお許し下さい………!!

 私を求める男達の代わりに懺悔した。

 身体だけじゃない。魂も、いや、存在そのものが清らかな私……男の罪を代わりに懺悔する事は当然の事。

 大丈夫よ。

 私は全てを受け入れる。

 それが私の使命……

 男を狂わせる私のごう……

 私は私に近づいてくる全ての男を平等に愛しましょう……

 そして全ての男達と共に永遠に生きましょう――

 もうすぐ……もうすぐよ!

 早く私に逢いに来て!!

 私の身体は既に熱くなっていた。零れ落とした男が再び私に逢いにくるのだから。

 これを機に、あの日零れた全ての男を私の傍に呼ぼうかしら?ウフフ♪

 私を愛した男達……仲良く、いつまでも共にいましょう………♪

 私がそんな事を考えていた時に玄関を開ける音がした。

 来たわ♪

 うふふ……ピクピク震えちゃって可愛い♪

 そんなに私に逢いたかったのね♪

 もう大丈夫よ……

 直ぐに私の元に呼んでア・ゲ・ル♪

 ウフフ……フフフフ……フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ……♪

 私は寝室から出て、私に逢いに来た男を見る。

 ……あれ?以前見た時より少し老けた?

 そういえば、あれから少し年月が経ったわ。

 人間は老いるものね……

 天使の私は老いる事は無いけれど。

 だけどもう大丈夫よ。

 私と共にいれば決して老いる事は無い、永遠に快楽の中で暮らせるのだから……

 ウフフ………♪


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……相変わらずの死臭だな……」

 以前来た時より、死臭がハッキリとしている。

 俺は浴室へ向かった。幸子さんはかなりの確率で浴室にいる。

 鈴木は女を浴室で、男を二階で殺していたからだ。

 浴室のドアを開ける。

「……幸子さん……」

 幸子さんは全裸で身体中に刺し傷を受け死んでいた。

 シャワーの水が幸子さんの身体を洗い流していた為、刺し傷の数が肉眼で確認できた。

「やはりあの時と同じ殺し方……鈴木………!!」

 恐怖を怒りに変換させる。

 以前は怒りが恐怖に変換された。その逆だ。

 あの時の俺は、死の恐怖に負けて逃げたが、今度は貴様が死の恐怖を味わう番だ。

 持って来た木刀を固く握り締め、俺は改めて鈴木を殺す覚悟を固めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 もうすぐ私の所にやってくるわ……♪

 フフフ♪あんな棒きれなんか持って何をするつもりかしら♪

 私は嬉しい気持ちで一杯になる。

 棒で私を殴ると言うの?

 あの人はSなのね♪そういうプレイがお好みなのね♪

 いいわ。受けましょう。

 私は天使……

 男達の欲望を全て受け止める事が出来る天使なんだから……♪


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 二階……鈴木は確実にここにいる。

 俺はドアを蹴り、中へ入っていった。

「鈴木!!出てこい!!どこだ鈴木!!」

 俺は暗すぎる部屋を慎重に歩く。

 つま先が何かに引っ掛かり、躓く寸前になった。

 俺は足に当たった物を良く見た。相当暗い部屋……目を凝らす………

「…………!!」

 俺が躓いた物、それは目を見開いて死んでいる二階堂の死体だった。

「二階堂……」

 屈んで二階堂の死体に触れようとした。二階堂の死体のすぐ横に小さな物体がある。

「雄一君……!!」

 小さな物体……雄一君は先程まで泣いていたのか、頬が涙で濡れていた。

 二階堂はおろか、こんな小さな子供まで……

 鈴木を再び殺さなければ、悲劇は終わらない。こんな悲劇がずっと繰り返される。

 立ち上がり、周りを見る。

 ここは寝室のようだ。ベッドがある。

 そのベッドに……人影?

 暗い部屋の中、更に暗い人影!!

「鈴木ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 俺は渾身の力で持ってきた木刀を振り下ろした。

 手応えがあった。鈴木の頭で木刀が止まっている。

 そんな鈴木は俺の方を見てニヤリと笑う。


――ヤメテ………ヒドイワ………ア……ウンッ………

 

 恍惚している!?なんだこいつは!?殴られて興奮する女……いや、化け物!!

「うわあああああ!!」

 俺は鈴木に馬乗りになり、何度も何度も木刀を振るった。


――ハアッ!!イヤア!!カンニンシテエエエエエエ!!ハアッ!!アッ!!アッ!!アッ!!ハァァ~!!

 

 俺は改めて恐怖を感じた。人殺しの化け物とかの話じゃない。こいつは全て快楽に変えているんだ!!

 全身が泡立つ!!


――モウ………オシマイ……?

 

 某ジャイ子に似ているその顔で、愉悦しているその顔で!!


――ツギハ……ワタシヲ……タノシマセテ……ネ………

 

 鈴木が凄い力で俺にのし掛かって来た!!

「うわああああああ!!」

 鈴木は俺のズボンを物凄い力で引き裂き、俺の中央部分に口を添えた!!

「こうやって!今までの男を犯したのか!!汚らしい化け物が!!」

 鈴木は俺の罵倒を意にも介さず、俺の中央部分を己に挿入した。

「くそ!!くそ!!くそがぁ!!!」

 悔しさで一杯になる心。憎悪の眼で鈴木を睨む。

 その時に気が付く。鈴木の背後に。

 何だあれは?闇?闇の中から無数の手……

「二階堂……」

 手を伸ばしている男達の中に二階堂を発見した。いや、二階堂だけじゃない。他にも知った顔があった。

「山崎……鳩山……」

 俺が『この家』の担当だった頃の『この家』での犠牲者であり、部下だった男達だ。

「お前達……っ!?」

 俺の驚きはまだ続いた。

 笹本……

 俺の前に『この家』の担当刑事だった俺の同僚。懐かしい顔の男達は、例外無く、泣きながら必死で手を伸ばしていた……

 笹本……山崎……鳩山……

 数年もの間、『この家』、いや、鈴木に捕り込まれていたのか……

 俺の驚きなど意にも介さず、腰を振り続けている鈴木。その間も男達は闇の中で 必死に助けを求めている。


 出してくれ!!

 ここから助け出してくれ!!

 誰か助けてくれ!!

 あああ!!もう嫌だ!!

 苦しい……悲しい……辛い……

 助けて!!逃がして!!

 わあああああ!!わあああああ!!あああ……!!嫌だぁぁぁぁぁ!!


 犯して殺すばかりじゃなく、男達を閉じ込めて遊んでいるのか!?

 俺は静かに目を閉じて、そして……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あれ?この男、死んじゃったの?

 あら、嫌だわ。舌を噛みきっているわ。

 私はこの男の魂を捜す。

 いた。私の真上。私を憎しみの目で睨んでいるわ……

 まぁ、いいでしょう。私を満足させられなかったのは罪だから。

 しかし私は 慈悲深い天使。私の中へと誘いましょう……

 私はこの男を私の傍へと導く。

 男は抵抗していたけど、やはり私の傍へと来たわ。

 その時、この男はこう言ったの!

 

 貴様は殺す!!俺は貴様を殺してくれる奴を貴様の中でいつまでも待つ!!


 って。

 イヤね。こんな事言う人は下品で仕方ないわ。私にこんな事言う男は、高野さんとあなただけよ。

 私は私の男達を見る。

 先程呼んだ男の横に、高野さんが同じような目をして私を睨んでいたの……

 ウフフ……♪フフフフ♪ハァッハッハッハッハッハッハッ♪♪♪

 だけど、今の男で解ったわ。

 ヒトは老いる。

 いや、シブいオジサマなら大歓迎よ?

 しかし、老いたら私の慈愛を逆恨みして、あんな怖い目で私を睨むようになるのね。

 そうだ。良い事思いついちゃった♪

『私の家』を管理する、あのハゲに、私好みの若い男を『私の家』に連れて来て貰いましょう♪

 連れて来てくれたら……ん~そうねぇ~……

 もう要らないからお役御免と行きましょうか♪

 ハゲにも余生が必要だからね♪

 あ、でも、いくら私が天使のようでも、ハゲは要らないなぁ~……

 まぁ、ただ楽にはしてあげようかしら♪

 フフフフ……フフフフ……………




 やった!やったわ!!私好みの男が来たわ!!

 あの方、25~27歳くらいかしら?ひょっとして30歳かな?まあいいわ。なんでも。

 キリッとして、筋肉質で笑った顔が素敵ね♪

 探偵さん?

 探偵事務所がどうのとか言っていたけど……まぁいいわ♪早速、私の手料理でメロメロにしなきゃね♪

 あ、そうそう。あのハゲ……お疲れ様♪今まで良く頑張ったと思うわ♪じゃあ約束通り……楽にしてあげましょうね……♪


 私はハゲを天に還した。

 ハゲは嬉しそうだったわ♪

 有り難うね♪佐藤ハゲさん♪あなたの働きで、私の未来は薔薇色になるわ♪

 私は新しく『私の家』に入居した北嶋 勇さんとの生活を想像し、ワクワク、ドキドキしていたわ………♪

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