暗闇の住人

「……さっきはごめんなさい……グーで殴ってごめんなさい……」

 偶然とは言え、『あれ』に殺される寸前だった私を助けてくれた恩人。

 雑巾とは言え、善意でタオルを差し出してくれた人に、グーで思いっきり殴ってしまった。

 素直に謝罪するが、北嶋さんは居間に寝転び、返事すらしてくれない。

 怒ったかしら?そうよね……北嶋さんには何の事かさっぱり解らないのだから、何故私が浴室に閉じ込められていたのか見当も付かないでしょうし……

「北嶋さん……」

 北嶋さんに再び話かけるも、やはり返事は無い。

 私は北嶋さんに近寄って、膝を折った。謝罪をしようと。

 だが、それは無意味だった。

「……寝てるし」

 北嶋さんは怒って返事をしないのではなく、普通にグーグー寝息を立てながら寝ていた。

「拍子抜けだわ……それにしても凄い人……」

 よく『あれ』に常に見られながら普通に、呑気に寝ていられるな……

 現に今でも悪鬼の形相で、北嶋さんの横に立って睨んでいる。

『あれ』の背後の暗闇から無数の手が北嶋さんに伸びているも、北嶋さんは普通に寝返りを打って、掴まれている身体を普通に離していた。

 暗闇には相変わらず取り込まれた男の人達が泣きながら助けを求めていた。

 その中でも、奥にいる二人の男の人……『あれ』をただただ睨んでいる。

 一人は昔に私に『あれ』をもう一度殺せと言ってきた初老の男の人。

 もう一人は……

 私が視ている最中、そのもう一人の男の人と目が合う。

 これはもしかしたらコンタクトが取れるかも。

 精神を集中させ、もう一人の男の人に話かけた。

(あなたは誰?何故助けを求めて手を伸ばさないの?)

 男は問い掛けに応じてくれた。

――俺は加山……鈴木を再び殺そうとして失敗した……アンタは何故わざわざ鈴木に殺されに来たんだ?

 加山さんね。『あれ』を鈴木と言った……『あれ』の生前の知り合いかしら?

(私は『あれ』を再び葬る為に来た霊能者です。それなりに力を付けてきたつもりでしたが……結果、北嶋さんに救われました)

 加山さんはゆっくり頷いて北嶋さんを見る。

――俺は鈴木に及ばなかった。いや、誰もこの化け物には勝てはしないと思っていた。永遠にこの暗闇からは出られない。鈴木に取り込まれた……鈴木に犯された男達と共に、永遠に暗闇に棲む事になると思っていたが……

 加山さんは暗闇の中で、微かに笑っていたように見えた。

(北嶋さんは何者なんですか?)

 私の最大の疑問であり、全ての意味を含む質問だ。

――解らない。ただ……

 ただ……その次の言葉は安易に予想できた。

――ただ、鈴木を殺す事が出来るのは彼しかいない

(加山さんは何故、『あれ』に取り込まれながらも、皆と違うのですか?)

 厳密に言うと、あの初老の男もその一人ではある。

――俺は鈴木と戦おうと思い、自ら鈴木に近付いた。もう一人は鈴木の生前に殺された男だ。鈴木に犯されてはいない

 何となくではあるが、『あれ』に取り込まれたにも関わらず、『あれ』の支配を微妙に躱している理由が解った。

 加山さんは『あれ』と戦おうとし、結果敗れて『あれ』に取り込まれた。初老の男は『あれ』の生前に『あれ』に殺された。

 加山さんに限っては覚悟の違いではないだろうか?

 初めから死ぬ……いや、刺し違える覚悟……生前の思いではないだろうか?

 被害者には、その覚悟は当然無いだろう。気が付けば『あれ』に犯されて、気が付けば暗闇の中だったに違いない。

 では初老の男はどうだろうか?

『あれ』の生前に『あれ』に殺されたのは二人。

 あのアパートの主婦と初老の男だ。

 アパートでみた中年女性の霊は、『この家』にはいない事から『あれ』の支配下では無いと推測した。

 では初老の男は?何故『あれ』の支配下にいるのだろう。『あれ』に支配されながら、何故『あれ』の支配が多少弱いのだろう?

 私は初老の男を捜した。

 暗闇の中……泣き叫ぶ男達の中にいる初老の男……やはり『あれ』を憎しみのまなこで見ていた。

 私は再び初老の男にコンタクトする。

(聞こえますか?以前あなたに頼まれた者です。聞こえたら反応をください)

 初老の男は気が付いたようで、私の方を見た。

――あの時のお嬢さん……?

 反応してくれた初老の男は高野と名乗った。

(高野さんは何故『あれ』の支配が若干弱いのですか?アパートにも来ていましたよね?自由に動ける心当たりはないですか?)

 高野さんはウンウン頷きながら話をしてくれた。

――私は鈴木を殺した男で、鈴木に殺された最初の犠牲者だ。この暗闇にいる住人とは違い、鈴木とは身体の関係になっていない。恐らくそれが原因だろうが、稀に自分の生前の建物には行ける

 高野さんが『あれ』を殺した?『あれ』はストーカーしていた、この家の住人に正当防衛で刺殺されたんじゃ?

――鈴木を殺した私は、鈴木が『あれ』と呼ばれる存在になった時に暗闇に閉じ込められた。言わば鈴木を化け物にしたのは私……

 高野さんは申し訳なさそうに語り続ける。

――あの日……偶然に生前住んでいたアパートに行けたんだ……そして君がいた……

 私は黙って話の続きを聞いた。

――誰の目にも留まらなかった私を君は見た。君の霊力が高い証拠だ。霊力が高ければ殺せる。鈴木を再び殺せる……そして鈴木を再び殺した時に、私も一緒に滅して欲しいとお願いしたんだ……

 一緒に殺せって事?

(何故一緒に『あれ』と滅びようとするのですか?)

 高野さんは涙を浮かべていた。その涙は暗闇に閉じ込められた人達とは違う涙。 後悔……自責の念の涙だった。

 ああ、そうか。

 高野さんは『あれ』を作り出したのだ。

 生前の『あれ』は二人も殺している。

 そのまま生き続けていたら、それはそれで被害が増えていただろうが、自分が化け物を作ったと思い、後悔しているんだ。

――お願いだ……鈴木と一緒に私も……

 高野さんが遠くなって行く……加山さんも遠くなって行った……

 私が加山さんや高野さんと話をしている最中『あれ』が私を凝視していたのを、その時初めて気が付いた。

――……お前ガ………お前が来たから…北嶋さんはワタシガミエナイ……感じナい……おまエ……お前のせいだああああああああああああああ!!!!

 部屋が暗闇に侵食されていく……?

 この暗闇に私を捕り込もうと言うの!?

 私は精神を集中させ、暗闇を退けた。

「今だ!」

 暗闇を退けた一瞬の隙を突き、結界を張る。『あれ』の侵入を私から防ぐ為だ。

 しかし……

 確かに暗闇は私を避け、部屋を侵食したのだが、私の周りしか結界が張れなかった。

「北嶋さん!!」

 北嶋さんは結界から外れてしまった。

「北嶋さん!北嶋さん!北嶋さん!」

 暗闇は北嶋さんに覆い被さるよう包んでいく……

「く!!北嶋さ」

「んああ~……うるせぇなぁ……」

 北嶋さんは寝ぼけながら普通に寝返りを打った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何故?何故なの?

 北嶋さんが入居して一ヶ月……やっと……やっと好みの男が私の前に現れたと言うのに……

 あの人は私に気付かない……私が愛情を込めて作ったご飯も見えていない……何故二階にベッドを持ち込まない?

 不可解で不可解で仕方がなかった。

 今まで数々の男を虜にした私の身体、それも見せられない。

 私の傍に居る男達の手からも、彼は普通に払い退ける。

 神様……

 私の慈愛が足りないのですか?

 こんなに恋焦がれている男に、指一本すら触れられない……


 この女かぁ!!

 この女が私の北嶋さんをたぶらかしたのかぁ!!

 殺す!!

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!

 私の憎悪は全てこの女に向けられた。

 私の恋を邪魔するこの女……私は絶対に許す事は出来ない。

 死を以て償わせてやるわ!!

 私はこの女に直接覆い被さった。私の怒りが女を襲う。

 しかし女は何かしらの術を駆使したのか、暗闇が避けていく。

 そして私の暗闇が北嶋さんに覆い被さった。

 女は大きな叫び声を上げた。女は彼が私に連れて行かれると思ったようだが、私は知っている。

 彼には私の暗闇は全く通用しない事を……

 彼には、ありとあらゆる私を出して見せたが、全く私に気付いてはくれない……

 ほら!今も普通に寝返りをしている!!スヤスヤと心地好い寝息をたてているわ!!

 何!?何なの一体!?

 私の全てが全く通用しない男…狂気すら湧き出てくるわ!!

 北嶋さん……

 私に気付いて!!

 気付いて!!

 気付け!!

 気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け!!!

 気付けよ!!

 私の憤りなど意にも介さず相変わらず寝息をたてている彼……

 気付け!!私に気付いてよおおおおおおおおおおお!!!!

 お願い……気付いて……………

 お願い……………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ん……んん……んぁ~……

 今日もグッスリ寝たぜ。俺は自慢じゃないが、病気一つした事がない。毎日毎日快眠だ。

 ハッハッハッ!さて、今日もパチンコに……いやいや、新聞広告出すんだったな、忘れていたぜ。

 さて、モーニングなコーヒーでも淹れようかな。

 

 ……… 何だこの女は?

 ロングな髪の可愛い女が何故俺の家で寝息を立てている?

 俺は記憶を呼び戻す。

 つか、昨日いきなり俺の家に来た神崎だ。

 神崎……そんなに俺の傍にいたかったのか……

 俺は神崎が愛くるしくなった。

 微かに寝息をたてている唇にそっと口づけをしようと顔を近付けた。


 パチッ


 神崎の目が開いた。

「よ……よう」

 神崎は目をしぱしぱさせて右拳を握り締め俺の鼻っ柱に思い切りグーでぶん殴って来た!!

「くはあああああ!!」

 俺の鼻から昨日と同じように、激しい痛みが走りどぼどぼと鼻血が流れ出た。

「お前……俺を整形するつもりか!!」

 昨日といい今といい……何度も何度も鼻をぶっ叩かれては、流石の温厚な俺も黙ってはいられない!!

「今のはあなたがいけないんでしょう!!寝ている隙にキスしようなんて卑怯よ!!まるで藤木君よ!!」

 なんでちびまるこちゃん出して来るんだ!!

 てか、藤木君より永沢君の方が卑怯だと思うのは俺だけか?

 て、どうでもいいわ!!マルオ君でもたまちゃんでも何でもいいわ!!

「もういい………別れよう!!」

 俺は別れ話を切り出した。

 どんなに俺を好きでも、何度も何度もぶん殴られては顔が変形してしまう。

 俺の鋼の決意!!もう、誰も俺の決意を変えられない!!

 神崎は驚いた顔をしている。

 ふふん、見たか俺の決意を?もうお前とは終わりだ!!

 しかし神崎から返ってきた言葉は意外で、全くその通りだった。

「私達、付き合ってないけど」

 確かに俺達はまだ付き合ってはいなかった!!

「た、確かにまだ付き合って無いが、お前俺に惚れているんじゃ……?」

 余りの動転ですっかり鼻血が止まっていたが、気にしている場合では無い。

「え?そんな事一言も言って無いけど」

 ま、まぁ確かに言われて無いが……

「昨日言ったでしょう?私は『この家』に棲む化け物を倒しに来たって」

 ああ、確かに何かそんな事を言っていたな。

 俺の傍に何人も殺した悪霊っての?が居るらしい。

 俺は再びキョロキョロと周りを見る。

「やはり見えないが、俺にも霊感が……」

「だからUFO見た話はどうでもいいのっっっ!!」

 神崎は苛立ち、俺の言葉の続きを止めた。

「ま、まぁそんなに苛々しないで、コーヒーでも飲むか?」

 神崎が余りにも苛々していたので少し気を遣ってみた。

「…………戴くわ。ありがとう」

「じゃ、淹れてくれ」

 神崎の表情がいきなり曇る。

「い、いや!俺が淹れよう」

 俺は慌ててコーヒーを淹れた。いつものインスタントをやめ、豆から挽いたコーヒーを出す。

「……美味し」

 少し機嫌が治ったようだ。

「とっておきのキリマンだ」

「昨日のパチンコの景品でしょ?袋に入っていたもの」

 ちくしょう!良く見てやがる!!

「で、化け物をどうやって倒すんだ?」

 俺は話を変えるテクニックは誰にも負けない自信がある。話題チェンジはハードボイルドの必須事項さ。

 神崎は俯き、考える。

 ………いい!!

 その仕種はツボだ!!

 微かに人差し指を噛み、斜め下を見つめるような仕種……素敵だ!!

「……正直、まだ解らないわ。北嶋さん、申し訳ないけど、暫く私を『この家』に泊めてくれる?」

 泊めて?

『俺の家』に?

 神崎の意外な申し出。流石に俺は考えた。

 2秒程だが。

 一つ屋根の下に健全な男女が寝泊まり……

「いいよ!!」

 だって考える必要は無いと思わないか?

 愛し合う者同士が一緒に住むのは当然だろ?

 俺はニタニタしている。今後の展開を想像してだ。

「あ、邪な事は考えないでね」

 神埼……

 エスパーかお前は?俺の心を造作なく読むとは……!!

 やるな。流石俺の女だ。


 んで、神崎の指示で、俺は二階の部屋にベッドを移動する。

 面倒くせぇが仕方ない。これからの薔薇色の日々の為に、俺は二階へベッドを移動するのさ。

「じゃ、私はこっちの部屋を使わせて貰うわ」

 言いながら神崎は、俺がベッドを運んだ部屋の隣の部屋に入って行く。

「ちょ?ちょっと待て!一緒に寝るんじゃ……」

「……はぁ?」

 神崎の眉間のシワが一気に増量したので、俺はそれ以上言うのをやめた。

 二階の寝室にスゴスゴ入って行く俺……結構広いな?今まで一階しか使って無いから解らなかったが。

 ドアから神崎が顔を覗かせる。

「どう?何か感じる?」

 全く感じない。神崎が言うには、ここが化け物の本拠地だと言うが……

 しかし感じる事もあるから、俺はそれを言った。

「お前の視線を感じるぜ」

 決まったか!?

 俺は神崎をチラ見した。

 神崎は溜め息をつき、首を振っていたのが見えた。

「何も感じません」

 訂正してみた。

 俺は神崎をチラ見した。

 神崎は今度は肩を下ろして溜め息をついていた。

 どう言えば納得するのだ?正直な感想は駄目なのか?女心の謎を解くのは難しい……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何も感じない?凄い普通ね。

 二階にベッドを持ち込んだだけで、『あれ』の狂ったような喜びを感じないなんて……

『あれ』は既にベッドに乗り、北嶋さんに不気味な微笑みでケラケラと笑っていた。

 しかも『あれ』の背後の暗闇も、一段と暗さが増したような……

 暗いと言うよりくらい。冥界の入り口のように真っ暗だわ。

 やはり『あれ』は二階の寝室で力を発揮するようだ。

 私には聞こえるけど、北嶋さんには聞こえて無いでしょう。

 ヒューヒューという笛のような音色。ゴボッという血が吹き出る音を。

 私は北嶋さんに注意をする。

「北嶋さん、寝る時……いえ、通常でも寝室に鍵を掛けないでね?」

 北嶋さんの全くの普通さに苛々した『あれ』の隙を付き、私の霊力を直接ぶち込む。

 少し危険だけどやるしかない。失敗すれは、私は愚か、北嶋さんも死ぬ……

 この作戦、北嶋さんに話すべきかしら……

 私は悩んでいたが、北嶋さんの一言で吹っ切れた。


「え?一緒に寝ればいいだろう?」


 なんで純粋に自分の心を晒け出す事が出来るのか?私は無言で隣の部屋へ戻った。

 隣の部屋に結界を張る。

 これで『あれ』の脅威はこの部屋には届かない。

 私は各部屋に結界を張る事にした。

 一階に降りる。

 居間、四畳半の部屋、トイレ等々……

 次々と結界を張っていく。

 台所のテーブルに作りたての肉のガーリックソース、ウナギの蒲焼き、とろろ芋が並んでいた。

『あれ』の作った食事がある。

 私……いや、おそらく『この家』に訪れた人間は例外なく、この食事が見えるだろう。

『あれ』の意中の人、北嶋さんにだけは見えない。

 この一ヶ月、『あれ』は凄く苛々している筈。

 更に二階にベッドを持ち込んだ事により、『あれ』は北嶋さんとの距離を縮めたと思うだろう。

 実際『あれ』は歓喜していた。

 しかし、北嶋さんは『あれ』は見えないし感じない。

 きっと『あれ』は今まで以上に狂う筈だ。

 今までと状況が異なるのだから、きっと隙を作る……!!

 その見極めが私に出来るのか、そこが不安だがやるしかない……

 私は台所にも結界を張った。

『あれ』の作った食事がもう見えなくなっていた。

 やはり北嶋さんが二階にベッドを持ち込んだ事により、『あれ』は私の存在をあまり意識しなくなったらしい。

 いよいよ浴室だ。

 私はかなり気を張っている。

 浴室は私にとって鬼門のような所だから……

『あれ』はまだ二階で北嶋さんに気付いて貰うよう、必死で頑張っているのか、まだ私には気付いていない。

 今のうちに結界を張っておかないと……

 私は慎重に……慎重に……浴室のドアを開けた。

 晶子がいた。

 ずっとここに縛られていたんだ……

 晶子だけじゃない、他の数人……

『あれ』に縛られ、ここでただ立っている女の人達……待っていて、私が絶対『あれ』を葬ってみせる……!!

 改めて固い決意をした私は、浴室に結界を張った。

 一階の各部屋が完璧に『あれ』の侵入を防ぐべく、正常な空気が流れて来ていた。

 取り敢えずこれで……

「何してんだ?」

 北嶋さんが一階に降りて私の様子を伺いに来たようだ。

 同時にドン!ドン!と二階から何かを叩く音がした。


――があああああああああああああああ!!ちくしょう!あの女!ちくしょうがあああああああ!!


『あれ』が騒ぎ出す。結界により、行動が制限されたのを気付いたようだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あの女!!『私達の家』に何かしたわね!!

 ああああああああああああああああああああ!!!殺す!絶対殺す!!

 私の暗闇が寝室を侵食した。

 あああ!!寝室から出られない!!

 ちくしょう!!あのブス!!どこまでも私を馬鹿にしやがって!!

 私は寝室の窓から隣の部屋へと移動を試みた。

 このルートを通るのは、信之助さんに会いに行った時以来だけど、あの時より簡単に行ける。

 隣の部屋の窓にへばり付いた。

 あの女ぁぁぁぁぁ!!ここにも何かしやがったのか!!

 かつてない程怒りに私は震える……


 もういい……

 もう解った……

 私の男をくれてやる!!


 私は私の傍にいる男達を解き放った。男達は確かに寝室から出る事は叶わなかっ たが、生ある者に縋りたい男達は、きっとあの女に縋り付くだろう。

 あの女は私を殺したいのだからきっと寝室に入って来るだろう。

 その時あのブスはしかばねに変わるだろう………!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎は買い物に出ると言って俺の家から外出してしまった。パチンコ屋にも新聞社にも行くなと俺に言い残し。

 稼がないと食って行けないのに、そんなに俺を束縛したいのか?

 まあいい。ヒモになるのも悪くはない。

 俺は寝室と決められた二階へと移動する。

 流石にベッドだけでは寂しいから、多少模様替えをしてみようとか思ったのだ。

 灯りをピンクとかに変えたら神崎もムードに押し切られ、心も身体も俺に従うようにならないかなぁ~とか思いながら二階へと移動した。

 二階のドアを開けた。

 うむ!!ムードより掃除が優先だな!!

 二階は放置していたから、うっすらと埃が積っているのさ。

 こんな時家政婦でも居たら楽なんだがな。

 そう言えば、化け物はハウスキーパーの霊だとか言っていたな。

 俺は呼び掛けてみる。

「おい!この部屋にいる筈の家政婦。掃除しとけ」

 何も無い空間に命令する俺の姿を他人が見たら、気でも狂ったのかと思われてしまうな。

 俺は暫く待つ。

 化け物が掃除してくれるかどうか、暫く待ってみる事にする。

 決して掃除が面倒だから現実逃避している訳では無いぜ?


 掃除なんかしないか……

 本当に化け物なんかいるのかよ?

 俺は仕方無く自分で掃除する事にした。

 ダス〇ンと契約していない俺は、雑巾を自腹で用意する。

 昨日神崎に渡した雑巾候補を取りに行くか。

 いやいや、掃除の基本は天井からだな。

 天井に掃除機をかける。やり難いが我慢するか。

 次は押し入れ……いや、これはクローゼットか。

 俺はクローゼットを開けた。

 実はクローゼットを開けるのは、今日が初めてなのは秘密だ。

 うっすらと埃が積っているので、そのまま掃除機をかける。

 

 ブィィィィ……ブィィィィィ……ズボボボボ!!!

 

 何か詰まったか?

 面倒臭いが取り除く。このままでは掃除機が使えないからだ。

 ん?詰まった物は写真か?

 俺は写真を見た。

 これは……何と言うか、某猫型ロボットの漫画とかアニメに出演している、漫画家を目指している女、通称ジャイ子に似ている。

 マジマジと見る……

 ジャイ子は小学生の設定だが、この女は二十代ってところか?

 そしてこの挑発するかの如くの超ミニスカート……胸元ぱっくりのシャツ……

 こいつ………

 バカだなあ!!ハッハッハッハッハッ!!

 こいつは自分に自信満々な勘違い女だ。自分が一番可愛いとか思っているんだろうな。

 俺は写真を眺めて本気で笑ってしまった。

 挑発ポーズが自意識過剰さを確認させる。セクシャルな格好しても全然そそらねぇ!!笑い過ぎて腹筋が鍛え上がる!!

 ハッハッハッハッハッ!!ゲラゲラゲラゲラゲラ!!

 いやぁ、面白い物を発見したなぁ。神崎が帰って来たら、見せてみよう。

 と、その時、カチャ、と玄関を開ける音がした。

 神崎が帰って来たようだ。

 俺は写真を握り締め、神崎の元へと向かった。

「よう、早かったな」

「……どうしたの?妙にニヤニヤして?」

 上機嫌な俺を見て神崎が不思議そうな表情をしている。

「まぁまぁ、これを見てみろ」

 俺は神崎に写真を渡した。

 写真を受け取り、見た神崎はいきなり青い顔をして、買い物袋を落とした。

「これ……何処にあったの?」

 微かに震える唇から絞り出したセリフのようだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『あれ』の写真……!!

 生前の写真のようだが……

 生前に『この家』でハウスキーパーをしていたのは確認済み。しかし、何故今更?

『この家』には何度も警察が来ていた筈だ。写真の存在を見逃す訳が無い……


『あれ』が用意した?


 しまった!!寝室の窓から出入りしたのか!!

 確かに寝室には結界は張っていない!!

『あれ』が『この家』から出て行って他で被害が出るかもしれない?

 いや、あの手の霊は執着する筈。

『この家』から出て行くのは、まず殆んど無いとは思う。

 北嶋さんに自分の姿を見せるためだけに、生前の実家に戻ったのかも?

 私は慌てて玄関を出て、『この家』の隅々に結界を施した。

「?この写真が何だ?」

 先程大笑いしていた北嶋さんがキョトンとしている。

「その写真……その写真の女が『この家』に棲んでいる化け物よ!!」

 私は北嶋さんの問いに答えた後、直ぐ様『あの家』へと戻った。

『あれ』が二階の寝室に居るのか確認をしたかったのだ。

「この写真の女が化け物……」

 北嶋さんは怖い顔をして写真を眺めている。

「北嶋さん!!寝室に戻りましょう!!」

『あれ』の力を無効にする北嶋さんが居れば、最悪寝室で『あれ』がどんな進化をしてようが、きっと何とかなる筈!!

 私は北嶋さんの手を引いて寝室へと駆け上がる。

「おいおい、まだ真っ昼間だぜ?まぁ、俺は明るい方がいいが」

 北嶋さんが何か言っているが、グーで殴るのは後にしよう。

 私は寝室のドアを開けた。

「こ、これは……」

 暗闇に取り込まれた沢山の男の人達が寝室で彷徨さまよっている!

 結界がある為に寝室からは出られないようだが…

 何故?『あれ』は何故男の人達を解放したの?

 私が考えている最中、男の人達が私に気付いた。

 身体だ!!

 身体があるぞ!!

 あの中に入れば自由になれる!!

 無数の男が私の中に入ろうとしてきた。

「今なら還せる……けど……」

 かなりの数の男達……全てを還すのには、かなりの時間が必要になる……!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ふふふ……お人好しさん♪

 今なら私の傍にいる私の男達を在るべき所に還せるかもね。

 沢山の男達の御霊……全てあなたにアゲルわ♪

 どこで還す?『この家』?でしょうねぇ~♪

 男達は『この家』から出られないからね。

 あなたなら、その意味が解るでしょう?

 ただし、全ての男達を還すのには、かなりの時間が必要になるの。

 私がその間、大人しくしているとは思わないでね?

 クスクスクスクス……クスクスクスクス……ハッハッハッハッハ!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何か神崎が呆然としているが……

 そうか!!掃除が途中だから、ベッドに入るのを躊躇っているのか!!

 俺は全てを理解した。

 つまり、俺の取るべき行動はただひとつ!!

 寝室を高速で掃除する事だ!!

 俺は寝室に入る。

 神崎との甘い一時の為に掃除しなければならないからだ。

「北嶋さん!?入っちゃダメ!!」

 神崎が止めるも、散らかっている寝室はムードってもんがな。

 今直ぐに抱かれたい気持ちも解るが、少し待ってくれよ?

 何、直ぐに終わるさ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんが解放された男達が沢山いる寝室に入って行ってしまった!!

 止めたが、聞こえていないのか、普通に寝入ってしまった!!

 男達が北嶋さんの中に入ろうと北嶋さんに群がる!!

「ああ……」

 私はその場にへたり込んでしまった。

『あれ』の力が無効とは言え、『あれ』から解き放たれた無数の霊でも北嶋さんが大丈夫か、まだ解らない。

 北嶋さんの中に男達が、一人、二人、三人……次々と入っていく……!

「北嶋さん!北嶋さん!!」

 あれほどの霊の数が全て北嶋さんに入っていく……

 流石に北嶋さんは無事では済まないだろう……

 私はうっすらと涙を浮かべ、諦めかけていた…

「少し待て。焦るな焦るな……直ぐに綺麗にするからさ?」

 北嶋さんは無数の霊に入られながらも少しも感じず普通に、普通に寝室を掃除している?いや。入っていない?魂が北嶋さんの肉体をすり抜けている?

 い、いや、それよりも……

「き、北嶋さん、何とも無いの?」

 あれ程の霊魂が居ながら一体も憑けないのは驚嘆だが、ただ通り過ぎるだけでもダメージはある筈だ。

「掃除くらいともないさ。だから焦るなよ?終わったら、な?」

 北嶋さんは本気で何とも無いようだった。しかし、安堵すると共に別の感情が芽生える。

 北嶋さんに身の危険を感じたのだ。

 霊的な事じゃなく『男』の北嶋さんに対してだ。

「ダメよ!グーで殴るだけじゃ済まないからね!!」

『あれ』の存在は勿論だが、良く考えてみたら男と女が一つ屋根の下……

 別の意味で危険だった事に今更ながら気が付いた!!

 私はじわりじわりと後退りしていた。意識せずとも、女の本能的なアレで。

「え?じゃ、何故寝室に急がせたんだよ…………」

 この時の北嶋さんは傍から見ても、とてもとてもガッカリしていたように見えたに違いない。

 項垂れ、かなり落ち込んだ様子の北嶋さんに、別の意味で申し訳無い気持ちで一杯になった。

「い、今はまだ解んないけど、これからどうなるかも解んない訳だから、ね?」

 あ~……私は何と言う訳の解らない慰めをしているんだろう……自己嫌悪に陥りそうだ……

「大丈夫よ!!私、結構北嶋さんを気に入っているかもしれないから、多分良い方に転ぶと思うよ!!」

 あ~……私は何かとんでもない事を男の人に向かって言っているわぁ……ますます自己嫌悪に陥りそうだわ……

「とっ、取り敢えず寝室から出ましょう?ねっ?」

 私は北嶋さんに寝室から出る様に促した。

 この微妙な空気を何とかしたいのもあったが、複数の『あれ』の被害者達を還せるチャンスが巡って来たのだ。

 上手く行けば、浴室の晶子も解放出来るかもしれない。

 私は『あれ』を見る。

『あれ』は酷く汚らしい笑みを浮かべ、私を見ていた。

 罠?何かの罠なの?そう言えば寝室のクローゼットから発見したと言う『あれ』の生前の写真……

 解放した男達と何か繋がりが?北嶋さんに入った男達の仕事は?

 私の思考がぐるぐる回る。

「……入れと言ったり出ろと言ったり……何だお前?流石にムカつくぜ……」

 北嶋さんが微かに怒っている。

「ごめんなさい……確かに私が悪かったわ。北嶋さんは何も見えない、何も感じないのだから」

 そう、北嶋さんにしてみれば、私はただ北嶋さんを振り回しているだけ。

 不快にさせるのは当たり前だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 フフフ♪

 まさか私の男達全員が通り過ぎただけなのは驚いたけど、まぁいいわ。

 目的は、あの女を足止めする事。そして、北嶋さんに私の今を解らせる事だったけど、後者は望みが薄そうね。

 男達は結局私の物だから、私と北嶋さんを繋ぐ事が出来る。

 直接北嶋さんにアピール出来ないならば、私の男を概して北嶋さんにアピールすればいい。

 あの女が私の男達を還している最中、私は私の男を触媒にして、北嶋さんにアプローチ出来ると目論んでいたけれど、そこも追々よ。

 さぁ!後は時間の問題よ!!

 あなたが私の男達を還し、私を独りぼっちに出来るのが先?

 それとも私が北嶋さんと結ばれるのが先?

 私の魅力に取り付かれた男達……簡単に還せると思わないでね……

 フフフ……何か楽しくなって来ちゃったわ。こんな刺激、私が私になってから初めて感じた刺激よ。

 精々私を楽しませて頂戴?

 クスクスクスクス……………

 フフフフフフフフフフフフ……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「き、北嶋さん?今北嶋さんに沢山の男の人が群がっているの。だから早く還さないと、北嶋さんの身体に影響が出るかもしれないの」

 私は話を無理矢理変えた。落ち込んでいる北嶋さんの注意を少しでも反らす為だ。

「……俺の身体が心配なのか?」

 北嶋さんが私に問うてくる。

「当たり前でしょ?北嶋さんは(『あれ』を殺す為に)必要な人よ!!」

 私は力一杯叫んだ。

「そうか……そんなに俺が(一人の男として)必要なのか……そうか!そうかぁ!!必要かぁ!!解ってはいるが、一応な!!」

 北嶋さんが甦った!!

 いや、何かパワーアップしているような……?

「んで、俺に群がっている男を還すって、何処に還すんだ?」

「え、え~っと……解りやすく言うと、天に還す?天国に還す?」

 何と説明したらいいか、解らない。

 言葉を捜していると自信満々に北嶋さんは右手を握り締め、高々と拳を天に振り翳した。

「成程な。天に還す……了解したぜ」

 そして声高らかに言い切った。

「逝け!!俺の傍にいる男達!!」

 そんなんで還せる訳無いでしょう……

 私が突っ込みを入れようとしたその時、北嶋さんの傍にいる男達の魂が全て浄化し、安らかな笑顔になり、天に旅立った………って、え?ええええええええええ!!!?

「嘘でしょ!?何で!?」

 高名な霊能者でさえ、全て還すのには多大な時間が必要と思われる『あれ』に取り込まれた男達……何でそんなに簡単に還す事が出来るの!!?

 状況が全く信じられない!!!

「……還った?」

 北嶋さんは拳を天に振り翳したまま、私に問い掛ける。

「あ、ああ……そ、そうね……」

 男の人は全て……いや、高野さんと加山さん以外、旅立って行った……

 高野さんと加山さんも信じられないと言う表情のまま固まっている。

 もっと驚いていたのは『あれ』だ。

『あれ』が自分の傍から離さないと決めた男の人達。

 恐らく『あれ』は、何かの罠を張っていたのだろう。

 その全てが無効になってしまったのだから。

 いや、自分の支配の意味が通じない北嶋さんに、かつて無いほどの間抜けな顔をし、ポカンと見ていた。

「北嶋さん……あなた……本気で何者なの?」

 私の質問は高野さんや加山さん、更には『あれ』にも興味のある質問に違いない。

 現に全員、北嶋さんの言葉を待っていた。

「俺が何者かって?俺は……探偵さ!!」

 北嶋さんはかつて無いほどニカリと笑い、今だに拳を天に振り翳して答えた!!

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