北嶋勇の心霊事件簿1~あの家の家政婦~

しをおう

格安物件

 俺はツイていた。とある大手の食品加工会社をクビになった俺は、『食品表示偽造していた事をマスコミにリークする』という、『交渉』の末に多額の退職金を戴いた。

 まぁ、クビになった時に、5年付き合っていた彼女にフラれたが。

 しかし更にツイていた。

 その女はとあるIT関係の社長と結婚するがために俺を捨てた事が明らかとなった。

 俺は『過去のお前の職種を結婚相手にリークする』との『交渉』の末に多額の慰謝料を勝ち取った。

 まぁ、あの女は元風俗嬢だったって程度の事だがな。余程知られたくないのだろう。全く知った事では無いが。

 そんな訳で、仕事と女を一気に失った俺は、心機一転!子供の時からの憧れ!!『探偵事務所』を開く事を決意する訳だ!!

 幸いにして、退職金と慰謝料はそこそこの金額だ。当分の間は何とかなるだろう。

取り敢えず不動産屋に行って、開設する物件を探さねばならないな。

 あ、挨拶が遅れたな。

 俺は『北嶋きたじま いさむ』と言うナイスガイだ。ヨロシクな。

 

そんな訳で適当な不動産屋に入ったのだが、そこは小さい不動産屋だ。佐藤不動産と言うらしい。小さいから望みの物件があるか不安だが、まぁいいさ。

 俺は不動産屋の扉を開けた。

「たのもう!!」

 奥の机に座っている、バーコード頭のオッサンが『ビクッ!』と身を硬くしてか俺を見た。

 面倒臭がりの俺はオッサンの『ビクッ!』などスルーして、用件を言う。

「事務所を開きたいんだが、鬼のように安くて、築5年くらいで、駅から徒歩5分の物件をくれ」

 バーコード頭のオッサンは、のそのそと俺に近づき、俺のナイスな顔をマジマジと見る。

 俺の人となりを判断しようと言うのだろう。

 いいだろう。よく見るといい!!

 バーコード頭で加齢臭のお前の青春を俺の姿で甦らせればいいさ。

「お客様、ご予算はいかほどですか?」

 バーコード頭で加齢臭のメタボなオッサンが金の事を聞いてきた。

 ふん、聞いて驚くなよ?俺の予算は……!

 俺の金額呈示を聞いたオッサンは

「賃貸ですか?」

 と訊ねてきやがった。

 やはり10万は無いか。だが、希望を捨ててはいけない。ひょっとすると、が、この世の中にはある。と思う。

「いや、持ち家で」

 素直に要望を言ってみる。

 バーコード頭の加齢臭のメタボのアブラギッシュなオッサンは、『フッ』と鼻で笑う。

 そして、「持ち家?あなたが?」とか抜かしやがった。金持っていないように見えたのか?

 気分を害した俺は、退職金と慰謝料を足した全ての金額を呈示する。

「………その予算なら…いや、何でもないです」

 伊達に探偵事務所を開きたいと言っている訳じゃない。

 このオッサンはナイスな物件を隠している。探偵(仮)の勘だ。

「1000万じゃ、不服か?」

「1000万が不服って言うか、正直に言ってお客様のお探しになっている条件では、不可能です」

 オッサンは呆れながら言いやがったが、近い物件はあると踏んだ俺は突っ込む。

「じゃあ、先程ドモっていた物件はどんな家だ?」

 俺の瞳が光を増す。オッサンの表情の全てを見逃さない為だ。

「……駅のご要望を除いて戴けますと、築10年でリフォーム済みの郊外の物件ならございます。お客様のご予算でも充分にお釣が来ますが…しかし…」

 なかなか口を割らないオッサンだな。少し揺さぶってみるか。隙を見付けて買い叩こう。まだ売って貰えるか解らんが。

 伊達に探偵事務所を開きたいと思っている訳ではない俺は推理してみた。

 恐らく、鬼の様に狭い家なのだろう。

「広さはどのくらいだ?」

「確か7、80坪くらいですかね。広い庭もありますし……」

 7、80坪!!?広いじゃねぇか馬鹿野郎!!誰だ?鬼のように狭いと言ったのは!!

 ……他ならない俺だった!!

 ならば別の方面から攻めてみようか。例えばインフラが行き届いていないとか。

「携帯も繋がらない山の中とか?」

「いえ、確かにその物件の近くには民家がありませんが、そんなに山の中ではないです。と言うか山の麓です。その家で行き止まりになりますが」

 推理などどうでも良くなった俺は、その物件をどうしても見たくなった。

「その家、見せて貰えるか?」

 オッサンの顔が青ざめる。風邪でも引いたのか?この僅かな時間の間に。

「そりゃ、売り物ですから、見たいとおっしゃるのならばお見せしたいのですが……」

 バーコード頭で加齢臭でメタボのアブラギッシュの腋臭のオッサンは震えていた。

「エアコン付けているようだが、今23℃もあるぞ?寒いならもうちょっと温度を上げればいい。俺は丁度いいくらいだけど」

「確かに、その家は涼しい……いや、寒いくらいでしょうけど…」

 オッサンは青ざめた顔をしていたが俺は笑いを堪えるのに必死になっていた。

 オッサンの頭がテカッて、青ざめた顔が強調されてしまったからだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私、とある街で不動産業を営んでいる佐藤と申します。

 小さな不動産屋ですが、このご時世に、そこそこ頑張っていますよ?まぁ、食べていける分には問題無いです。

 今、私はお客様のご要望により、一つの物件を見に行っている最中です。

 このお客様は見た目25歳~30歳くらいでしょうか?

 最初は適当な男だな、との印象だったので、フリーターか何かだと思っていましたが、貯金が1000万円くらいある様子。

 あ、私は見た目で人となりは判断しませんよ?しかし、第一印象ってのが御座いますから。私の親戚の娘と同年代らしかったので、少し気になっただけでして……

 しかし、持ち家を所望しているこのお客様。私は『あの家』には行きたく無いのですが……

 まぁ、管理する為に、月一度くらいは『あの家』に行かなければならない訳でして……

 正直、私も早く手離したかった訳でして……

 いや、厄介払いではありませんよ?

 今回は『たまたまお客様のご要望の物件』が『あの家』だった訳でして……

 はぁ…………

 行きたくないなぁ…………


 はぁ……着いてしまった……………

 まぁ、普通の人でも、『あの家』を見たら、断る人がかなりいますからね。

 外観はいいんですよ?リフォーム済みですしね?お庭も結構な広さですし。

 たまに安さに気を取られ、購入決意するお客様もございますが、家を買うって時は、大抵ご家族で来られますよね?

 例えば奥さんが乗り気でも、旦那さんが断って来たりとか、子供さんが『あの家』を見た途端に泣き出すとか、やはりあるんですよ。

 今回、このお客様はお一人なご様子。さて、どう言う反応をしますかね。やはり断られるのでしょうか?別の物件を探してくれとか言われるのでしょうか?

 と、思ったんですけども、ところがですね、私が一通り説明しようとした時にですね……

「買った!!」

 即決ですよ?私はこの場所に立っているだけでも吐き気や頭痛がするのに、このお客様は大変にこやかな顔をして「滅茶苦茶いいじゃんか!これで700万なら安すぎだよ!!」と、880万の『あの家』を暗に値引き交渉しているんですから。

 しかし、私も後々のクレームは勘弁願いたいものですから、勿論、ちゃんと説明をします。お家の中もご案内しなければいけませんからね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺は『この家』をすこぶる気に入った。

 不動産屋のオッサンが何やら青ざめながら部屋を一つ一つ見せて行く。そんなに気分悪いなら薬飲んで休んでりゃいいのになぁ?

「ここはお風呂場でしてウェッ!!」

 おいおい、風呂見て吐きそうになるなよなぁ。まあいいや、ところで水出るかな?

 俺は蛇口を捻る。

 出ない……

 まぁ、水道局と契約しないと水は出ないからな。つか、風呂場で不動産屋のオッサンが何か震えているな?

「あ……ば、馬鹿な……何で…?」

 馬鹿はお前だろ?基本料金払わなきゃ、水出ねぇじゃねーか?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は『この家』を長年管理しています。何度も何度もオーナーを変えた『この家』をです。

 しかし、浴槽に水が何故張っているのか?先程からする『生臭さ』は何なのか?私も初めての経験でしたので、ただただ驚くばかり。

 極め付けは、あのお客様が蛇口を捻った時に出てきた………大量の血………!!

 初めは錆が混入した水かと思っていましたが、よく考えるとガス、水道、電気は契約してから通る事になる筈。

 ……あれはまさしく、あの匂い……あのどす黒い赤は、血………!

 しかし、お客様は何事も無さ気です。こんな気味が悪いのに、このお客様は平然としてニヤニヤしています…

 ああ、早くご案内して早くこの場を立ち去らなければ……!!

 さっきからする頭痛と悪寒が激しくなってきました……

 もう『この家』とは縁を切りたい……

 多少値引きしてでも、買っていただかねば…… 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 二階へと上がっていく俺達。8畳ほどの部屋と6畳ほどの部屋が2つある。二階は案外狭いんだな。

 じゃあこちらの8畳の洋室は俺のベッドルームにしよう。陽当たりも良いし。

 そして俺は窓に行く。外の景色を眺めるためだ。窓から見える景色は……

 森。木、一色!!うむ、ナイス森林浴!!

 杉林か?いや、山だな。小さいって訳じゃ無いが、高さがあまり無い。まぁ、俺は花粉症じゃないから関係ない。

 俺は至極御満悦で外を見ていた。

「うわああああああああああああ!!!!」

 馬鹿不動産屋がいきなり大きな声で叫びやがった!いきなりですげぇビックリしたわ!!

 イラッとしながら、俺はオッサンを見る。

 おいおい、そんなに真っ青になってよ……

 具合悪いのは仕方無いが、ここで倒れられたら面倒になるだろうが。

「大丈夫か?オッサン?具合悪いなら、もう帰るか?」

 俺の慈悲の言葉に、オッサンは涙を浮かべて大きく、何回も頷いた。

 いいって事よオッサン。その代わりと言っちゃなんだがな、かなり値引きして貰うからな?

 心の中で、俺がニヤッとした事は、オッサンには解るまい。俺はポーカーフェイスも得意なのだからな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 はぁ…はぁ…はぁ…はぁ………

『あの家』から離れたら、少し落ち着きました………

 二階の6畳程の洋室…あそこをご案内した時、お客様は窓から外を眺めていました。

 そこに居る筈も無い女が……二階の窓の外からこっちを見ている?

 二階の外、お客様と同じ視線。

 私は瞬時に察知してしまい、悲鳴を上げてしまいました。

 お客様はキョトンとしながら、『具合悪いのなら帰るか?』と言ってくれたので、私はお言葉に甘える事にしましたが…

 しかし、私はお客様が『ニヤッ』と笑ったのは見過ごさなかった。

 それは、外から見ていた『女』が『ニヤッ』とお客様に笑ったのとシンクロしていたから……!!

 この分じゃ、夜トイレに一人で行けません……恥ずかしながら、妻に着いてきて貰わねばなりません……

 妻は恐らく嫌がるでしょうが…ね………

 しかしこのお客様は何故平然としているのでしょうか?見えていないだけか?

 考え事をしていると、不意にお客様に話かけられました。

「戻ったら、あの物件の話をしたい。いいかな?拒否は認めないけど」

 やはり何か感じられたのでしょうか?『あの家』は買わないと言われるのでしょうね。

 ご案内したお客様は、ほぼ全て断っていますから、私は「はい」と言うしかありません。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 不動産屋に戻った俺達は、早速商談に入る事になった。

「あの物件500万だっけ?」

 オッサンは青ざめた顔をしながら「は、はい!500万です!」と言い切った。

 正直驚いたね!半額近い値段だよ!

「よし、即金で全額支払おう!!」

 俺が契約書を出すよう促すと、躊躇しながらも切り出してきた。

「ただし、条件があります」

 ふん、やはりな。そんなに激安な訳ないか。シロアリに喰われているとか言うんだろ?その費用は個人負担とか?結果、割高になるのか?

 しかし、俺の推理はことごとく外れた。

「もしも、お客様があの家を手離す時が来ても、私の所には来ないで戴きたく思います」

 ん~?どうゆう事?俺は激しく首を捻った。首が攣りそうになる程。

「欠陥住宅か?買戻しするには莫大なリフォームが必要だから嫌だとか?」

「いえ、リフォーム済みで、点検もバッチリです。ただ、私はあの家と縁を切りたいのです」

 良く解らんが、欠陥住宅では無いらしい。だったら何も問題はない。俺はその条件を飲んだ。

 だって500万だぜ?安すぎだ!!

 こうして俺は『あの家』の所有者となった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 漸く……漸く『あの家』と縁を切る事が出来ました……

 10年前に、『あの家』を買い取ってしまってから、私は怯えていました。

 あの時、私もあのお客様のように『あの家』を買い叩いたものです。

 まさか『あの家』に『あれ』が棲んでいるとは思わなかったものですから、安かったから事故物件の類だろうとは思ってはいましたが、まさかあれ程とは……

 しかしこれでようやく安心出来る。私は、フッと一息付き、お茶を煎れようと思い立ちました。

「待てよ、今日は暑いから、麦茶の方がいいかな?」

 私は冷蔵庫の扉を開け、麦茶を取り出します。

 そしてコップを取ろうと振り向きました。

「!!!?」

 私の目の前に


『あれ』が立っていました……!!


「ななななな?なぜ?なぜ今頃?私はもう『あの家』とは関係無いはず?なぜ?な!!」

 キンキンに冷えた麦茶のポットを落としてしまいました。

『あれ』は私に近づいて来ます……!!

「くくくくくくくく!!来るな!!私は!私はぁああああああああああああああ!!」

『あれ』が目の前にピッタリと着きます。

 そして酷く歪んだ笑顔で、私の耳元でこう囁きました。


――サヨナラ


『あれ』が私に呟いた時……

 私はそこで永遠に記憶が無くなりました……………

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