北嶋心霊探偵事務所
どうやら俺の活躍で化け物は滅びたようだ。まあ、楽勝だ。正直倒したって感覚が皆無だけど。
先ずは神崎を労おうか。
「やったな神崎。御疲れさんだ」
「ええ……『あれ』はもう現れないわ……」
疲労で汗びっしょりの神崎。濡れた髪が顔に引っ付いている。
色っぽいな。実に色っぽい。
これほどの女が俺のもの……
「か、神崎!!」
俺は辛抱堪らずに神崎に飛び付いた。
同時に神崎のグーが俺の顔面を捉える。
「ぷわあああ!!」
鼻血が景気よく吹き出てしまった!!
「まだだって!!」
まだ?じゃあいつだ?
首をトントン叩き、取り敢えず立ち上がる。
神崎は風呂へと歩いた。
「そ、そうか!つまり一緒に風呂にぶふぉああああ!!?」
鼻血が尋常じゃない吹き出てしまった!!何回も殴るな!!顔変形したらご飯のときに『あ~ん』を要求するぞ!!
「お風呂に女性の霊が4人居るの!その人達を助けなきゃ!!」
あ、ああ、風呂にいる霊を還す訳か。
俺も神崎の後に続いた。
「なぁ、少し相談があるんだが」
「ん?」
神崎が振り向く。
いい……神崎はかなりいい……可愛いし美人さんだし。胸は、まあ……
しかし俺は言わなければならなかった。
「なに?」
神崎が首を傾げて聞いてきた。
かなりいい神崎!
しかし俺の相談も聞いて貰いたい。
俺は思い切って話した。
「風呂場の霊ってのは女だよな?」
「ええ、筋肉質の中年女性と、若い新婚さん、中学生に、もうちょっとで中年の人」
「中年と、中学生と、お姉さんともうちょっとで中年は還していいけど、新婚さんは残さないか?」
神崎の顔が曇る。
「どうして?」
「新婚さんは何か可愛いらしいじゃないか?俺はそんな女に毎日毎日風呂を見られていたんだ。見られる快感ってのもはぎゃああああっ!!」
今回のグーは今までのグーを遥かに凌ぐグーだった。
鼻血が……鼻血が凄まじい程ボトボトと水道の蛇口を全開に捻ったように流れまくりだ。
「私も使うんだからダメに決まっているでしょ!!」
やはりダメか……そりゃそうだよな……
ん?
私も使うって言わなかったか?
鼻を押さえ、神崎を見る。
神崎は本気で怒っている様子だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
浴室……
『あれ』の犠牲になった女の人達が笑っていた。
『あれ』の呪縛から解放されたのだ。もう、何時でも旅立てる。
私は中学生の女の子を見た。
晶子……
晶子も勿論笑っていた。
――頑張ったね。ありがとう!!
晶子はホントにホントに可愛く笑っていた。
(晶子……ゴメン。かなり待たせちゃったね……)
私の頬から涙が零れ落ちる。
――ホントね。全く尚美はグズグズするんだから
晶子は『あれ』に殺される前のように……生前と同じように、辛口で私に切り返した。
(うん………うん………)
もう私は何を言っていいのか解らず、ただ、うんうん言っていた。
――ほらぁ、泣かないの!そんなんじゃ、私、いつまでたっても天国に行けないよ?
晶子が優しく微笑んでいる。
もっともっと話していたい……
拭いても拭いても涙が後から出てくる…
こんなんじゃ、晶子が心配して天国に行けない………っ!!
私が必死に涙を押さえようとしているその時に北嶋さんが拳を天に高々と振り上げた。
「じゃあ、お前等も逝きな」
「えええええ!!ちょ!!まっ……」
眩い光が晶子や女の人達を包み込み女の人達はにこやかに……晴れやかに天国に昇って行った……
当然晶子も……
「晶子!?晶子!晶子!!」
いや、留まって貰いたいから呼んだんじゃない。私のケジメってゆーか意地ってゆーか……
兎に角、晶子は私が天国に送りたかったのだ。
私は涙を拭く事を忘れ、呆然とした。
「逝ったか?」
真顔で私に聞いてくる。
その顔が妙に憎らしくなり私グーで北嶋さんの顔面を殴った。
「ぷぷあっ!??」
止まりかけた鼻血が、再びボタボタと落ちる。
「な!なにを……!?」
流石に不意討ちのグーのようで、北嶋さんは状況が理解出来ていない様子だった。
「何でもないわよっ!北嶋さん!ありがとうねっ!!」
怒った口調でお礼を言ったが感謝しているのは本当。しかしイラッとしたのも本当だった。
「私の感動的な場面を………!!」
別の意味で涙が出そうになった……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鼻血が止まったのを確認して出かける準備をする。
「ん?どこ行くの?」
「ああ、新聞社だ。探偵の広告を上げないと」
仕事をしなければ食って行けない。
これは成人として、いや、人間として必要不可欠なのだ。
「ああ、広告ね、そうね、出した方がいいかもね」
神崎は冷蔵庫からお茶を取りだし、グッと飲む。
「だろう?北嶋心霊探偵事務所の一員として頑張ってくれよ?」
俺は親指をグッと立て、神崎に突き出した。
ブフウウウ!!!!
同時に神崎がお茶を俺に向かって吹き出した!!
「ぐあっ!?何しやがる!!びしょびしょになったじゃねぇか!!」
神崎が口に含んだお茶……
汚くは感じない。
寧ろ舐めたいくらいだが、流石にそこまではしたくない。
「北嶋心霊探偵事務所ぉ!?一員!?私が!?」
神崎がやたら驚いている。
「そんな事よりだ!まずは謝るのが筋だろう!!」
探偵事務所の社長と社員の立場なのだから、ガツンと言ってやらねばならない。
たとえ愛し合っていても、ケジメは必要だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ちょっと待って!!聞いてないよ!!」
流石に慌てた。
探偵事務所を広告に出すのは勿論賛成だけど、私が『この家』に留まるのは、長年染み付いた『この家』の負の浄化の為。一員って何!?
「まずは謝れと言っているだろう?」
ああ、確かに北嶋さんにお茶を吹き出したのは悪かった。
「ごめんなさい」
素直に頭を下げる。
「よし、許そうか」
なんかご満悦な北嶋さんだが……
「私は心霊探偵事務所なんてやれないよ!?」
北嶋さんは酷く驚く。
「しかし!!神崎がいないと化け物は見えないだろ!?どうすんの俺!?」
この人……清々しいほど他力本願だ!!
ちゃんと断わらなくては……
言い出そうとしたその時に私の携帯が鳴った。
誰だろう?こんな時に?
着信主を見る。
「うげ!師匠!!」
着信主は私が修行でお世話に……いや、現在も非常にお世話になっている、高名な霊能者、水谷先生からだった。
恐る恐る電話に出る。
「も、もしもし……」
『未熟者が……悪霊に怖じ気ついたのは知っているんじゃよ。全くこの娘は……素質はあるのに、まだままだまだまだまだ心が弱いのう』
まだがやたら多いけど、その通りだから何も言えない。大人しく何度も頭を下げる。向こうには見えてないだろうけど。
『視とるから知っとるわ』
ですよね~!!だから電話を掛けてきたんですからね~!!
『因みにお前さんが今何を考えておるのかも知っておるぞ?あまりおかしな事を考えん方が良いと思わんかえ?』
はい。思います……もう何も考えません。無心で行きます……
『まあええわ。そんでお前さんはじゃな……』
師匠の小言が続く……
長い……
「はい」と「ええ」とかしか言えなかったのに、物凄い苦痛だ。
ああ、早く電話終わってくれないかなぁ……
『お前さん、いい加減に電話切れと思っているね?』
バレた!!
「い、いえ、そんな事は……」
嘘が無駄だと思っていても、素直に「そうです」とは言えない。言える訳がない。
『まぁいいわ。ちょっと顔を拭いている小僧に代わっておくれ』
北嶋さん?
北嶋さんは先ほど私が顔に吹き出したお茶をタオルで拭いていた。
まだ視てるんだ!!コワッ!!
『視ておるのは知っておるじゃろ?』
またバレた!!
私が師匠に解放されるのは、北嶋さんに電話を代わって貰うしか手が無い!!
「北嶋さん……ちょっと電話代わってって……」
「あん?誰だ?」
「私の師匠……」
私は電話を差し出した。北嶋さんに押し付けるように……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
神崎の師匠?
なんだ?俺に神崎を宜しくとか言ってくるつもりなのか?
俺は神崎から電話を受け取る。
「もしもし?」
『視ていたよ……お前さん驚きじゃな?今だかつてお前さんみたいなのは覚えが無いわ。ガッハッハッ!!』
見ていた?この婆さん暇だな?どこから見ていんだ?
俺はキョロキョロ辺りを見渡す。
『そこには居らんよ。見ていたのは霊視でじゃ』
霊芝?サルノコシカケとかのキノコみたいなやつか?
『小僧、若いのに霊芝を知っている方が驚きじゃわ!』
あれ?今言葉に出したっけか?
『まぁ、お前さんが不思議がるのは無理もない。追々説明してやろう。小僧、心霊探偵事務所を開くらしいな?心霊探偵事務所とはどんな事をするのじゃ?』
ほう、この婆さん、俺の商売に興味があるのか。
「神崎が化け物の位置をナビして、俺が化け物をフルボッコにするという、化け物退治が生業さ……」
婆さん相手とはいえバードボイルドは意識する。俺は初志貫徹で有名なのだ。
「だから私は……」
神崎の発言を電話の向こうで遮る婆さん。
『だまらっしゃい!!横槍を入れるでない!!』
神崎は身体がピタリと静止し、言葉を発する事をやめた。
ってか、婆さん声デカイわ!!
鼓膜破れたらどーするんだ!!
婆さんの年金から治療費出して貰うからな!!
『コラコラ。年寄りから金を取ろうなどと思うでない』
ん?また霊視というやつか?俺は言葉を出していないが……
『心霊探偵事務所……面白いのう……小僧が良かったら顧客を回してやっても良いぞ?』
顧客を回す……
つまりは俺に仕事を依頼すると言う事か!!
「ふん、婆さん。なかなか見る目があるな?俺に仕事を回すとは」
俺はこの婆さんが一気に好きになった。
好きになったと言っても身体を許す訳じゃないぜ?勘違いするなよ?
『ガッハッハッ!!この小僧面白いわ!!身体を許すとか!!ガッハッハッハ!!』
電話の向こうで婆さんが血管が切れるんじゃないか、と言わんばかりに爆笑していた。
もしかして期待させちまったのか?だったら悪い事をしたなぁ……
ならば俺は真摯に対応するまでだ。
「婆さん、悪いがな、俺には神崎がいるんでな。残り少ない人生のアバンチュールは他を当たりな」
流石に婆さんには興味を持てない。悪いが失恋して貰う。
『そうか~。振られたか。まあ仕方ないの。尚美に負けたか~……ガッハッハッハッ!!』
自分が失恋したのにも関わらず、笑い飛ばすとはな……亀の甲より年の功とはよく言ったもんだ。使い方が間違っているような気がするが。
『小僧、尚美はその家に留まる。理由はその家に溜まった負の念の浄化。尚美の実力ではひと月、と言った所か』
なんか神崎の顔が青くなっているような?
「どうした神崎?」
「い、いえ……続けて……電話……」
よく解らんが……まあ、確かに話の途中だ。俺は再び電話に集中する。
「そのフノネン?何か不燃物っぽいようだが、兎に角それにひと月必要だ、と言う事だな?」
『不燃物とは言いえて妙じゃな。そう、ひと月必要じゃ』
「そうか、それで?」
『お主に仕事を回すにしてもじゃ、一度は顔を見せて貰わんとな。契約とか色々あるじゃろ?』
「そうだな。それで?」
『だが、ひと月も仕事が無いのでは生活に困るじゃろ?じゃからバイト扱いで仕事をして貰う。浄化が終わったらワシの所に来い。場所は尚美が知っておるしな。それでどうじゃ?』
ふん。俺も安く見られたもんだな。
バイト扱いだあ?そんなもん!!
「それでいいよ!!」
あっさり了承する以外ないじゃないか!!武士は食わねど高楊枝じゃねーんだよ!!食わなきゃ死ぬよ人間は!!
『そうか。じゃあ小躍りをやめて尚美と代わっておくれ』
流石だ婆さん……流石俺の雇い主……小躍りを易々と見切るとは、恐るべしだ!!
つか霊視だったか。見ているんだったか。まあいいや。なんでも。
俺は神崎に電話を渡す。神崎の顔色が青ざめから土色に代わっていたが、電話くらいは出来るだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
電話を受け取る私……もう逃げ道が無いようだ……
『聞いておったな尚美。そう言う事じゃ。お前さんは浄化が終わったら小僧をワシの所に連れて来い。解ったの?』
元々そのつもりだった。浄化が終わるまでは留まろうと。
終わった後に北嶋さんを師匠の元に送るのもまあいい。終わった事をちゃんと報告しなければいけないのだから、北嶋さんを連れて行くのはついでだし、いい。
しかし……いえ、もう決定しているようだけど、念の為……希望を持って……
「あ、あの師匠…師匠もご存じのとおり、北嶋さんは見えないんですが……見えないんじゃ何もできないのでは……」
『お前さんが居るじゃろが?小僧の目になってやればいいだけじゃ』
やっぱりかー!!そうなるんだー!!
「し、しかしですね、彼にどうやって霊の姿を視せるんですか?」
どうにか逃れようと必死だが、もう答えは決まっている……
『お前さん、多少だが念写ができるじゃろうが?それ以外でもお前さん、警察のモンタージュに協力出来る程、絵が上手いじゃろ?』
そうなるかー!!そうなるよなー!!
「で、でもですね!!彼はエッチなんですよ!!絶対にお風呂とか覗かれますよ!!貞操の危機ですよ!!」
そう、彼はエッチ!!貞操の危機!!キキはダメ!!ゼッタイ!!
『心配せんでもお前さん、身体は綺麗じゃよ。胸は少し残念じゃが』
覗かれる前提ですかー!!それはヤダー!!つか胸ディスられてるー!!!
『まさか嫌とは言うまいな?小僧が居らなんだらお前さん、この世にはおらんのじゃぞ?恩は返さんといかんとは思わんのか?』
この師匠の言霊……逆らえない……と言うよりも、正論だから何も返せない……
「わ、解りました……お言葉に従います……」
もうガックリと。
『解ればいいんじゃ。お前さんは今この瞬間から小僧の事務所の所員じゃ。じゃあひと月後にの』
ガチャリと電話を終えられる。一方的に決められて物凄い納得できないが……
ちら、と北嶋さんを見る。
物凄いはしゃいでいる。神崎が所員だー!とか言いながらはしゃいでいる。
……まあ……仕方がないか。負の念もそうだが、北嶋さんには本当にお世話になったし。
「北嶋さん」
はしゃぎ回っている北嶋さんを呼ぶ。北嶋さんははしゃぐのを止めて私の元に高速でやって来た。
「神崎!お前はこれから事務所の所員だ!」
私の手を取ってぶんぶん振る。よっぽど嬉しいんだ。何だか私も嬉しくなるが、その前に……
「私は北嶋心霊探偵事務所の所員になりました。北嶋さんの目になって困っている人達を助ける。そこまではいいよね?」
頷く北嶋さん。
「仕事は当面師匠が回してくれるみたいなんだけど、顔合わせするまではバイト扱い。顔合わせは約ひと月後。それもいい?」
頷く北嶋さん。
「そしてここからが重要な事……よく聞いてね?」
「まだ何かあったっけか?婆さんに言われた事はそれで全部じゃなかったか?」
師匠はそれ以上の事を言っていないとは思うけど、これは守って貰わななければ!!
一刺し指をぐいっと北嶋さんの顔に近付ける。「おお……」とか言って仰け反るが、このまま進める。
「お風呂覗いたらパンチ!!部屋に勝手に入ってきたらパンチ!!エッチな事をしようとしたらパンチ!!解った!?」
「ええええええ~……」
物凄い嫌そうな顔をしたので練習の名目で鼻を撃つ。
「ぎゃああああああああ!!」
綺麗に鼻血が噴射した。相変わらず見事だなぁ。
「何しやがるんだ神崎!!う……」
抗議しようと起き上った北嶋さんに右拳を見せる。
「返事は?」
「……………はい…」
一応ながら了承した。まあこれで言質は取った。破ったらパンチだ。もっともひと月後にどうなるか解らない。師匠の数いるお弟子さんの誰と交代になるかもしれないし。
さて、先ずは浄化だ。だけどその前に……
「お掃除が先ね……あの悪霊、さんざん散らかしてくれたから」
北嶋さんとの戦いで結構散らかしてくれた。そうじゃ無くとも普段あまり行き届いていないお掃除。この際徹底的にやっちゃおう!!
気合の腕まくりをした私。
「そうか。頼んだぞ神崎」
「北嶋さんもやるのよ!!」
「ぐああああああああああああああ!!!」
私の気合の腕まくりは、北嶋さんの鼻をこれまで以上の惨事に追い込んだ程、効果が絶大だった。
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