北嶋心霊探偵事務所、始動

 長年の悲願の色情霊を倒して一段落だが、より面倒なことになったと思った。

 だけどまあ、彼の訳の解らない力は、これから困っている人達には必要になるだろう。

 なので師匠に言われながらも協力する事にした訳だが……

「取り敢えず預けている車を持ってこないとね」

 北嶋さんが意外そうに訊ねる。

「神崎、車持っていたのかよ?」

「そりゃあ……移動手段は必要でしょう?」

 都会と違って此処は田舎。電車に頼らずに移動しなければならないのだ。

「んじゃその車はどこにあるんだ?」

「駅前の立体駐車場に預けてあるよ。一緒に取りに行く?まだこの辺りの地理も詳しくないし、ついでに案内してくれると助かるんだけど」

 返事を待たずに北嶋さんを引っ張って外に出る。

 そして改めて『この家』を眺める

「……濃いなあ……」

 負の念……家もそうだが、庭も濃い。鈴木のテリトリー内だからだろうか?

 これを一ヶ月で浄化するのか……まだまだ、いや、まだまだまだまだ未熟な私がたった一ヶ月で清められるものだろうか?

「神崎?車取に行かないのか?だったら俺はパチ屋にでも……」

「行くけど。行かなくてもパチンコ屋さんはダメでしょ!!やる事一杯あるんだから!!遊んでいる暇なんて無い!!」

  一応仕事中に該当する時間なのだ。完全歩合制のアルバイトだろうが、暇だから遊びに出るなんて言語道断だろう。

「やる事……一緒に風呂とがはぁ!?」

 最後まで言わせずにボディにパンチを入れる。

「セクハラ発言はダメだって身を持って知る事になりますから。いいですね所長?」

 握った拳を見せての仁王立ち。北嶋さんはお腹を押さえながら何度も頷く。

 ちょっとヒドイかな?と思ったが、事務所の所長が依頼人にセクハラでもしたら信用がた落ちだ。今から躾けなきゃいけない。

「うう……愛し合って居る筈なのに酷過ぎる…」

「愛し合っていない!!言ったでしょ?これからだって!!」

 期待を持たせるような言い方で申し訳ないと思っているけど、今現在は彼の事を凄い無茶苦茶な人としか思っていない。勿論好感度は高いが、それは恩人としての感情だ。

 まあ、兎に角、これからはこの家を拠点として動く事になるんだ。なのでやはり車は必要。

 なので北嶋さんを引っ張って車を取りに行く。


 北嶋さんの家から暫く歩き、ハタと思い出す。

「北嶋さん、確かガレージあったよね?車持っているの?」

「ん?おう。中古の軽自動車だな」

 あの大きさのガレージなら二台は駐車できる……

「軽自動車一台だけ?」

「おう。つか車何台も要らんだろ」

 と、言う事は、私の車もガレージに入れる訳で。

「ど、どうした神崎!?いきなり泣くなんて!?」

 そ、そう……私泣いているんだ……

 酷く慌てている北嶋さんに大丈夫と言いながら涙を拭う。

「これは嬉し泣きだから」

「嬉し泣きとな?」

「うん。私今まで青空駐車場だったから……ガレージが、屋根が嬉しくて……」

 今まで洗車が大変だったが、屋根付きならその労力が軽減される……

 感極まって涙まで流すのはどうかと思うが、そこは許して貰いたい。屋根付きは本当に憧れだったのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なんか神崎が感激して泣いているが……根本的な事を忘れているぞ。

 あれは俺のガレージだろ。何故使えると思っているんだ?嫁に来るのならいざ知らず、これからだって自分で言っただろうが?

 だが、俺は探偵。神崎の言葉の裏にある本音を見事推理で解き明かそうか。

 これは恐らく、素直になれない女が理屈をこねてどうにか傍に居ようと画策しただけだ。

 まあ、素直になれない女ってのも可愛いもんだ。此処は敢えて戦略に乗ってやる事にするか。俺は気が利く男なのだ。

 そんなこんなで駅前の立体駐車場に到着。

 神崎はちょっと待っててと車を取りに行く。

 出て来た車を見て俺は感嘆の声を漏らす。

「BMWかよ……稼いでいるんだな…」

 車は興味ないのでよく解らんが、1000万以上する2ドアのクーペだなこれは。

「中古だけどね。頑張って買ったのよ」

 言ってどうぞと助手席のドアを開ける。左ハンドル故助手席は右側だ。まあ、有り難く乗せて貰う。

「じゃあシートベルトしっかりね。ご近所の案内宜しく」

「ご近所っつったって、俺もひと月前に引っ越してきたばっかだしいいいいいいいいいいいいいいい!!!?」

 絶叫する事になった。

 立体駐車場から出た神崎がアクセル全開で走り出したからだ。

「お、お前!!ここは高速道路じゃねーぞ!!市街地だろ!!」

「ん?大丈夫大丈夫。霊視で確認済みだから。警察もいないよ」

 涼しい顔、いや、嬉々とした顔で答える神崎だが、じゃねーだろ!!田舎で人通りも乏しいとはいえ、駅前だぞ!!尋常じゃないスピードで走るなって言う事だ!!

「ちょ!!マジでスピード落とせ!!マジで!!マジでマジでマジでええええええええええええ!!!?」

 国道に出た途端、緩めるどころか更に踏み込みやがった!!

「いや~。ご近所の案内もして貰わなきゃいけないけど、悲願達成した事だし、お祝いでちょっとドライブなんていいかもね」

「だったら俺を降ろして一人で行けよ!!まだ死にたくないんだ!!」

 涙ながらに訴えたが聞きやしねえ!!つか、高速に乗ってやがるし!!

「一時間くらい付き合ってよ。大袈裟に喚かなくてもいいから」

「大袈裟じゃねえよ!!心の底からそう思っているんだ!!」

「あ、GTR。私を抜いたって事はそう言う事なのかな?取り敢えずぶち抜けばいいのかな?」

「競争しようとすんな!!だからやめろおおおおおおおおお!!!?」

 聞きやしない神崎は国産スポーツカーのケツに張り付き、右や左にステアリングを切る。その都度俺の脳が左右に激しく揺れる。

 どうにかやめさせようと神崎を見るが……

 めっさいい顔で笑っている。「結構速いわね」と、どうでもいい事を呟きながら。

 つか、メータ―の針が見た事が無い所を刺している。こいつアホだ!!

 もう俺は限界だった。故にゆっくりと目蓋を閉じる。

 次に目覚めた時に病室のベッドの中じゃありませんように、と祈りながら……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 久しぶりにかっ飛ばしてすっかりリフレッシュした私は駅前に戻り、北嶋さんに案内を頼もうとしたのだが、当の本人は退屈だったのか、助手席でグッスリと寝入っていた。

 まあ、ドライブは私の趣味だし、付き合せる形になっちゃったから別に寝てもいいんだけど。

 兎も角、ナビゲーターが寝てしまったから案内はできない。しょうがない、今日の所は諦めよう。

 今度はゆっくりと帰ろうか。そう思い、車を走らせた。そして帰る道中、商店街からちょっと外れた所にスーパーを発見。ついでに食材を買って帰ろう。

 北嶋さんに何か食べたい物はある?と聞いたが覚醒する様子も見せないので、適当に買って帰宅。

 さて、念願のガレージだ。と、その前に……

「北嶋さん、家に着いたから起きて」

 揺り動かすも起きない。なんか白目を剥いているような気がするが、器用に寝ていると思う事にした。

 ともあれ、起こさなければガレージにも入れられない。今度はもっと強く揺り動かす。

「北嶋さん。起きて」

 起きない。

「北嶋さん!!」

 起きない。

「北嶋さん!!!」

 起きない。ぴくりともしない。

「起きろっつってんのよ!!」

 つい苛立って脳天に拳骨を落とす。

「うおっ!?な、なんだなんだ!?」

 漸く覚醒したか。頭を押さえて文字通り飛び起きたが、シートベルトの効果である程度しか身体が起こせないでいる。

「食材を買ったから冷蔵庫に入れて」

「お、おう。つかここどこ?」

「北嶋さんの家よ」

「はあ?違うだろうが?俺達の愛の巣だろうがはぁああああ!!」

 面倒臭い事を言う前にボディにパンチを入れて黙らせた。

「お魚とお肉も買ったから早く冷蔵庫に入れる。早く降りて。早く」

「おおおおお……なんて狂暴な女なんだ……」

 シートベルトを外してよろよろと降りていく。その隙と言う訳じゃないが、念願のガレージに愛車を停めた。

「これで急な雨だろうが無敵ね!!」

「いや、俺のガレージだろ……」

 抗議の視線を投げる北嶋さんだが気にしてはいけない。言いたい事が解るからだ。反論が全く出来そうもないのでスルーが一番だ。

「それはそうと冷蔵庫」

「解ったよ……すこぶる納得できんが、これも夫の役目と思う事にするよ……」

 言いながら家の中に入って行く。つか誰が夫よ誰が。お付き合いすらしていないでしょ。

 物凄い利用している感で心苦しいが、兎も角家の中に入って休憩しよう。

 お茶でも煎れてあげたら罪悪感も多少薄くなるってものでしょう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 家に戻ってから神崎が茶を煎れて居間に来た。俺はふんぞり返ってそれを受け取る。

「おう。ご苦労」

「何でそんなに偉そうなのかさっぱり解らないけど、ガレージの件でチャラにしてあげる」

 ガレージと俺の態度でチャラとかイマイチ訳が解らんが、まあいい。揉め事は肉体的苦痛を伴う。俺は学習する男、北嶋。理不尽な暴力は本気で勘弁して貰いたい。

 そして気になっている事を聞いてみる。

「フノネンの浄化ってどうやるんだ?」

 何となく火炙りを想像してしまう俺はボキャブラリーが乏しいのだろうか。

「方法は色々あるけど、清め塩を各部屋に盛ってお経とか祝詞を唱えるのよ。と言っても、私はその方法しか出来ないんだけどね」

 ふーん。よく解らんが、そんなんでフノネンとやらが浄化できるのか。

「そして私は未熟だから、その方法でひと月は掛かるのよ」

「もっと効率のいい方法もあるのか?」

「う~ん……どうだろう?どの道私が未熟だからって事に結論が達するんだけど」

 どの方法を取ってもひと月は掛かると言う事か。

「婆さん曰く、バイト扱いで仕事をくれるらしいが、いつくれるんだ?」

「それは何とも……この家から出張可能な範囲で回すのでしょうから、案件も限られてくるでしょうし……何よりアルバイト扱いだから、簡単な案件しか回してくれないでしょうし……」

 バイト=簡単な案件=あんま金にならないって事かな。

 ならば一刻も早く婆さんの家に行った方がいいのかもな。バイトの肩書が取れて下請けになれば経費込の料金を請求できるだろうし、何より早期決着なら出張経費分丸儲けって事になるからな。

 しかしフノネンの浄化にひと月か……とてもじゃないが、待ちきれん。俺は基本的にせっかちなのだ。

「神崎、その清め塩っての?ちょっと見せて」

「うん?いいけど……」

 そう言って席を外す神崎。暫くすると紙袋を持って現れる。

「この中に和紙に包んであるお塩が沢山入っているの」

 どれどれと覗くと、大量の膨らんだ和紙がめっさ入っていた。良く見る盛り塩一つ分が和紙にくるんだ分か。一袋一回分って所か。

 俺はそれを一つ取り、和紙を破いて塩を手に乗せる。

「何をしてるのよ?遊んじゃ駄目でしょ?それしか持ってきていないのよ?」

 咎める神崎を無視して水戸泉のように塩を舞わせる。

「だから!清め塩は数に限りがあるから遊ばないでって言ったでしょう!!」

 パンパンと手を叩き、塩を払う俺。そして聞いてみる。

「フノネンとやらはどうなった?」

「どうなったって………!?」

 目を剥いた神崎。その表情で見切った。

「成功したようだな」

「負の念が浄化された!?塩を撒いただけで!?」

 信じられないと言った表情の神崎だが、実際浄化とやらがされたのだ。ひと月は掛かる筈が大幅短縮となったのだ。驚く前に礼を言って然るべきだろう。

 まあ、俺は寛大な男、北嶋。いちいち礼を求める程器も小さくないので、黙っていてやるが。

「そんな訳で婆さんに連絡してくれ。浄化が終わったから仕事くれとな」

「ち、ちょっと待って!!たった一回の塩撒きでなんで!?お経は!?祝詞は!?」

 俺の肩を掴んでガックンガックン揺さぶる神崎。あまり揺すられると脳が酔うのでやめて欲しい。

「相撲取りが土俵に塩を撒く理由の一つに、土俵の邪気を払い清めると言うものがある。ならば家にも適用されて然るべきではないか?」

「然るべきと言われてもっ!!」

 尚も揺さぶる事をやめない神崎。いや、若干強まってきているが。まあ兎も角、その腕を取って揺さぶるのをやめさせる。

「だから婆さんに連絡してくれってば。これで浄化が終わった訳だからバイトで繋ぐ必要も無くなった訳だろ?そして仕事貰う前に一度顔合わせしなきゃいけないんだろ?」

「え?う、うん……そ、そうよね……指示を仰がなきゃ……」

 漸く正気に戻ったのか、神崎がスマホを取り出した。

 これでバイトなんてしなくて済む。早い所沢山仕事を回して貰い、俺の懐を潤して貰おうじゃないか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 茫然としてコールした。電話に出たのは姉弟子の一人。師匠に取り繋いで戴き、考える。

 私ならひと月掛かる負の念の浄化を、数秒足らずに終わらせた事実……

 沢山の清め塩を用意したにも関わらず、たった一つの塩で浄化させた事実……

 あの人は本気で何者なの!?悪霊を殴った事にも還した事にも驚いたけど……

『なんじゃ尚美。火急の用事かえ?』

 師匠が電話に出られて我に返る。

「は、はい。あの……北嶋さんがバイトなんてまどろっこしい事はやめて仕事をくれ、と……」

『はあ?じゃから浄化が終わるまでは』

「その浄化がたった今終わったんです……」

『なんじゃと?どう言う事じゃ?』

 私はついさっき起こった出来事を伝えた。全く脚色無しに、ただ起こっただけの事実を。

『ほほう?このババアの予想を遙かに超えおるな小僧』

 師匠は確かに驚いたが、それよりも本当に愉快そうに笑った。つか信じたのか……あの訳の解らない浄化方法を。

『少しでも経験を積ませようなど、老婆心を出すまでも無かったか。愉快じゃ愉快!!』

 ご機嫌宜しくケラケラ笑う。

「あ、あの、それでどうしたら……」

『おっと、そうじゃったな。ならばこれから屋敷に向え。小僧の望み通りにしてやるわい』

 それは仕事を回すと言う事なのだろうが……今から!?

「あ、あの、今からですと到着は深夜と言うか……」

 もう直ぐ夕方だと言う時間。師匠の所は私の運転でも八時間は掛かる。

『そうじゃな。それが?』

「……今から向かいます……」

 静かに電話を終えた。ホントは明日の朝とか良かったが、そう言われちゃそうしなきゃいけないじゃない!!

「北嶋さん!!今すぐ出発よ!!」

「ほう?流石婆さん。話が解る。だが神崎、なんで涙目なんだ?」

「何でもない!!早く準備する!早く!早く!!」

 八つ当たり気味に急かした。北嶋さんは悪くないのに!!

「お、おう……つか晩飯は?」

 晩御飯の心配を今するか?流石に脱力する。

「晩御飯は途中のパーキングで適当に。師匠の所に行けば夜食くらいは準備していると思う……」

「ふーん。婆さんは稼いでいるみたいだからな。それは楽しみだ」

 呑気な北嶋さんだが、私ときたら疲労が蓄積中だった。

 さっきまで鈴木と戦っていたのだ。そして今すぐ直ぐ八時間掛けて戻って来いと。そりゃ北嶋さんが殆ど片付けたから、私は何もしていないに等しいけど!!

 しかし、師匠には逆らえない。溜息を付きながらBMWのキーを手に持った。

「神崎、安全運転で頼むぞ……」

 青ざめているように見えた北嶋さんに適当に頷いて、さっきガレージに入れたばかりの車を出しに家から出た。

 何と言うか……踏んだり蹴ったり?いや、悲願達成したのだから喜ばしい事だが……マイナス面が際立っているような気がした……

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北嶋勇の心霊事件簿1~あの家の家政婦~ しをおう @swoow

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