狂気の宴

 ……深夜であろう時間、私は下半身に違和感を覚えて、目を覚ました。

 何故か起き上がれない…何故だ?

 まだ意識がハッキリとはしていないが、なんと言うか…妙に気持ちがいい…

 ……アァ……チュッチュッチュッ……ハァッ………………アハァッ……………

 おおっ!くっ、気持ちがいいが、何なんだ一体?何が起きているんだ?

 私は首だけを起こして、ボーッとしながら下半身を見てみた。

 しかし私の下半身は見えなかった。代わりに、かなりの圧力のある尻が目の前でブリブリと揺れていた。

 ……尻?何で私の目の前に尻があるんだ?

 暗闇の中、目を凝らして見てみる。

 尻の下の方が、ヌラネラと濡れているのか、月明かりでキラキラと光を反射していた。

 これは女の尻か?何で女の尻が……!?

 私はその時初めて声を上げた。

「だっ!誰だ!?私に乗っかっている奴はっ!!」

 頭をリズミカルに動かしていた女がピタリと止まり、私の方を振り向く。

 その女は先程解雇したハウスキーパー……

 ジャイ……もとい、鈴木という女だった!!

「なっ!?お前どこから入った!?一体何をしている!?」

 私はこの女を振り払おうとした。しかし、両腕が動かない。

 ならば足を使って振り払う。しかし、両足も動かない。

 ここで私は自分の身体がロープで縛られているのを知った。

「んんっ♪信之助さんったら♪そんなに暴れちゃ、痛い痛いよっ♪」

 汚らしい笑みを浮かべて、この女は私に笑いかける。

「貴様!このロープを早くほどけ!解けよ!!」

 深夜なのにも関わらず、大声で怒鳴った。

「だってぇ、解いたら信之助さんまた私を追い出すかも知れないでしょ?そ・れ・に!深夜に大声は近所迷惑よっ?今、私が口を塞いであ・げ・る♪」

 そう言うと、この女は私の唇に自分の唇を重ねる。

「うご……!!む………!!つ!!」

 いくら首を振ろうが、この女は唇を離そうとはしなかった。長い、長い時間、口を塞がれていたような感覚……息が続かなくなり、気を失いそうになった。

 その時、女は唇を離した。

「ハァハァハァ……ゲホ!! ハァハァハァ……」

 空気を吸い込む私に、女は悦に入った表情を見せる。

「信之助さんたら♪余程感じてくれたみたいね♪私嬉しい♪私のもして……♪」

 息も絶え絶えな私の顔に、女はしゃがみ込み、自身を押し付けた。

「うう!!ごほ!!ぐぐぐ!!」

 それを拒んで首を振る。

「あああん!!いいわ信之助さん!!」

 蜜が私の顔面にベタベタと張り付く。

「ああ!!信之助さん!!んっ!!……はあっ!んっ!!」

 私の中央部分を貪る女。何とか脱出をしようと試みたが、ロープが益々、身体に食い込んだ。

「信之助さん………私………もぅ………」

 そう言うと、女は私の中央部分を掴み、自分に自ら挿入した。

「やめろ!!もう、やめてくれ!!」

 私の悲痛な叫びを無視し、女は私の上で腰を振る。

「はぁはぁはぁはぁっ!!信之助さん………信之助さん!!信之助さぁん!!」

 私は女の中で果てた……こんな状況下でもそうなるのがとても悔しい……!

 同時に女はぐったりとして、もたれれる……

 止めどなく涙が溢れてくる。

 未だに妻を愛している自分。女に犯された自分。

 何もかもがグシャグシャになっていた。

 女は私から離れ、部屋から出て行った。

 縛られているとは言え、独りになって多少安堵する。

「くく……何で私がこんな目に遭わなければならないんだ……くっ……」

 自身の不幸を呪い、再び涙した。

 ドアが勢いよく開いた。あの女が戻ってきたのだ。

「見て見て信之助さん!!綺麗ねぇ!!」

 戻ってきた女には、金の指輪、ブレスレットやネックレス。家に有った貴金属が身に付けられていた。

「貴様!それは妻のだ!外せ!!返せぇ!!!!!」

 愛する妻の形見……妻の好きだった宝石類が、この女に付けられている!!

 そんな事は許されない!!私が怒り、叫ぶと「妻の?だったら私の物じゃないの♪ありがとう♪」と、訳の解らぬ事を言い、ニンマリと笑う。

 その笑みは、私には狂っている女の笑みにしか見えなかった。

「ふざけるな!!早くロープを解け!!」

 暴れた。たとえ身体が引き千切られようが、この女を許す事は出来ない!

「ああああああああああああ!!があああああああああああ!!」

 縛られているにも関わらず、思いっきり暴れた。ロープが食い込む。肉が裂ける音がする。

「どうしたの?そんなに興奮して?」

 キョトンとしながら呑気な反応をしている。

「貴様!!貴様は殺す!!殺してやる!!」

 全ての憎悪を女に向けて、私は吼えた。

「信之助さん……疲れているのね?少し眠りましょうよ?」

 そう言って、女は机からパソコンを持ち、私の頭部に思いっ切り叩き付けた。

「がつっっっ!き、貴様………!」

 私は気を失ってしまった……

 気を失う最中……女がニッと笑ったのを見逃さなかった……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 信之助さんったら、私との情事で疲れてしまったのね♪

 あ~あ……暴れるから、ロープが身体に食い込んで傷だらけ……

 私は信之助さんの傷口を丹念に舐めてあげたの。少しだけ、鉄の味がしたわ。

 これからも尽くしてあげるから、ね?

 私は眠っている信之助さんにソッと口付けをしたの。

 誓いの接吻みたいだわ♪キャッ♪

 さあ、全部私に委ねて寝ちゃいなさい……私の、私だけの信之助さん………♪


 ん……んん……ふぁあぁ……良く寝たわぁ♪

 時計を見ると、10時をちょっと過ぎていたわ。

 朝ごはんの支度でもしようかしら。いやいや、それより、お揃いの食器を買いに行く方が先決かも!!

 信之助さんと相談してみようかしら?昨日激しかったからまだ寝ているのかな?

 私は信之助さんを見た。

 私の隣でスヤスヤと軽い寝息を立てて眠っている。

「ご飯、少し遅れるけど、ちょっと買い物に行ってくるわね♪まだ寝ててねぇ♪」

 私は信之助さんに軽く唇を重ねて、買い物に出かけました。

 これからの生活に必要な物は沢山あるからね♪なるべく早く帰るから、待っててね♪


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 くそっ!あの女……!!電話に出やがらない!!

 昨夜、クライアントの三島氏から苦情が出た社員の鈴木。

 三島氏は追い出したらしいが、仮にもウチの社員だ。

 厳重注意、いや!場合によっては解雇しなければならない!!

 私は取り敢えず、昨夜のお詫びと引き続きのハウスキーパー派遣のお願いをしに、三島氏の家に向かった。

 まだ信用修復が可能な状態ならばいいが……

 期待と不安を同居させながら呼び鈴を鳴らす。

 しかし、応答が無い。留守か?そりゃ仕事している時間だしなぁ……

 諦めて三島氏の家から立ち去ろうとした。

「……………タス…ケ…テク……」

 ?声が聞こえたような?

 耳を澄ます……

「…………ホ…ドイ…レ……」

 何か嫌な予感がして、玄関を開けようとした。しかし、玄関には鍵が掛かっている。

「三島さん!?居るんですか三島さん!?」

 再び耳を澄ます……

「…ホ…ドイテ……ク…!!」

 中に居る!!苦しそうに呻いている!!何かあったのか!?

 周りを物色し、鉄パイプを見付けてそれで玄関を抉じ開けた。

 靴も脱がずに三島氏の家に上がり込む。

「三島さん!どこですか三島さん!!」

「…ココダ……タスケテクレ…」

 二階から『助けてくれ』とハッキリ聞こえた。

 私は二階へ駆け上がった。

 寝室らしき部屋の前で、おかしな匂いに気が付いた。

 何と言うか…まるで情事が終わった後の…汗と体液の匂い……

 躊躇ったが、寝室らしき部屋のドアを開ける。

「!これは………?」

 目を疑った。

 ベッドにロープで縛られている三島氏。激しくもがいたのか?縛られている所から血が吹き出て固まっている。

 頭部からは血が出ていたのか?額に垂れた血が、これまた固まっていた。

「解いてくれ…………」

 弱々しく口を開く三島氏。私は我に帰り、ロープを解いた。

「助かった………ありがとう………」

 自由になった三島氏は、私にお礼を延べた。

「一体何があったのです?鈴木は?」

 私の問い掛けに、昨夜の事を淡々と語る三島氏。

 目の前が真っ暗になったのは言うまでもないだろう。

 会社から犯罪者が出たのだ………!!

「申し訳ございませんっっっっっ!!!」

 私は額を床に擦り付けた。

 土下座だ。それも最上級のスーパー土下座だ。

 警察沙汰になれば、会社の信用も当然下がる。いや、信用なんて無くなるだろう。

 この年で就職先を探すなど、このご時世ではかなりの至難だ。

 私の必死な土下座を見ても三島氏は首を横に振るのみ。

「申し訳ないが、警察には届けさせて戴く。あの女は、不法浸入、監禁、窃盗……強姦も適用になるかな?」

 覚悟した。明日から、職安通いをしなければならない。私の年齢でも就職できればいいのだが……

「しかし、まだハウスキーパーが必要なのも事実です。申し訳ないが、今度はマトモなハウスキーパーを派遣して下さい」

 私の目の前が明るくなった。まだ首の皮一枚繋がっている。希望はまだ繋がっているんだ!!

「勿論でございます!鈴木が窃盗した宝石類も、必ず取り返します!ハウスキーパーも無償でご奉仕させて頂きます!!!」

 流石に警察には通報されるだろうが、上手く立ち回れば、まだ何とかなりそうだ。

 私は早速会社に報告を入れた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 はぁ、つい買い物に夢中で遅くなっちゃった。信之助さん、お腹空かしているだろうな。

 私は急いで『あの家』に向かったわ。そこで見たのは私の『家』に沢山のパトカー……?

 え?何何?何があったの?

 遠くから様子を伺う私。

 家からは、包帯を巻いた信之助さんと……高野さん?

 高野さんが警察沙汰になったのかしら?

 私が信之助さんと結ばれたから、高野さんが激情に任せて信之助さんを襲った……?

 私は罪な女だわ……今は信之助さんの前に行けないわ……

 せめて、高野さんが『殺人未遂』でしょっぴかれてからでないと、私の身が危ないもの!!


 この日から、私は『あの家』を遠くから様子見する事しか出来なくなったの……

 寂しいわ……信之助さん……

 私が魔性の女だから、信之助さんに迷惑が掛かっちゃったのね……

 でも大丈夫。私は『毎日』信之助さんを見ているからね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「こんな前科があったんですか!?」

 警察が調べた鈴木の経歴を聞いて、腰が抜けるかと思った。

 鈴木は専門学校を卒業後、とある企業に勤める。

 そこで2つ年上の男に執拗に付きまとう。

 毎日ラブコールと称する無言電話を1日100件以上、業務就業後には男を尾行、毎日部屋を覗き見る。

 男に近付く女を駅の階段から突き落としたり、野良猫の首を送り付けたりもしていた。

 更には、男のアパートの合鍵を勝手に作り、屋根裏に浸入、1ヶ月程屋根裏に住み着いたらしい。

 事件発覚後は逆怨みで男を包丁で刺し殺そうとし、これまた執拗に追い掛けたらしい。

 遂に男は会社を辞め、消息不明に……

「まぁ、話に多少尾ひれがついていますが、概ね合っていましたよ」

 被害者が話を大きくする事は多々ある。

 事実、男も殺されかけた女達も、被害届を取り下げたらしい。

 しかし私はこれを真実だと確信した。

 何故被害届を取り下げたかは不明だが、私にも執拗に絡んで来ていたのだから。

 不安に思い、私は自宅の屋根裏を調べた。

 そこで鈴木は異常者だと改めて認識する。

 屋根裏にはコンビニで購入したのか、弁当の容器、カップメンの容器が散乱していたのだから……!!

「あの女……!!」

 激しい嫌悪感に襲われて、吐き気まで催した。

「自意識過剰と思っていたが、犯罪者だったとは……」

 私は鈴木の携帯に電話をかけた。一刻も早くあの異常者の犯罪者と手を切りたかったから。


『……留守番電話サービスに繋がります………』

 あの事件から三日間、絶えず電話をしてきたが、それも今日で終わる。

「高野ですが、あなたは解雇になりました。つきましては、健康保険証を速やかに返却して下さい。郵送でも結構です。退職金やその他の事は経理から聞いて下さい」

 私の鈴木への最後の仕事、解雇通告。

 そして直ぐ様、鍵を作り直し、警備会社にお願いしてセキュリティを強化した。

 忌まわしき鈴木に立ち入りをさせない様に。

 安堵して気が緩んだからか、三島さんから頼まれた事を思い出す。

「三島さんの所には、安達さんを派遣するか」

 私は早速会社に戻って安達を呼んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 正直、会社を辞めようと思った。

 だってそうでしょう?犯罪者が出たのよ?鈴木が馬鹿な事をしたおかげで、変な噂が飛び交って、世間からはおかしな目で見られるし。

「クライアントの三島さんにお詫びを込めて、無償でハウスキーパーを派遣する事になったのは良しとして、何故私なのですか?」

 問い質した私に、マネージャーは自分の自宅の屋根裏の出来事と、以前に行った犯罪を私に教えてくれた。

「そんな危険な女から三島さんを守る事が出来るのは、空手五段、剣道三段の安達さんしかいないんです」

 信用回復は必須。だから三島氏にハウスキーパーを無償で派遣する。しかし、あの危険な女は何をするか解らない。

 だから武道に長けている私に頼んだ、と。

 私は決意を持って、その頼みを受けた。

 会社の信用回復なんかどうでもいいけど、危険なストーカー女を大義名分の元、正当防衛でぶちのめせる。

 私の正義の血が騒いだのだ。

 それに鈴木は気に入らなかった。

 仕事が出来る訳でもない。顔と体型に不釣り合いな自己評価。何より、私をオバサンと陰で言っていたのが許せない。

 鈴木……その某ジャイ子似の顔をザクロのようにしてあげる……私の正義の志でね……私怨が半分以上入っているから加減は出来そうにないけれど、最低でも死なないように頑張ってね……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 新しく派遣されてきたハウスキーパーの安達さんを観察する。

 身長は180くらいあるか?武骨な体格をしているな。

「そんな訳で、私が派遣されました。安心して休んで下さい」

 そう言われたものの、家事が出来る印象は皆無。山で熊殺ししているような雰囲気だ。

 しかし、これが見事に期待を裏切り、女性ならではの繊細さを見せ、家事をこなす。

「たいしたものですね」

 私は心から感心した。

「私は外見がこうだから、ギャップで得をしているのです。これくらい誰でも出来ますよ」

 こちらの思考を見透かされたような気がして、少しバツが悪くなった。

「そ、そうですか。私は仕事に出かけますから、後は宜しくお願いします」

 逃げるように家を出て行こうとした。だが、呼び止められて振り返る。

「はい。お弁当をどうぞ」

 弁当まで作ってくれていた。妻が亡くなってから、初めての弁当だった。嬉しかった。単純に。

 今日の仕事は頑張れそうだ。久し振りに足取りが軽かった事が何よりの証拠だろう。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は遠くから私の『家』を見ていた。

 ハウスキーパーの安達が信之助さんの、いや、私達の『家』に入って行くのを見て愕然とする。

「どうして!?何故安達のオバサンが!?」

 私は会社に電話をしようとした。

 不在着信が100件近く入っていた。

「電話に出られないのは解っているでしょ!空気読めない会社ね!!」

 憤る私、留守番電話も数10件入っていたのも怒りに拍車をかける。

 仕方がないと取り敢えず確認してみる。

『鈴木さん!高野です!至急連絡を!!』

『鈴木さん!!何処にいるんです!?大至急連絡下さい!!!』

 はぁ~っ………高野さんだわ……私が信之助さんと結ばれたのが、そんなに気に入らない訳?こんなのストーカー行為よ!!全く!!

 私はウンザリしながら留守電をチェックしていた。

 警察からも電話があったようだけど、多分イタズラよね。全く心当たりが無いもの。

 最後の留守電。これも高野さん。

『高野ですが、あなたは解雇になりました。つきましては、健康保険証を速やかに返却して下さい。郵送でも結構です。退職金やその他の事は経理から聞いて下さい』

私は目の前が真っ暗になった………

 解雇?クビって事?

 クビになったって事は信之助さんのお世話は私じゃない、誰かがする事になるの?

 私の思考が激しく揺れる…そしてさっきの光景を思い出す。

 安達のババァか?私の代わりは!!?

 許せない!!私に捨てられた腹いせに、私をクビにした会社のマネージャー…高野!!

 私は高野のアパートに向かった。

 一言、文句を言わなきゃ気が済まない!

 私を独占したいが為に、私の居場所を奪った高野を、私は!私は絶対に許さない!!

 怒り心頭で高野のアパートに即刻で乗り込む。

 高野は今、出勤時間。勿論、アパートには居ない。

 しかし、私は以前、高野から貰った合鍵がある。

 ガチャガチャと鍵を入れて回してみたが……開かない?

 なんで?と、もう一度やってみる。


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチガチャガチャガチャガチャガチャガチャャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

 

 ……やっぱり開かない?二度しか試していないけど、開かない?鍵が壊れているのかな?それとも……

「鍵を変えやがったんじゃねえだろうなああああああああクソ親父がぁああああああああ!!」

 私は思いっきり叫んだ。近所迷惑も考えずに。

 だってふざけ過ぎでしょ、高野。私に振られたからって、私の許可も無しに鍵を変えるなんて、筋が通らないじゃない!!

 私は近くに転がっていたハンマーで、鍵を叩き壊したわ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は202号室に住んでいる主婦の神田川と言います。

 毎日家事をこなし、子供の世話をする、何処にでもいる普通の主婦です。

 アパート住まいから一軒家に引っ越しを切望する、何処にでもいる普通の主婦です。

 いや、普通でしたと言うべき?

 私は早めのお昼を戴き、テレビをお煎餅食べながら過ごしていました。

「成程、痩せる為には有酸素運動か……」

 お煎餅をぱりぱりと食べながら、ダイエット特集を見ていました。とても有意義に過ごしていました。

 

 ゴッ!ゴッ!ゴッ!

 

 ん?なんだろう?お隣の玄関から、何か叩いている音がする……

 お隣は、奥さんに逃げられ、たった一人で住んでいるという男の人でした。

 

 ゴッカシャァン!!!


「うわ!何何今の音?」

 私は玄関を出て、お隣の203号室を見ました。

「玄関が壊されている!?」

 破壊されていた玄関の床には、私の夫が日曜大工で使っていたハンマーが転がっていました。

「このハンマーで玄関を破壊したのね?なんかとばっちり来そうで嫌だわぁ……」

 そんな事を思っていたら、ジリリリリリリリリ!!!と、警報器の音が鳴ったのです。

「お隣、警備会社と契約したのね」

 何気無く玄関を見ていたら、203号室から女の人が慌てた様子で出てきました。

 私は慌てて身を隠そうとしましたが、無理でした。単純に好奇心に負けたから覗くのをやめなかったのです。

 その女の人を見ていたら、女の人が私に気が付きました。

「うわっ!ヤバいヤバい!!」

 慌てて玄関を閉めようとしたその時、玄関の隙間に赤いサンダルが勢いよく入ってきて、閉じるのを邪魔したのです。

「わわわわわわ!!何何何何何何??なんなのなんなのなんなの??」

 私は恐怖で軽くパニックに陥りました。

 ドアとドアの隙間から指がニュッと入って来ました。

「ひゃあああああああああ!!」

 思わず後退りをしてしまいました。すると当然ドアを押さえる力が無くなります。簡単に、ドアが開かれます。

 あの、お隣の玄関を壊したジャイ子に似ている女の人が、ニヤリと笑いました。

「少しお邪魔させて貰いますねぇ♪」

 そう言って丁寧にサンダルを並べて、私の家に上がり込んで来たのです。

 普通に冷蔵庫からジュースを取り、飲む女。神経を疑いました。だけどその女から目を背けることが出来ません。

「ぷはぁ!慌てたから喉渇いちゃった♪」

 恐怖を感じずにはいられませんでしたが、ここに居座られるのは果しなく迷惑です。

 とばっちりが来そうで非常に迷惑でした。

「あ、あの……」

 出て行くようにうながしたいのに、上手く言葉が出てきません。身体も小刻みに震えています。

「あのね?オバサンにお願いがあるの♪」

 女が先に言葉を発しました。

「お願い……?」

 怪訝な私を無視し、女はニヤニヤしながら言いました。

「高野の部屋に、警備員とか警察が来るかもしれないの。私は高野のお部屋に用事があるんだけど、面倒事は勘弁だわ。だから、やり過ごすまで、ここに隠れさせてね♪」

 一方的な要求に、勿論お断りをします。

「あ、あの、私も迷惑ですので……どちらか他にお願いされては如何でしょうか……?」

 震えながら、拒否した私に、女はいやらしい笑みを向けました。

「お願いぃ~♪私はあなたを犯罪者にしたくないのぅ♪」

 不思議な事を言ってきました。

「犯罪者、って……?」

「断られるとぉ♪私はあなたを殺しちゃうかもしれないわ?本当は殺人したくないのに、あなたに断られたら、あなたを殺しちゃう……そうなれば、あなたは私に殺人させた罪人になるのよ?私はあなたを罪人にしたくないの……解るでしょ?」

 言っている意味が全く解らなかったけど、断ると私が殺される可能性があるのは理解出来ました。

「や、やり過ごしたら、出て行ってくれるのね?」

「勿論♪警備員や警察が、ここに話を聞きに来ても、寝ていたから解らないとか適当に言ってくれればいいわ♪私は寝室にでも隠れるけど、もし話したら……」

 ニヤニヤしている顔が、酷く歪んでいるのがハッキリと解りました。

「わ、解ったわ……やり過ごすだけね……」

 私は恐らく、真っ青になって言った事でしょう。

「じゃ、よろしくねぇ♪」

 女は相変わらず邪悪な笑顔の儘そう言って、再び冷蔵庫からジュースと、私がさっき食べていたお煎餅を持ち、寝室に行きました。

 暫くして、警備員か警察かは解りませんが、警報で駆け付けた人達が、私の部屋にも来て、あれこれと質問してきました。

 私は、寝ていたから解りませんと一点張りしました。

 不自然に思ったかもしれませんが、「何か解ったら電話してください。また来ます」と、言って出て行きました。

 不幸にして、アパートには私しか居なかったらしいので、私に疑いも掛かっている様子でしたが、寝室にいる女の事はどうしても言えませんでした。

「ふぅ、以外と長くかかるものね」

 ほとぼりが冷めたと思ったか、女が寝室から出て来ました。

「い、言われた通りにしたわ。早く出て行って!」

 私は女に要求しました。女はウンウン頷きました。

「勿論出て行ってあげるわよぅ♪」

 私はようやく解放されると思い、顔が綻びました。

「でも、一応ね♪」

 女は一言そう言うと、さっき台所から持ち出したのか、包丁で私の腹部を根元まで刺しました……!!

「ぶっ!!!は……!!がはっ!!」

 私の腹部からは大量の血が吹き出ています……私の目はそれから離れません……

「ゴメンねぇ♪まだ通報されたくないの♪許して?」

 女に何か言われて顔を向けました。そして私が最後に見たものは女に私の返り血がべっとりと付着している光景でした……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 うわぁ……オバサンの血がいっぱい付いちゃった……

 私はオバサンのお部屋のシャワーを浴びました。

 だって、この血は、このオバサンの血ですもの。オバサンが最後まで責任持って片付けてくれなきゃだわ♪

 しかし、着替えがオバサン臭い服しか無いってのが、少し残念だわ。

 私は仕方無しにオバサンの服を適当に着ます。

『うわ!玄関が……警備会社から連絡貰った通りだな……』

 お隣から声が聞こえた。

 帰って来たのね……高野!

 私は包丁を持ち、こっそりと高野のお部屋に向かったわ。

 高野は何かブツクサ言っているけど、私は高野からお詫びを聞きたいの。

 だから私はこっそりと高野の背後に近づいたの。

 そして……高野の背後から包丁一突き♪

 ワイシャツがアッと言う間に血に染まったわ♪

 高野がゆっくりと私に振り向き、苦悶の表情♪天罰ってこういう事を言うんだわ♪

 しかし、私は慈悲深いの♪

「詫びて下さいよぅ♪」

 お詫びしてくれたら、私も鬼じゃ無いから、病院に電話くらいするかもね♪

 しかし、高野は青い顔して、口をパクパクするばかり。

 私は少しイラッとしたわ♪

 だからちょっとだけ包丁を持つ手が滑らかになっちゃったの。

「詫びて下さい♪詫びて♪詫びて♪詫びて♪詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 あれだけ詫びて下さいって言ったのに……

 高野はとうとう一言もお詫びしない儘、動かなくなったの……

 あ~あ、サイテーな男ねぇ……

 私は高野のシャワーを借り、薄汚い血をさっぱりと洗い流し、とうとう愛しの信之助さんの所に向かったの♪


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 背中から激痛が走る。

 足元を見ていた私だが、生暖かい何かが、私の足元に溜まってきた。

 これは……血………?

 ゆっくりと後ろを振り返る……


 鈴木!!


 鈴木……私を刺したのか!?

 何か言おうとしたが、言葉が出て来ない。

 鈴木は詫びろと言いながら、私に包丁を突き刺しまくる。

 詫びろ?詫びるのはお前だ!!

 言葉が出て来なかったそれもその筈。

 既に死んでしまっていたのだから……

 最初の一突きで、息が絶えたのだから……

 私は私が包丁で刺され捲っているのを、他人事のように見ていた……


 その状況を見ながら、私は私では無くなっていくのに気が付いた。


 私は、生きる事を諦めた瞬間から、この女を呪う事に決めたのだから………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 信之助さん、いや、私達のお家に到着した私は、安達のババァを捜したわ。

 安達のババァは、事もあろうか、お風呂場でシャワーを浴びていた。

 ババァ……信之助さんに抱かれたくてシャワー浴びてるのかぁ!?

 私は何の躊躇いも無く、包丁でババァの背中を思いっきり突き刺したの。

「くふ!?」

 立っていた安達のババァは、崩れながら、その汚らしい身体を私の方に向けたわ。

「あら♪武道の達人とか言っていた癖に呆気無いわねぇ♪仕方無いのかな?ババァだから!!」

 呆気なく刺された安達に、私は嬉しくなって、こちらを凄い目で睨んでいるババァの腹部に笑いながら包丁を何度も突き刺したの♪

「キャハハハハハハハハハハハハハハハ!!ババァは醜い!!醜い身体!!キモい!!キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい!!!キャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 笑いながらだったから、いつの事か解らないけど、気が付いたらババァは肉の塊になっていたわ♪

 ババァは肉まで汚らしかったわ♪

 オエッ!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 三島氏が仕事で帰宅が遅くなるらしいので、晩ご飯の準備を終了したら、お先にお風呂を頂く事にした。

「警戒していた鈴木も現れないし、暇だわ」

 独り言を言いながらシャンプーで髪を洗う。

 背中に激痛が走る。

 何かぶつかった?

 いや、違う……呼吸が出来ない……?

 何?一体何が起こったの?

 後ろを振り返る。


 鈴木!?


 包丁……赤い何かが滴り落ちている……そして漸く理解する。

 鈴木は背後から私を刺したのだ。

 私は愚かにも、敵の接近を無防備に許してしまったのだ。

 鈴木が何やら喚き散らし、私の腹部を何度も何度も刺した。


 私は抵抗出来ない。


 背中の傷が既に致命傷だったのだ。


 私の目の前が真っ黒になった。


 私は再び理解した。


 私は


 死んだのだ……………

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