第9話「性癖捻じ曲がりレクイエム」

 灰色の空に魅入みいられようとも鎧の光沢はその輝きを衰えさせず──想像を遥かに超えた状況下で蒼い瞳は戯賀きしげへと視線を移して、奇異な物でも見るかのように目を細めていた。


「生憎だけど、俺今仕事中で親や警察に連絡したくても追われているから頼られないっていうか──」











「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼」




 突然とつぜん彩紗あさは眼を大きくしながら発狂すると険しい表情を浮かべ、親の仇でも睨みつけるかのように戯賀を深く凝視しだした。


「よくもまぁ……呑気にも私の前に姿を現せましたね……」

「あ? 何言ってるんだお前、両方の乳首にでもキメてるの?」


 彼女に不可解さを覚えると彩紗は歯軋りをし、数秒間抑えつけていた怒りを爆発させてしまう。






「忘れたとは言わせないわよッッッッ‼ 私をさせたくせに……!」


「……何?」


 半分そうだけど、半分違う。




 トラックと衝突した卒業式のあの瞬間──江草彩紗えくさ あさの視線いっぱいに彼女目掛けて突っ込んでくるトラックが映っていた。


 逃げ場も無く、もはや回避も不可能な死の刹那──と視線が交差した。

 男は轢く瞬間、乾ききった微笑を浮かべて彼女を見つめていたのだ。


 その本人こそがギャングに追われて目の前にいる巫山戯賀かんざ きしげその人であり、彩紗の怒りの矛先は今まさに彼へと向けられている。


「あなたのおかげで……あっちで私は女神様にチートスキルやら全能力カンストをして貰ったのにってさげすまれてパーティに荷物持ちやらされて挙句には追放されて、スローライフを始めたけど魔王軍の存在を知ってから村の皆と旅に出て、いろんな町を復興させたり逆ハーしたり、魔法学校通ってみたら皆に『その魔法はおかしいだろ⁉』って初歩的な魔法を使っただけなのに言われまくって──しまいには一国を作っちゃったもんだから王様や女王様、騎士団長も兼任してようやく魔王軍と最終決戦をしていたって場面だったのよ⁉

 あなたに私が味わったこのの苦行がわかる⁉」


「……三年? まだ、二日しか経ってないけど……いやそうじゃなくて、俺は車で轢いてない。

 儸栖斗らすとっていうキモオタなお前の同級生がやったんだ。覚えてない? 同じ学校で同じ学年の冴えない男子なんだけど」

「はぁ……? 知らないわよ、そんな男!」


 色んな意味で悲しい事実。

 もう既に彼女は異世界の住民だ、こちらの基準などとうに忘れてしまっている。


「卒業したら外国の一流大学に通って実家の会社を継ごうと思っていたのに……ッ‼ 私の三年を返しなさいよクズ男! 返さないというのなら……」

「だから三年って……こっちと異世界じゃ時間の流れが違うのか? ──ん?」


 異世界との時間差を考察していると、戯賀の靴に硬い物がぶつかり視線を下ろした。

 足下に落ちていたのは精巧に作成された見事な長剣、彩紗が腰から抜いて戯賀へと投げた物だった。




「私と戦え……その武器を手に取って‼」




 彩紗が鞘からもう一つの剣を抜くと、辺りが黄金に輝きだした。

 彼女の剣は近づいただけでも敵を斬り裂き、悪魔を断罪する光刃こうはの集合体。


 しかし、彼女が伝説の竜の剣を使う機会は少ない。

 何故ならステータス最大のパワーで敵を粉砕したり、一度でも相手を認識しただけで殺せる魔眼、その他全魔法を取得しているからだ。


「あなた如きに全力など不要……魔法も使わない、力も抑える。この剣技のみで首を斬る……!」


 しかし戯賀は投げられた剣を蹴り返して、騎士道爆発中の彩紗の足下へと転がしてしまう。


「……どういうつもり?」

「無理だ、金で殺人に手を貸そうとも


 思いもよらぬ彼のポリシーを耳にし、喜嬉は顔を強張らせ「は?」と呆れた様子で反応してしまう。


「意味が解らない、人を殺してるくせに何言ってるのあなた……」


「わからなくないだろ、手を下すか下さないか、簡単だろ? なに人殺しが当たり前な思考になっているんだよ痴女騎士。そりゃ二日……じゃない、三年か。その短期間で王様になって責任感は持つようになっても、自制心や慈悲の心も無いのかよ~。困ったなぁ好戦的になっちゃって。親がその格好見たら首吊るぞ」

「う、後ろでコソコソと手引きするだけの男の言うことか! げ、げげ、外道!」


 彩紗の神経を逆撫さかなでてしまうと彼女は剣の光を更に増幅させ、曇っていた天気を一瞬に晴れへと塗り替えて自己のを創り始めた。




「お、おい、待て待て人殺し、悪かったって、ごめんって、わりぃまだ死にたくないからさ、イヤほんとさぁ」


 この状況で戯賀は額から汗を流し、余裕のない表情を浮かべながら命乞いをするも『無様』とすら思われないまま喜嬉は剣を天高く上げ、光を貯めていく。


「お前の体……いや、魂諸共もろとも消滅させてやるッ!」

「おい、やめろって──」




「問答無用! くらえ……! 聖剣エ──」











 パンッ、パンッ、パンッ。




 突如破裂するような音が乱入し、彩紗の必殺技の掛け声を掻き消しだした。


 何が起きたのかわからないまま動かないでいると──彩紗の脚は、突如ガードレール越しにある崖の方へと後退を始めた。




「え、え、え、何? え」


 体が勝手に後ろへと下がっている最中さいちゅう腹部に熱を感じ触れてみると手に大量の血液が付着した。

 よく観察してみると、露出した腹部と胸部に合計三つの穴が開いていた。


「あれ、自動防御壁魔法……察知スキル……使い魔たち……あれ……何で……」


 自身の置かれた状況にも気づかぬまま彼女はガードレールへと腰落とし、後方の崖に落下してしまう。






「大丈夫ですか? 戯賀さん」


 足音と声に反応し振り返ってみると、銃口から硝煙しょうえんを昇らせながら喜嬉ひさきが様子を伺うように近づいてくる。

 人を撃ったのにも関わらず表情は至って冷静で戯賀を心配すると、彼は口角を上げ大きくジャンプをして立ち上がりだした。


「やったぁ~~~……伝説の竜の剣に勝っちゃったなぁ~~~! 人類の飛び道具最高! だからモルガンにやられるんだよなぁブリテンはなぁ!」


 嬉々として言いながら喜嬉の頭を両手で豪快に撫でると、我に返ってそっぽを向き──


「人は好きだよ」


 背中越しに小言を洩らした。


 ※


「これで良いんだよな……」


 深森しんしんの中、中の下程の顔面偏差値を持つ少年は木の前に立ち絶望的な表情を浮かべていた。

 木の太い枝に掛けられていたのは一つの縄、その縄には人間の頭一つ入れるくらいの大きな穴があった。

 ホームセンターで買って来た脚立を上り、首に縄を巻くと少年“安代儸栖斗あんだい らすと”は溜息混じりに過去を振り返りだした。


「はぁ……高校にいる時に沢山バイトして大金払ったのに失敗しちゃうし……おまけに進学も就職も何も考えてなかったから、来月から無職……はははっ、何やってるんだろう。僕」


 後悔の独白は誰の耳にも届かず、傍を通るむしは彼の死などお構いなしに我が道を進んで行く。

 両親と喧嘩し家出という名の「人生卒業式」を決行、そして彼の式はまさに首を吊る時クライマックスを迎えようとしていた。


「さよなら世界、来世ではもっとイケメンハーレ……ん? 何か空が光──うわぁぁぁぁぁあ⁉」


 空が黄金に光りだした瞬間上空からに縄を切り裂かれると、その衝撃でバランス崩して儸栖斗は体を落としてしまう。


「あぁ、ててて……い、一体何なんだよ……ん? アレは……?」


 地面に打ちつけた腰を擦りつつ体を起こすと──金色に輝く一本の剣が地面に突き刺さっていた。

 恐る恐る近づいて引き抜くと、その剣は玩具などではない本物だと儸栖斗は確信する。


「か、かっこいいなコレ。へへっ、この剣で心臓でも刺しちゃおうかな……なんちゃって」


 と自分の心臓を刺すフリをしながら嘲笑し、天へ振り上げた瞬間──剣先に


「──へ」


 本物の女性だった。

 胸へと突き刺さり心臓を貫いて、少年の持つ黄金の鋭い剣に収まってしまっている。


「う、うわぁぁぁあぁ⁉」


 突然のことに驚いて剣を落とすと、胸に剣を突き刺したまま女性は地面へとまるで人形のような無気力な状態で転がりこんだ。


「空から女の子が剣に刺さって、っていう事は僕犯罪者──ってこの子ああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああああああ!」


 衝撃と絶望から一変、彼は震える指を息絶えようとしている露出狂鎧女騎士に差して息を荒くした。


「え、江草彩紗えくさ あささん⁉」


 何という偶然か、空か落ちてきた初恋相手を刺し殺してしまったのだ。

 もう叶わないと思っていた望み──『好きな相手を殺して看取めとる』という夢を絶望の中で達成してしまい、儸栖斗は大粒の涙や鼻水を流してのひらで拭い取った。


 努力は無駄ではなかったのだ、いつかどんな形かわからない状態で望みは巡り巡ってやってくるのだ。


「やった……夢が叶った……」


 覚束おぼつかない足取りで彩紗へと近付き、抱き抱えると彩紗は咳込むように吐血して彼の服を汚してしまうが彼にとっては大した問題ではなかった。


 虚ろな双眸そうぼう、浅い呼吸、流れ続ける血液、その全てに目を通しながら彼は号泣して彩紗への想いを告白する。


「彩紗さん、僕ずっとあなたが好きだったんです……愛してます、あなたの最後の記憶に刻みつけられて僕は幸せ者です……本当に産まれて来てくれてありがとう……」






「──……あ……あな……た……だ……れ…………」




 か細い声で最後の言葉を投げかけると華奢な腕を地面へと落とし──勇者エクサ・アサは永い眠りについた。




 その様子を見届けながら満足感の中涙を流して、儸栖斗は彼女の顔から視線を移した。


 

 肉体に三つの穴が開いてしまっているが鎧面積が異常なまでに低く、今まで見れなかった彼女のプロポーションを余すことなく観察することが出来る。

 制服やジャージ越しでしか見ることの出来なかった、男子たち注目の的である彼女の肉体美が今ここに存在している。


 儸栖斗はその事実と好意を抱く相手のきめ細やかな姿に心臓の鼓動を高鳴らせ、誰もいない事を確認するように辺りを見渡した。


「あ、あの時は来世にって言ったけど……今練習しても良いよね。えへへ、僕も予習は欠かさなかったし……」


 と早口で独り言を呟きながら、ズボンを下ろした。

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