第5話「アパッチでタンクローリーの運転手に口づけできるか」

「オラァ! 早く投げろぉ!」

「やです! こんな先端が尖った物、投げられませんって!」

「助走つけて槍を投げるだけだぞ! ゲロまた食うよりはマシだろ!」


 運動広場にやって来るや否や貸出しをしていた競技用の長槍を強制的に持たされ、喜嬉ひさきは涙目になりながらも頭を横に振り続けていた。

 槍を持った手を震わせ、鋭利に尖った先端が陽の光を反射させている間にも戯賀きしげの苛立ちをつのり脅迫を掛けた。


「速く投げねぇと! 腕に雑巾絞り三回ずつやるぞぉ!」

「な、投げます!」


 体を震え上がらせると覚束おぼつかない足取りのまま助走を駆けていき、細い腕を使い全力で槍を振り投げた。


「──ふんっ!」

「おぉ」


 槍は戯賀のよりも遥か上空を一直線に突き進んでいく。

 その飛翔力はオリンピック選手の腕前と何ら変わらず、我が自由の道へと羽ばたいていた。


 そして槍が落ちていくであろう予想コースに視線を移した瞬間──戯賀は真顔で「」と察し、急いで喜嬉の肩を引っ張りだした。


「行くぞ」


「あーはははははははははは! 槍投げって楽しいですわね! もー一回投げたいです!」

「はいはい、やっぱ暗殺対象の方お前だよな」


 あきれた様子で興奮気味の喜嬉を車に乗せると槍の刺さった捜査ヘリが黒煙を上げながら墜落していく様を一瞥し、二人はその場を後にした。


 ※


 犬王喜嬉けんのお ひさき甚振いたぶりもう一つの人格を殺す作戦は苦戦を強いるものであった。


 毎度良い所まで追い詰めるのだが途中で暗殺対象であるクレイジーな喜嬉に入れ替わってしまい、依頼者の喜嬉に代わって苦行を楽しんでしまう。

 それでわかったのはこの二人、得意な物や好きな物が“全くの真逆”ということのみ。




巫山かんざさんッ! と、止めてくださいッッッ! 鼓膜が死んでしまいそうです! やめてェ!」


 ハワイのワイキキビーチで流れるかのような悠悠のんびりとした曲をでループさせ、壁全域がモニターのカラオケルームで流すこと二十分。


「え? 何ぃ?」


 ソファに座りながらフライドポテトを口にしていると、微かに聞こえてくる喜嬉の絶叫を聞き音割れ爆音ハワイアンのなか耳を澄ませた。


「もう限界です! 鼓膜が死ぬ! 出してください! それにさっきからテレビに映っているのがバナナをずっと食べているおじさんの動画なんですけど!」

「ダメ、部屋から出るの禁止! 痛みは試練であり生きてる証拠!

 そしてそれはミュージックビデオ! デフォルトなの!」


「鼓膜が破れそうですぅぅぅ!」

「コマカブ?」

「こーまーくーがー!」

「がーくーまーこー?」

「だーかーらー‼」


 積怒した様子で喜嬉は近づき、そんな彼女を一変も動じずに凝望ぎょうぼうしていると──




「フライドポテトください」


 不敵な微笑のまま耳元でささやかれ、「うん」と了承してしまう。

 喜嬉はフライドポテトを口にすると、先とは打って変わり落ち着いた様子で隣へと腰かける。


 もうこの時点で爆音作戦もであり、予想していた事ではあるが『またか』と溜息をいて頬杖をついてしまう。


「……ところで、あの画面に映っているおじさんってゲイなのですか?」

「レズだよ」

「おぉ……!」


 ※


「──てなわけで色々とダメだったからもう悪霊的なたぐいなのかなって、エクソシストみたいな。だからアンタに頼みたいんだ、霊媒師さん」


 狭量せきりょうとした暗めな個室で戯賀たちは横並びで座り、目の前にいる怪しげな紫衣装を着用した中年女性へと事の経緯を話していた。


 彼女は何人ものの悩みや未来を見据え、良い方向へと導いてきた有名な占い師兼霊媒師。

 試しに、と訪れてみたが本格的な雰囲気に、流石さすがの戯賀も少し落ち着いた様子で事を説明した。


 話しが終わると霊媒師は目前に置いていた大きな水晶玉へと手をかざし、何かを読み解くように占いを始めた。




「……何か…………いや、彼女は何ともない。

 それよりも問題が多そうなのはの方……何というか……透明、いや、まるで何もない純粋なからだけみたいな……」




「は? いやいやいや、違う違う違う。問題があるのは俺じゃなくてこっちの女の方ね」

「……そうだけど、その子よりあなたの方が問題だと水晶が告げているのよ」


 眉をひそめながら残酷な物でも見るかのように話す霊媒師の言葉に喜嬉は頷き、戯賀は納得のいかない様子で仏頂面を浮かべていた。


「わかんねぇかな、あんた金星人? 俺は誰が見ても普通なの! 異常なのは隣のレディ! こいつ二重人格! わかるぅ?

 ──ほら出てこい! ヤバい方の人格!」


 すると戯賀は、彼女の頭をノックするように叩きだし──「痛っ、やめてください!」と怒る喜嬉で喧嘩が勃発する。



「お、お客様! 頭を叩くのをおやめなさい!」

「うるさい! 証拠を見せてやるって言ってんだ! 証拠を!」


 霊媒師が静止しようと呼びかけられるも、戯賀は喜嬉の頭を叩くことをやめなかった。


「あ、あなたにはなるもの、ようはというそうが出ているのよ!」

「俺みたいな一般市民をボロクソに言うな! イタリア人!」

「私は日本人よ!」


「──そうですわ、戯賀さんは純粋なのですよ?」

「ホラ出てきた!」


 人格が入れ替わり嬉しそうに頭を離すと、入れ替わった喜嬉の佇まいを目視した霊媒師は感覚で直感して驚きの表情を浮かべた。


「嘘……さっきのとオーラが違うわ……」

「ほら、今すぐコイツを占え!」

「え、えぇ……わ、解ったわ」


 戯賀の言葉通りに座り直すと喜嬉の方を見つめながら念じ、水晶玉に手を翳した瞬間──






 水晶玉は異次元空間へと吸い込まれていった。


「ぎゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 何を見たのか霊媒師は絶叫しながら裏の方へと出て行き、二人はその場で取り残されてしまう。


「あーあ、ママお家に帰りたい」


 戯賀は、そう小さく吐き棄てた。


 ※


「……どうすんだこれ」


 すっかり日も暮れだして、夜風に晒されながらもガソリンスタンドで給油をし──助手席では喜嬉が泥酔したかのようにぐったりとしながら、完全に疲弊しているのが見えた。

 こうなることは予想にあったが、これでもダメとなるとやはりに出なければならない。

 今日はもう夜遅くだからこれまでだが、明日はその計画を実行しよう。


 給油を済ませて車に乗りこむと衝撃で目を覚まし、喜嬉は半目のまま戯賀の方へと首を回した。


「……戯賀さんって……みんなの間で流行っている流行系とか毛嫌いして逆張りするタイプですよね……?」

「……」

「あと、未成年なのに煙草吸ってそうですわ……」

「初手嫌味?」


 起きて最初の言葉がそれならばまだ余裕がありそうだと思いながらも、戯賀は先程買った飲み物を喜嬉に向ける。


「それ、そこのグローブボックスに入れて」

「はい」


 飲み物を受け取りボックスを開けてみると、喜嬉は中に入っていた物に目が止まった。


「……命の母?」

「ウザくキレまくる早死はやじにババアが前に乗ってたんだろうな、アイツら一のことを言ったら十でヒスり返してくるしよ」


「──おい! 前の車!」


 すると後方から突如怒鳴り声が聞こえ、振り向いてみると髪を伸ばしたまま後ろに纏めている肥満体のひげ生やしたおじさんが渋面じゅうめんとした様子で二人を睨みつけていた。


「早く出ろ! 後ろがつっかえてんだよ!」

「はい、すんませーん」


 戯賀はサイドガラスから顔を出して謝罪し、即座に体を戻した。


「髭剃れ髪切れ眉毛剃れ痩せろカス、よし行こう」


 車内で悪態をつけ終わると車を発進させ──肥満体のおじさんが舌打ちをしながら給油し始めるととてつもない走行音が聞こえ、視線で追いかけるとおじさんは飛び出るほど目を大きく開け、愕然とした表情でを見つめだした。




 ガソリンスタンドへと一直線に走行していたのは、一台の『タンクローリー』。




 不幸にも突然ブレーキが利かなくなり、ハンドル操作も不可能になったままガソリンスタンド直球コースへと向かっている。


「おい、待て! 止まれ──」









 後方から響いてくる爆音を無視しながら車を走らせていると、フロントガラスに“人の眼球”が落下しそのまま付着してしまう。


「あぁ~クソ~! 誰だ、イタズラ用の『ビックリ目ん玉』投げたの!」


 ワイパーで眼球を退かそうとするも潰れた眼球から血液が飛び散り、戯賀は大きな溜息を溢した。


「……普通に、なってみたかったんですよ。戯賀さん」


 すると、暗殺対象の喜嬉は独り言を呟くかのように唇を開きだした。

 疲れた様子で戯賀の方も見ぬまま、車の速度で変わっていく風景に彼女は視線を落としている。


「異常者も特別も所詮しょせん全員け者、普通な真人間になりたいんです」

「普通ねぇ、それこそ無理でしょ。

 異常者がどんなに普通になろうとも異常を取り除くことは出来ない。陰キャが陽キャになる事は無理なのと同じでさ」


 と、戯賀は冷たく返す。

 しかし、喜嬉はその言葉に自分への共感を入れての言葉だと感じ、一つの疑問を投げかけた。


「……何で、今の仕事をしてらしてるんですか?」

「人に迷惑を掛けて生きてきたから」


 平然と、淡々と、躊躇も無く、彼は明かした。


「小学生なんて『KGBごっこ』ばっかやってたし、中学も『アウシュビッツ収容所』みたいな事やってた。まぁ、中三に上がったくらいで厨二病みたいだなって思ってやめたけど、そっから今度は人助けしたいって思いだして、高校はひたすらバイトして卒業して今の仕事始めたの。

 ──それでもお前みたいなのから依頼が来るから、たまったもんじゃねぇけどなぁ!」


 最後はただの愚痴だったが──コーヒーと炭酸水を混ぜた飲み物を口に含みながら、しおらし気に喜嬉は夕と夜の狭間に彩られた空を見つめていた。


「でも、そんな過去があっても今に繋げられるなんて羨ましい……皆、「真人間」になれって何度も言ってきて。私、それが嫌だったんです。

 小学生のころは男子と喧嘩になって右腕と右手の指全部折って、中学の頃に学校を火事にさせかけちゃって……少年院にも行きましたし、精神病院にも入院させられましたわ。……でも私は、が何なのかわからないんですの。

 なのに教えてって言えば「自分で考えろ」「わかるでしょ」って。まともになりたきゃなってみたいけど、これが私の思っている普通なんですよ……」


 悲し気に、異常者は語る。されど脳は異常なまま。


「お前ロアナプラ出身?」


 そんな話を聞きながらも、戯賀は車を運転しながら肩を落としだした。


「……でも奇遇だな、俺も学校の先生に無理やり精神科に連れて行かれたことならあるぜ」

「知ってますわ、中学の時ですよね」

「何で知ってんの」


「──女の子の上になんでチェンソーを落としたの?」


 彼の質問を無視し当時の疑問をそのまま投げかけてみると、戯賀は眉間みけんを摘まみながら記憶を辿るかのように当時の発言をそのまま口に出してしまう。


「…………アメリカンサイコ見ろバカ」


「なんで人を閉じ込めて燃やそうとしたの?」

「ウィッカーマン見ろバカ」


「なんで人を接着剤で固めようと?」

「ハウスジャックビルト見ろバカ」


「なんで排泄物を食わせるようにしたの?」

「ムカデ人間見ろバカ」


「パーフェクト」

「なんで質問内容も全部知ってんの」


 疑問と恐怖の過去再現だったが『まぁ良いけど』と、戯賀は簡単に事を流した。


「その精神科医は今も精神病院に入院してるっぽいけど……まぁそれは良いんだ。

 ──でも、まぁそんなもんでしょ。他人にどうこう言うくせに寄り添ってまで支えてあげたいかと言えばNOで、だいたいが自分勝手な事しか言わねぇのよ。だからこうなっちまったんだ、生まれつきこうだったかもしれないしな」


 戯賀は取り出した煙草に火を付けると、そのまま窓の方へと投げ捨て大きく深呼吸をした。


「しょうがねぇ……ベルリンの壁よりも綺麗にお前を殺してやるよ」

「歴史、詳しいんですのね」

「ジィジの受けおり」

「ジィジ?」

「ヒトラーなの、うちのお爺ちゃん」

「え~~~! あの美大落ちの⁉」

「認知症でそう言ってただけ、最後は改造銃で自殺したし」

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